帰還の手掛かり
戦闘訓練が終わり、生徒達は汗を拭きながら教室へ戻っていた。
凛馬もミケ達と共に廊下を歩く。
「疲れた……」
「凛馬は見学だったにゃ」
「精神的に疲れたんだよ」
あれだけ身体能力の差を見せつけられれば十分疲れる。
そして教室の扉を開く。すると——
「お、戻ったか」
聞き慣れた声がした。ユズル先生だった。教壇に腰掛けながら、生徒達を見渡している。
「あれ?」
アオが首を傾げる。
「ユズル先生、次の授業は?」
「ない」
「えっ!」
教室が少しざわつく。ユズル先生は手元の書類を軽く振る。
「これから教師会議だ」
数人の生徒が納得したように頷く。どうやらよくあることらしい。
「というわけで今日は午前までだ」
そして――
「やったー!!」
教室が爆発した様にざわめく。椅子を引く音と歓声。そして帰る準備を始める生徒達。
ユズル先生は慣れた様子でため息を吐いた。
「騒ぐな!」
誰も聞いていない。凛馬はその様子を見ながら少し笑った。
(なんだ……ここも普通の学生なんだな)
身体能力は化け物だが……妙な親近感を覚えた。
(帰る、か……)
ふと、ここに来る前の景色が脳裏をよぎった——
放課後のチャイム、騒がしい教室、夕方の商店街、見慣れた駅前。そして、自分の部屋。
(今頃どうなってるんだろうな)
誰か心配しているだろうか?大学はどうなっただろう。家族は心配してるだろうか?
そこまで考えて、凛馬は小さく首を振った。
(いや……)
分からない。いや、分かりたくなかった。
(辞めよう)
その時だった、ミケの耳がぴこんと立つ。
「にゃ!凛馬!」
期待に満ち溢れた目で凛馬を見つめる。
「なんだよ……」
ミケが机に手をつく。
「図書館行くにゃ!」
「え?図書館?」
「帰る方法を探すにゃ!」
凛馬の動きが止まった。
“帰る方法”。その言葉だけで胸が少し高鳴る。
「行く!」
即答した。
「決まりにゃ!」
ミケが満面の笑みを浮かべる。
「僕も行く!」
アオが元気よく手を挙げる。
「私も付き合うよ!」
コハクが微笑む。
「資料整理なら手伝えます」
ミナも頷いた。
「……俺も暇だからな」
ヒョウカがそっぽを向きながら言う。
「絶対違うだろ」
凛馬は思わずツッコんだ。だがヒョウカは——
「……」
無視された。ツッコむにはまだ早かったのだろうか?
(調子乗りすぎたか……)
その様子を見ていたユズル先生が小さく笑う。
「気を付けて行けよ」
こうして6人は、帰還の手掛かりを求めて図書館へ向かうことになった。
しばらく歩くと——
校舎の奥、石造りの大きな建物が見えてきた。
「でか……」
凛馬は思わず足を止める。正面には大きく中央学術図書館と刻まれていた。
「大学の図書館ってレベルじゃねぇな……」
「この学校、世界でも結構有名だにゃ」
ミケが胸を張る。
「本だけなら中央にも負けないにゃ!」
「そんな凄いのか」
「凄いよ!」
アオも元気よく頷いた。
「さ、入りましょう?」
コハクが皆を促す。
そして中へ入ると、紙の匂いと静かな空気。そして、天井まで続く巨大な本棚。
凛馬は思わず見上げた。
「すげぇ……」
人間界でもここまで大きな図書館は見たことがない。すると奥から眼鏡を掛けた司書が現れた。
「凛馬さんですね」
「え?」
「ユズル先生から連絡を受けていますよ」
司書は軽く頭を下げる。
「人間に関する資料の閲覧を許可します」
(先生ナイス!!)
