見学専門凛馬くん
異世界生活四日目。まぁされど四日だが。
今思えば最初は何もかもがおかしかった。
獣耳に尻尾。急に付けられた首輪。どれも受け入れられるものじゃなかった。
けれど——
「凛馬ぁぁぁ!!朝にゃーーー!!」
ドンドンドン!!
部屋の扉が激しく叩かれる。
「うるせぇぇぇ!!」
凛馬は布団の中で叫んだ。そして勢いよく扉が開く。
「起きるにゃ!」
「勝手に入るな!!」
「私の部屋にゃ!!」
ミケは全く気にしていなかった。凛馬は諦めたように上半身を起こす。
窓の外は快晴だった。
「……眠い」
「昨日ご飯食べ過ぎたからにゃ」
そんなやり取りをしながら着替える。気付けばこれも日課になっていた。
そして顔を洗い、一階へ降りると——
「あら、おはよう凛馬くん」
ミケの母が笑顔で迎えてくれた。テーブルには既に朝食が並んでいる。相変わらず美味そうだった。
「あ、おはようございます」
自然と頭を下げる。最初は緊張していた。けれど今はそうでもなかった。
「いっぱい食べるにゃ!」
「昨日の飯がまだ残ってるな……」
「知らないにゃ!」
結局、朝からしっかり食べさせられた。そして——
「行くにゃー!」
そして学校へ行く。首輪とリードはミケが当然のように握る。
「……」
凛馬はそれを見る。ちょっと前なら全力で抵抗していたと思う。でも——
「ほら行くにゃ!」
「引っ張るなって!」
「遅刻するにゃ!」
嫌ではあるが……ミケの明るさでいつも根負けしてしまう。
異世界生活四日目。かつて感じていた違和感は、いつの間にかどこかへ消えていた。
ミケに起こされ、朝ご飯を食べ、リードで学校へ連れて行かれる。
冷静に考えればどう考えてもおかしい生活だ。それなのに——
そんな生活が少しずつ当たり前になりつつあった。
「おはよー!!」
校門の前ではアオ達が待っていた。凛馬は小さく息を吐く。
そして自然と足を向けた。今日もまた、いつもの一日が始まる。
教室へ入ると、既に多くの生徒達が席についていた。
「おはようにゃー!」
ミケが元気よく挨拶する。
「おはよー!」
「お〜う」
あちこちから返事が飛んでくる。凛馬もミケの隣の席へ向かった。
「おう、凛馬」
隣ではギンガが机に突っ伏していた。
「おはようギンガ」
「眠ぃ……」
「眠そうだな」
「朝は敵だ」
そんなくだらない会話をしていると——
ガラッと教室の扉が開いた。
「あ、来たにゃ」
生徒達の視線が入口へ向く。入ってきたのはユズル先生だった。
「よーし席つけー」
相変わらず気の抜けた声だった。生徒達も慣れた様子で席へ戻る。
ユズル先生は教壇へ上がると出席簿を開いた。
「さて、今日の一限目だが——」
教室が静かになる。そしてニヤッと笑った。
「戦闘訓練だ」
教室が一気に沸いた。
「よっしゃぁ!!」
「待ってました!」
生徒達は大盛り上がりだった。
一方——
「またかよ……」
凛馬は机へ突っ伏した。するとギンガが笑う。
「なんだよ、楽しみじゃねぇの?」
「見るだけだからさ……」
「見学専門だもんな」
「やめてくれ」
そんなやり取りをしていると、前の席からヒョウカが振り返る。
「見てるだけでも勉強になるぞ?」
「参考になんねぇよ、俺は人間だ」
獣人達の戦いは純粋に面白い。人間界ではまず見られないものばかりだった。
だが参考になるかは、話が別だ。
「よし、じゃあゴウガ先生に迷惑かけんなよー!」
「今日は誰と当たるかなー!」
教室が一気に騒がしくなる。そんな中——
「あっ」
ミケが急に固まった。
「ん?」
凛馬が振り返ると、ミケは顔を青くしていた。
「どうした?」
「ご、ごめんにゃ……」
ミケは申し訳なさそうに耳を下げる。
「凛馬の体操服忘れたにゃ……」
「……あー」
凛馬は納得した。そういえば前のやつはミケの借り物だった。
「ごめんにゃぁ……」
ミケは本気で落ち込んでいた。
「いや別にいいよ……」
「でも——」
「どうせ見学だし……」
凛馬は肩を竦める。今の自分は戦闘訓練に参加できない。体操服があっても結局やることは同じだった。
「それもそうにゃ……」
2人の悲しい雰囲気が合わさる。するとヒョウカだけは当然のように言った。
「いつか参加するのか?」
「まぁ……もし獣人になったらな」
凛馬は苦笑した。そんなことできるわけが無い。
人間は獣人に勝てない。少なくとも、自分はそう思っていた。
でも——
少しだけ、戦ってみたいという気持ちは生まれ始めていた。
生徒達は一斉に教室を飛び出していく。凛馬もその後ろを歩く。
こうして、戦闘訓練の授業が始まろうとしていた。
