破廉恥ッ!!
一緒にお風呂に入ろうと提案したミケの一言に、凛馬の思考が止まった。
「……は?」
数秒遅れて理解が追いつく。
「いやいやいやいや!!」
凛馬は勢いよく立ち上がった。
「なんで一緒に入るんだよ!?」
「にゃ?」
逆にミケが驚いた顔をする。
「ペットのお風呂は飼い主が入れるものにゃ?」
「そこがおかしいって言ってんだよ!!」
凛馬はふと想像してしまう。お風呂でミケに体を洗われる自分の姿を。
「男女が一緒に風呂入るなんて……破廉恥ッ!!!」
「え?」
今度はミケだけじゃない。その場の全員が固まった。
「……男女?」
アオが聞く。本当に分からない顔をしていた。
「お前達はペットと飼い主だろう……」
ヒョウカが当然かのように言う。
(ヒョウカ!お前もか!)
「恥ずかしくてたまんねぇわ!!」
凛馬は思わず大きい声を出してしまう。
「にゃあ……」
ミケは少し考え込む。
「つまり凛馬の世界だと、人間は人間同士でお風呂入らないにゃ?」
「普通入らない!!」
「家族でも?」
「小さい頃だけ!!」
「へぇ〜……」
コハクが面白そうに目を細める。
「人間って意外と繊細なのね〜」
「普通だ!!」
「でも凛馬くん嫌がってるなら無理にしなくても……」
ミナがフォローする。
「にゃ〜……」
凛馬は助けを求めるように4人を見た。
(頼む……誰か言ってくれ……これおかしいですよって言ってくれ……!)
まずミナ、真っ先に目が合う。だが——
「まぁ……文化の違いですからねぇ……?」
視線を逸らした。ミナには裏切られた。
次にアオと目が合う。
「僕はミケと入っていいと思うよ!」
純粋に裏切られた。この純粋な気持ちをこれほど恨んだことはないだろう。
次にコハク。まぁ結果は——
「入っちゃえよー面白いし!」
最悪の回答だった。そして最後の希望、ヒョウカ。
(頼む……!)
ヒョウカは数秒考え――
「……別に減るもんじゃないだろう」
4つの希望は虚しくも砕かれた。凛馬は天を仰いだ。最初から味方なんて居なかったんだ。
そして、ミケはうるうるした目で凛馬を見つめている。
「凛馬……嫌かにゃ……?」
耳がしゅんと垂れる。
「私……ちゃんと綺麗にしてあげたいだけなのに……」
「うっ……」
何故か罪悪感が押し寄せる。無慈悲な追撃に凛馬は立つ瀬が無くなった。
「まぁまぁ、後は二人で決めなさいな〜」
コハクが立ち上がる。
「あ、もう帰る?」
アオが聞く。
「流石に他人の家で長居もねぇ〜」
それは善意でもあったが、何か他の考えがあるようにも見えた。
「……そうだな」
ヒョウカも席を立った。
「お、お邪魔しました……」
ミナも頭を下げる。そして玄関へ向かう四人。
「お母さんにご馳走様って言っといて〜!」
「学校で会おうね!」
「……じゃあな。また飯を食いに来るぞ」
「おやすみなさい」
四人はそう言い残し、家を後にした。
そして、静かになったリビング。残ったのは凛馬とミケだけだった。
「で?」
コハク達がいなくなった途端。ミケがじりっと距離を詰めた。
「一緒に入るにゃ?」
「まだ諦めてなかったのかよ!?」
だが――
(ちょっと待てよ……)
別の自分が顔を出した。
(女の子と風呂入るんだぜ?)
一瞬思考が止まった。いや、渋滞している。
(いやいやいや!!相手は女の子だぞ!?)
(いや、だからこそだろ!?)
(だから違うって!!)
頭の中の天使と悪魔が喧嘩し始めた。
ふとミケを見てみる。うるうるとした目がなんか可愛く思えてきた。
(……ほら、可愛い子と風呂入れるんだぜ?)
(俺は今ペットとして風呂に入れられようとしてるんだぞ!?)
(でも女の子と――)
(……)
そして、凛馬は静かに立ち上がった。
「……分かった」
「にゃ?」
「入る!」
ミケの耳がぴんと立つ。
「本当にかにゃ!?」
「どうせ俺に拒否権なんて無いんだろ!?」
もうヤケクソだった。
「入りますよ!!入ればいいんだろ!!」
「おお〜成長したにゃ!」
ミケが嬉しそうに尻尾を振る。
(……女の子と風呂だし)
再び小さく心の悪魔が顔を出した。
「ん?」
「なんでもない!!」
凛馬も服を脱ぎ始めるが、凛馬は目をずっと逸らしている。
「にゃ?なんで目をそらすにゃ?」
ミケが不思議そうに首を傾げながら、凛馬の様子を観察する。猫耳がピクピクと動き、しっぽが揺れている。
「もしかして……恥ずかしいにゃ?」
図星だった。凛馬はさらに顔を赤らめる。
(そりゃあそうだろ!!)