「ありがとうございます」
凛馬も慌てて頭を下げた。そして案内されたのは奥の特別資料室だった。
机を囲みながらミナが本を開く。
「まずは世界のことを知りましょう」
「帰る方法じゃなくて?」
ミナは真面目な顔で言った。
「世界そのものを知らなければ始まりません」
「確かに……」
凛馬は素直に頷いた。
(ミナの言うことには逆らえないな……)
そして、最初に広げられたのは地図だった。凛馬は目を見開く。
「でっか……」
そこには巨大な大陸が描かれていた。
東西南北、そしてその中心に存在するもう一つの大陸。
「今いるのは東地区、蒼平京です」
ミナが指差す。良くも悪くも、平凡と言った感じだ。
「最も平和と言われている場所ですね」
「へぇ」
「研究と学問に長けています」
そしてミナは、地図の西側を指した。
「西のドミニオン大陸は商業に長けています」
確かに、その大陸だけ都市の数が多く描かれていた。
「分かりやすいな」
次に北を指す。
「北のラグナロクは自然地帯です」
「へぇ……」
「ただ最近は少し危険視されていますね」
「危険?」
「理由はまだよく分かっていませんが……」
ミナは首を傾げた。
「まぁ、次に行きましょう」
そして最後に南を指した。
「南の玄武領土は軍事地区です」
そこで凛馬は眉をひそめた。
「軍事……?」
「昔から争いが多いんですよ」
ヒョウカが口を開く。
「最近は落ち着いているようだが」
「最近は?」
「また少しずつ荒れてるらしい」
短い言葉だったが、妙に重かった。
「戦闘訓練があるのも、南の影響だろう」
「思ったより物騒だな……」
凛馬が呟く。
「でも一番凄いのはここにゃ!」
急にミケが中央を指差す。そこに書かれていたのは——
「中央区?」
「中央大陸にゃ!」
「何があるんだ?」
するとミナが本を開いた。
「政府機関ですよ」
「政府?」
「東西南北をまとめる中立地区です。法律を決めたり、各地区の調整をしたり」
「ちゃんと国なんだな……」
凛馬が感心する。この世界もしっかり統制されていた様だ。
「まぁ、でも最近東西南北は結構好き勝手してるらしいにゃ?」
ミケが苦笑した。
「それ……いいのか?」
「知らんにゃ!」
「おい……」
凛馬は先程思ったことを取り消した。不安が芽生えたところで、ミナが新しく分厚い本を持ってきた。
「多分……見てもらったほうが早いですね」
そして凛馬は厚い本を受け取った。
(重っ!?)
思わず転けそうになったが、息を整えてページをめくった。
そこには、大量の種族が載っていた。
猫族。獅子族。狐族。豹族。狼族……
挙げればキリがないが、他にも見たこともない種族が並んでいる。
「多いな……」
思わず本音が漏れた。
「全部で何種類いるんだ?」
「分かってないそうですよ」
ミナが苦笑しながら答える。
「地域によっては今でも新しい種族が見つかっていますから」
「なんかポ……」
思わず呟いた。
「ぽ……?」
「いや、なんでもない」
(言っても分かんないよな……)
凛馬は続けてページをめくる。するとミナが続けた。
「ただ、東地区は比較的種族が偏っています」
「偏ってる?」
「猫、犬、豹、兎、狐、熊、獅子がこの辺りが特に多いですね」
言われて周囲を見る。5人は確かに全員その範囲だった。
「へぇ〜……」
「逆に西や北はもっと色んな種族がいるにゃ」
ミケが補足する。
「西とか商業都市だから全種族いるとも言われてるよ!」
アオも補足した。
「北は自然が多いので大型種も多いそうです」
「……面白いな」
その時だった——
一枚のページが目に留まる。他の種族より少し大きく紹介されていた。
そのページには、『龍族』と書かれていた。
「龍?」
凛馬が眉を上げる。
「あぁ……東地区に伝わる伝説的な種族です」
ミナが説明した。
「今でも存在は確認されていますよ」
「じゃあどこにいるんだ?」
ページを見た凛馬は首を傾げた。そこには――
『所在不明』と書かれていた。
「分かってないのか……」
「はい」
ミナが頷く。
「東地区で目撃情報が多いですが、誰も正確な場所を知りません」
「なんだそれ」
「伝説みたいなものにゃ」
ミケが肩をすくめる。
「たまに見たって話は聞くけど、みんな言う場所が違うにゃ」
「東の山奥って人もいるし、海の向こうだって話もあります」
「本当にいるんだよな?」
「記録は残っている」
ヒョウカが短く答えた。
「ただ見つからないだけだ」
その時だった——
「私、見たことあるわよ?」
コハクがキメ顔で言った。一瞬静かになる。
そして——
「またまた〜」
アオが笑う。
「嘘にゃ!」
ミケも即答した。
「ホントですか?」
ミナまで疑っていた。コハクが不満そうな顔をする。
「ね〜なんで誰も信じてくれないの?」
「だってコハクだから」
ヒョウカが真顔で言った。
「失礼ね!?」
コハクが抗議する。
「本当に見たのよ?」
「はいはい」
「アンタらねぇ!」
凛馬は思わず笑った。どうやらコハクは普段からこういう扱いらしい。
そして図書館で騒ぐなと司書に睨まれ、一同は慌てて声を潜めた。
「本当なんだから……」
コハクだけが納得いかなそうに頬を膨らませる。
「でも、見つからない龍の里か……」
少年心くすぐられる様な話に、凛馬は少しワクワクした。
(面白そうだな)
東のどこかにある謎の里。誰も見つけられない伝説の集落。
もし見つけられたら――
(今度探してみるか)
そこまで考えた瞬間だった。凛馬の思考が止まる。
(……今度?)