グラウンドへ到着すると、既に他クラスの生徒達も集まっていた。
もう木刀を振っている者と掛け声が響く。
「相変わらず凄ぇな……」
凛馬は思わず呟く。初めて見た時は圧巻の光景だったが、この光景がこの学校の日常なのだと理解はしていた。
「お前もそのうち混ざるか?」
隣でギンガがニヤニヤ笑う。
「無理だってば」
凛馬は苦笑した。
「気合いでどうにかなんねぇの?」
「死んじまうって」
「軟弱だなぁ」
そんなやり取りをしていると——
ドン、と地面を踏み鳴らす音が響く。
「整列!!」
大きな声に生徒達が一瞬で並び始める。
「うおっ……」
凛馬も思わず背筋を伸ばした。前方に立っていたのは大柄な熊族の男。そしてアオの父親の——
「ゴウガ先生ってアオのお父さんに見えねぇよな?」
ギンガが小声で囁く。
「やっぱそうだよな……」
なんとなく似ていると思っていた。するとアオが前列で元気よく手を振る。
「お父さーん!」
「学校ではゴウガ先生と呼べ」
即答だった。周囲から笑いが起きる。
ゴウガ先生は小さくため息を吐く。
「今日は模擬戦を行う」
その一言で空気が変わる。さっきまで騒いでいた生徒達の目が真剣になる。
「いつも通り木刀だ。怪我は自己責任」
「先生それ教師の発言ですかー!?」
後ろから声が飛ぶ。
「お前らが強かったら怪我はしないぞ」
「最低だー!!」
訓練場が笑いに包まれた。ゴウガ先生は咳払いを一つする。
そして紙を取り出した。
「では最初の組み合わせだ」
生徒達がざわつく。
「まずは牙月」
「オス!」
ギンガが元気よく手を挙げる。そして——
「アオ」
「なんか前も1回目じゃなかった!?」
アオも元気よく前へ出た。凛馬は少し驚く。
「ほんとだな……」
「負けないよ!」
アオが笑う。一方ギンガは木刀を受け取りながらニヤリと笑った。
「悪いなアオ、今日の俺めっちゃ調子良いぞ」
「いつも言ってるよね?」
「いつも調子いいからな!」
周囲から笑いが起きる。そんな中、凛馬は二人を見つめていた。
(ギンガ、どんな戦い方するんだろうな……)
気付けば少しだけ楽しみになっていた。
「では、両者前へ」
ゴウガ先生の声が響く。ギンガとアオが訓練場中央へ進み、木刀を構える。
「礼」
二人が頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「よろしくおなしゃーす」
そして——
「始め!!」
その瞬間だった——
「うおおおおおお!!」
ギンガが一直線に飛び出した。
「速っ!?」
アオと凛馬が思わず声を上げる。さっきまで離れていたはずなのに、気付けばもうアオの目の前だった。
ブンッ!!
木刀が振り下ろされる。
だが——
カン!!
アオが受け止めた。
「重っ!?」
アオの足が地面を滑る。それでも踏ん張る。
「まだまだぁ!!」
ギンガは止まらない。連続で木刀を叩き込む。
乾いた音が訓練場へ響く。
「攻めるなぁ……」
凛馬は関心するように呟いた。一方でアオは防戦一方だった。
避けて、流して、受ける。まるで嵐を相手にしているみたいだった。
「どうだ凛馬ぁ!!」
ギンガが叫ぶ。
「余所見すんな!?」
凛馬も叫び返した。周囲から笑いが起こる。
「俺かっけぇだろ!?」
すると凛馬は少しニヤけて——
「アオが可哀想だぞーーー!!」
「凛馬くん!?」
アオが驚く。周囲から笑いが起きた。
すると——
『ふっ』
「……?」
凛馬の眉が僅かに動く。今、誰か横で笑わなかったか?
気のせいかもしれないが、確かに聞こえた。
『弱い方を応援するのは昔から変わらないな』
「……え?」
凛馬は思わず辺りを見回した。誰も喋っていない。
聞こえているのは、どうやら自分だけだった。
『面白い』
その声は少しだけ楽しそうだった。そこからその声を感じる事はなかった。
(なんだったんだ……)
違和感だけが胸に残る。だが今は考えている暇もなかった。
「ギンガ容赦ないにゃー!」
ミケが凛馬の言葉に乗っていた。
「アオくんずっと守ってるだけだし、可哀想だよ〜」
コハクもクスクス笑う。
「アオー!負けるなー!」
「ギンガ手加減しろー!!」
いつの間にか周囲の生徒達まで乗り始めていた。
(え、なんか盛り上がってんだけど!?)
凛馬は思わず目を丸くする。最初は自分だけだったはずだ。
それが今では、訓練場のあちこちからアオへの声援が飛んでいる。
「アオちゃーん!負けるなー!」
「ギンガやりすぎー!」
完全にギンガが悪役になっていた。
(いや、そこまでか……?)