「にゃは、可愛いにゃ〜でも、ペットなんだから飼い主の体くらい見ても平気にゃ!」
ミケが凛馬の顔を両手で掴み、自分の方を向かせようとする。至近距離でミケの赤い瞳と視線が合う。
「それより、怪我とか病気してないか心配にゃ」
ミケが凛馬の腕や背中を触りながら観察し始める。
(うわ〜……なんてこったァ)
獣人特有の鋭い感覚で、細かい部分まで確認しているようだ。
「ん〜、特に問題なさそうにゃ。じゃあお風呂入るにゃ!」
ミケが浴室のドアを開け、湯気が一気に広がる。湯船には適温のお湯が張られていた。
(あ、お風呂も普通なんだな)
「さ、入るにゃ!背中洗ってあげるから、先に座って待ってるにゃ」
凛馬が突然話を切り出す。
「ミケ、元の世界への帰り方って知ってるか?」
その質問を聞いた瞬間、ミケの表情が少し曇る。
「正直に言うにゃ、私たち獣人も人間の世界のことはほとんど知らないにゃ」
無慈悲な返答が帰ってきた。凛馬の顔が強ばる。
「人間なんて伝説でしかないからにゃ〜……力になれなくて申し訳ないにゃ」
ミケが申し訳なさそうに耳を垂らす。
「でも!学校の図書館とか、博物館に行けば何か情報があるかもしれないにゃ!明日、みんなで調べてみるにゃ!」
ミケが前向きに提案する。そして、ボディソープを手に取りながら凛馬の背中に手を伸ばす。
「それまでは、私がちゃんと面倒見るにゃ。だから……安心してにゃ?」
ミケの手が優しく凛馬の背中を洗い始める。器用な指先が丁寧に泡立てながら動く。
(何だこの感覚……)
「あ、背中けっこう広いんだね……にゃふふ」
「でも……俺が元の世界に帰るのを手伝ってくれるのか?」
その質問に、ミケは少し驚いた顔をする。
「当然にゃ、凛馬が元の世界に帰りたいなら、私も全力で手伝うにゃ!」
ミケが凛馬の肩に手を置き、優しく微笑む。しかし、その笑顔は少しぎこちなく見えた。
「でも……凛馬が帰っちゃったら寂しいけど、私は凛馬が幸せな方に行って欲しいにゃ……」
ミケの優しさに、凛馬の心が柔らかくなる。
(幸せな方……か)
そしてミケがシャンプーで凛馬の髪を洗い始める。器用な指先が頭皮を優しくマッサージする。
「……もしかしたら、凛馬がこの世界を気に入ってくれるかもしれないにゃ?」
その言葉に、凛馬の心臓が少し跳ねた。それが図星なのかは、まだ分からなかった。
ミケが少し照れながら、凛馬の髪を丁寧にすすぐ。温かいお湯が流れ落ち、湯気が二人を包む。
「ありがとな、ミケ。優しい人に拾われて良かった」
すると、ミケの手が急に震えた。
「にゃあああ!そんなこと言われたら……嬉しすぎて泣いちゃうにゃ!」
「!?」
ミケの目がうるうると潤み、耳がぺたんと垂れる。
(なんで泣いてんの!?)
獣人の感性は非常に豊かなようだ。するとミケが後ろから凛馬を抱きしめる。
(ッ!?)
「凛馬……ありがとうにゃ。私も、凛馬に出会えて良かったにゃ」
(いや、それよりもさ……)
凛馬はそれ以上考えるのをやめた。それ以上考えたらもう戻れない気がした。
ミケがしばらく抱きしめた後、顔を上げてニコニコと笑う。
そんな様子をミケの母親は遠くで聞いていた。
(あの子ったら……)
昔からそうだった。
怪我をした小さな魔獣を拾ってきたり、困っている子を放っておけなかったり。
今日拾ってきたのはまさかの人間。流石に驚いたけれど――。
『この子、一人なんだにゃ』
そう言った時のミケの顔を思い出す。本気で助けたいと思っている顔だった。
母親は小さく微笑む。
(しばらく賑やかになりそうね)
浴室の方から聞こえてくる声を聞きながら、静かに食器を片付け始めた。
それから2人はぎこちないながらも風呂を済ませた。
お風呂を上がった後、ミケの母親が用意してくれた部屋着に着替える。
ミケの部屋は猫の様なぬいぐるみやポスターで飾られ、可愛らしい雰囲気だった。
「今日は私のベッドで一緒に寝るにゃ!」
「またかよ……」
反射的にツッコんでしまった。だが——
「にゃ?」
「……いや、なんでもない」
ミケがベッドに潜り込み、凛馬にも隣に来るよう手招きする。
「ほら〜早くおいでにゃ〜」
部屋の明かりは少し落とされ、月明かりが窓から差し込んでいる。
「あ、そうだ!明日は朝早く起きて、首輪買いに行くにゃ」
ミケが凛馬の腕を掴み、自分の方に引き寄せる。
「それと学校も行こうにゃ!逃げちゃダメにゃ?」
ミケが凛馬に抱きつきながら、耳を凛馬の胸に当てる。心臓の音を確認するように、しっぽがゆっくりと揺れる。
(近いんだよさっきから……!)
「凛馬の心臓、ドキドキしてるにゃ・・・.にゃふふ」
本当に心臓がバクバクしていた。そんな様子をミケが小さく笑った。
やがてミケの呼吸が穏やかになり、小さな寝息が聞こえ始める。
(俺は寝れねぇよ……)
凛馬は天井を見上げた。帰れる保証はない。
明日は首輪を買いに行くし、学校にも行くらしい。何もかも意味が分からない。
それなのに、不思議と悪い気分ではなかった。
こうして凛馬の異世界での最初の夜は、更けていった。
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