自分で自分の言葉に引っかかった。今度、つまりそれはこの世界にこれからもいる前提。
帰る方法を探しているはずなのに、帰りたいはずなのに——
(何考えてんだ俺)
小さく首を振った。そんなことを考えている場合じゃない。まずは帰る方法を探さなくては。
「凛馬くん?」
アオが不思議そうに覗き込む。
「いや、なんでもない」
凛馬は慌てて本へ視線を戻した。さらに本を読み進める。
今度は歴史だった。王都建国など様々な出来事が並んでいる。
だが凛馬が気になったのは別だった。
「なぁ、これ」
一冊の本を指差す。タイトルにはこう書かれていた。
『門の記録』
部屋の空気が少し変わる。ミナが頷いた。
「それが本命そうですね」
凛馬は静かに本を開いた。
「異界より来たる者あり?」
最初の一文に、凛馬の手が止まる。
『光の中より現れ、光の中へ消え、世界を渡る旅人なり』
「俺と同じじゃねぇか」
小さく呟く。ページをめくる。記録は少ないし、どれも曖昧だった。
異界人。迷い人。世界の裂け目。どの本を読んでも、似たような言葉ばかりだ。しかし——
帰還成功例に関する情報だけは、何も無かった。
「……」
帰れる、そう信じていた。だが本当に何も書かれていない。
「ごめんなさい……」
ミナが小さく言う。
「今のところ確認できる資料はこれだけですね」
「いや、謝ることじゃない」
そう言ったものの、胸の奥は少しだけ重かった。
その時だった——
ヒョウカが別の本を机へ置く。
「まだあるぞ」
「ん?」
「それの続きだ」
それは古い本だった。文字も掠れている。
凛馬はページを開いた。そこには意味の分からない文章が残されていた。
『血を交えし者、獣にして人、境界を越える存在』
「……なんだこれ」
誰も分からなかった。ミナですら首を傾げる。
「聞いたことありません……」
「伝承かしら?」
コハクも知らないらしい。
「古すぎるにゃ……」
ミケもページを覗き込む。結局、最後意味は分からなかった。
そして、窓の外が赤く染まり始める。気付けば数時間が経っていた。
帰還方法は見つからない。だが——
情報がゼロでもなかった。異界人は存在した。
自分だけではない。それだけで十分収穫はあった。
そして一同は図書館を出る。夕焼けが街を染めていた。
「今日は収穫あったにゃ?」
ミケが聞く。凛馬は少しだけ考え、笑った。
「分からん!」
「にゃ!?」
正直な答えだった。
「でも、俺だけじゃなかったんだな」
“異界から来た人間は、昔にもいた。”
その事実だけで、少しだけ前を向ける気がした。
確かに、答えはまだ見つからなかった。
だがこの世界には、まだ知らないことがたくさんある。
龍の里、異界人の記録、自分が立っているこの世界そのもの。
凛馬は夕焼けに染まる空を見上げた。
少し前まで、この世界は恐ろしいだけの場所だった。
だが今は違う。ほんの少しだけ知りたいと思ってしまった。
この世界のこと、そして——
これから自分がどうなるのかを。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
最近忙しいので1日3話厳しいかもしれないです……無理のない範囲で頑張ります!
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次回もよろしくお願いします!