凛馬は少しだけ笑ってしまう。みんな本気なのに、どこか楽しそうだった。
「なんで俺だけ悪者なんだよ!?」
ギンガが思わず叫ぶ。アオは吹き出しそうになる。
「ほらほらギンガくん?」
「うるせぇ!」
ギンガが木刀を振るう。だが、アオが受け流す。
「頑張れアオー!」
「耐えろー!」
「だからなんなんだよお前ら!?」
完全に観客がアオ側だった。ギンガの耳がぴくぴく動く。
明らかに調子が狂っている。
「凛馬ぁ!!お前は味方しろよ!!」
だが凛馬の答えは——
「アオ頑張れーー!!」
「裏切り者ぉぉぉ!!」
訓練場が爆笑に包まれる。そして——
その隙にアオが木刀を滑らせる。
カン!!
「おっ!?」
ギンガの体勢が崩れる。
「しまっ——」
アオの木刀がギンガの胸元へ突き付けられ、ピタリと止まった。
「……やった!」
次の瞬間——
「そこまで!」
ゴウガ先生の声が響く。
「勝者、森下アオ!」
「うおおおお!!」
歓声が上がる。
「やったー!」
アオが木刀を掲げる。
「ぐぬぬぬ……」
ギンガは地面に転がったまま唸っていた。
「お前らのせいだからな!?」
「悪い悪い……」
凛馬が笑う。
「裏切り者め……」
ギンガが恨めしそうな顔をした。訓練場はまだ盛り上がっていた。
そんな中——
ゴウガ先生が次の紙を見る。生徒達がざわつく。
「次、ミケ」
「にゃ!」
ミケの耳がぴんと立った。
「おっ」
凛馬も少し前へ身を乗り出す。そういえばミケが戦う所はまだちゃんと見た事がなかった。
いつも明るくて騒がしい。そんなミケが戦う姿は想像がつかない。
「頑張るにゃー!」
ミケが元気よく前へ出る。
「楽しみだな」
凛馬が呟いたその時だった——
「凛馬くん」
後ろから声がした。
「?」
振り返る。そこには一人の獣人が立っていた。
白髪で落ち着いた雰囲気。そのたてがみのような髭には、獅子を彷彿とさせる。
年齢を感じさせる見た目なのに、不思議と背筋は真っ直ぐだった。
周囲の生徒と先生達の空気が僅かに変わる。
「……?」
凛馬は首を傾げる。獣人は穏やかに微笑んだ。
「少し話してもいいかな?」
「えっと……?」
するとゴウガ先生が目を丸くした。
「これはこれは学園長……」
そして頭を深く下げた。
「おはようございます!」
「え?」
凛馬は固まった。学園長は楽しそうに笑った。
「ははは、気にしなくていい」
そして凛馬の隣へ立つ。
「少しだけ付き合ってくれないか?」
その頃——
「凛馬ー!!見ててにゃー!!」
ミケが訓練場の向こうから手を振っていた。完全にやる気満々だった。
「……」
凛馬は思わず苦笑する。正直、少し見たかった。
「頑張れよー」
小さく手を振り返す。するとミケは満足そうに笑った。
「任せるにゃ!!」
その笑顔を見ながら、凛馬は心の中で呟く。
(ごめんミケ……)
せっかく張り切ってるのに……どうやら今回は見られそうになかった。
凛馬は小さく息を吐く。そして学園長へ向き直った。
「……話って何ですか?」
さっきまでの賑やかな空気が少しだけ遠くなる。学園長は穏やかな表情のまま頷いた。
「歩きながら話そうか」
そう言って訓練場から離れ始める。凛馬もその後を追った。
背後では——
「試合開始!!」
ゴウガ先生の声が響く。
「にゃああああああ!!」
続いてミケの気合いの入った叫び声が聞こえた。
(やっぱ見たかったな……)
そんなことを思いながら、凛馬は学園長の隣を歩く。
一方その頃——
「ふっふっふっ!」
ミケは木刀を構えながら得意げに笑っていた。
(見てるかにゃ凛馬!)
今日は絶対にかっこいい所を見せる。そう意気込んで後ろを振り返った。
「にゃ!」
しかし——
そこにいるはずの凛馬がいなかった。
「……あれ?」
ミケがきょろきょろする。
「凛馬……?」
観客席にもベンチにもいなかった。
「……?」
その瞬間だった——
ゴンッ!!
木刀がミケの頭へ直撃した。
「に゛ゃ!?」
ミケがその場でしゃがみ込む。
頭を押さえて転げ回った。
「いったぁぁぁぁ!!」
凛馬はそんな惨劇が起きていることなど知らず、学園長の話を聞こうとしていた。
そして賑やかな声が遠ざかっていく。凛馬は隣を歩く学園長へ視線を向けた。
「それで……」
さっきまでの笑顔は消えていた。学園長がわざわざ自分を呼び出した。ただ事ではないのは確かだった。
「話って何ですか?」
学園長は少しだけ前を見たまま歩く。そして——
「今回君を呼んだのは」
学園長が静かに口を開く。
「“帰還の件”についてだ」
凛馬の足が止まった。
「——え?」
その言葉だけで、胸が大きく揺れた。
それはずっと探していたはずの言葉だった。なのに——
なぜか今は、少しだけ怖かった。
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