男同士の話
放課後を告げるチャイムが校舎へ響いた。
キーンコーンカーンコーン——
「終わったぁ……」
凛馬は机へ突っ伏した。異世界へ来て3日目。
最初は全く馴染めなかった教室も、5人のお陰で少しずつ馴染めるようになってきた。
自分が人間のおかげかせいか分からないが、自分から話しかけに行く必要は無さそうだ。
そして何より——
「凛馬くん帰ろう!」
「今日は何するにゃ?」
「街も良いですね」
気付けば当たり前のように話しかけてくる人達がいる。
最初は知らない世界と、知らない人種。
(慣れるもんだな……)
少し前までぎごちなかったが、今では妙に落ち着くようになった。
「凛馬〜?聞いてるにゃ?」
ミケが机へ身を乗り出してくる。
「聞いてる聞いてる……」
「絶対聞いてないにゃ」
「バレたか」
そんなやり取りにアオ達も笑った。その時だった——
隣の席から椅子を引く音がする。
「よし!」
今朝も聞いた声だった。
凛馬が横を見るとそこには狼族の男子、牙月ギンガがいた。
「人間!帰るのか?」
「帰るけど、どうした?」
そして、ギンガがニヤリと笑った。
「よし人間!今日は俺と帰るぞ!」
「え?」
急すぎて意味が分からなかった。
「俺ミケん家なんだけど……」
「知ってる」
「じゃあどこに帰るんだ……?」
するとギンガはニヤリと笑う。
「ちょっと付き合え、男同士の話しようぜ」
「無いだろそんなもん」
凛馬は否定したが、ギンガは全く気にしない。
「ちょっと話そーぜ?」
そして——
「にゃ?」
ミケの耳がぴくりと動く。
空気が少し変わった。ギンガは平然としている。
「人間少し借りるぜ」
「借りる?」
「物じゃねぇんだぞ俺?」
凛馬がツッコむ。だがミケは納得していなかった。
「なんでにゃ?」
「話したいから」
「別にここで話せばいいにゃ」
「ダメだ、男同士の話だ」
「なんでにゃ!」
ギンガとミケが睨み合う。凛馬は頭を抱えた。
(なんなんだよこれ……)
すると横からコハクが口元を押さえて笑う。
「ふふっ……」
「何笑ってるにゃ!」
「ミケ、もしかして寂しいの?」
ミケが少し固まった。
「別に……違うにゃ」
その言葉とは裏腹に耳が少し下がる。アオも頷いた。
「まぁ最近ずっと一緒だったもんね」
「アオ!?」
「僕もちょっと分かるかも!」
さらにミナまで頷く。
「確かに違和感あるかもですね……」
「ミナまでぇ!?」
完全に包囲されていた。ヒョウカだけは鞄を肩へ掛けながら言う。
「行ってこい」
ヒョウカだけはあっさりしていた。
「ヒョウカはあっさりしてんな……」
「男同士の話なんだろ」
ヒョウカはそれ以上興味が無さそうだった。ギンガは満足そうに頷く。
「ほら、行くぞ」
そして親指で廊下を指した。
「だからどこに?」
「街だよ街!」
「街……?」
「俺が案内してやる!」
ギンガは豪快に笑った。
「細かいこと気にすんなって!」
そう言いながら凛馬の腕を掴む。
「ギンガ!絶対に返すにゃ!!」
「あぁ夕方までには返す!」
「絶対にゃ!!」
ミケの叫びが教室に響いた。
「さっきから物扱いすんじゃねぇよ!」
そして凛馬は半ば強引に教室の外へ連行されていく。
「いってらっしゃーい」
「楽しんでねー」
「お気を付けて」
“ミケ以外”は快く送り出した。こうして凛馬は、初めてミケ達以外放課後を過ごすことになった。
そして二人は校舎を出る。
「で、街ってどこ行くんだ?」
「だから歩きながら決めるんだって」
「計画性皆無だな……」
そんな会話をしながら歩いていると、ギンガがふと足を止めた。
「ん?」
視線の先には凛馬の首輪から伸びるリードがあった。
今日は誰も持っていない。だらんと地面近くまで垂れ下がっている。
「……なぁ、それどうすんだ?」
ギンガがリードを指した。
「リード」
「あー……」
凛馬も視線を落とした。確かに邪魔と言えば邪魔だった。
「ミケ達といる時は誰か持ってるけど、今誰も持ってねぇじゃん」
「そうだな」
ギンガは少し考える。そして——
「これ俺持った方がいいのか?」
ギンガは少し困ったような顔をした。
「迷子になるかもしれねぇしな」
「ペットじゃねぇんだぞ……」
「いやペットなんだろ?」
「あ、そうだった……」
異世界へ来て3日。気付けばもうペットとしての色は薄くなりつつあったが——
いざ思い出すと心が痛くなるものだ。
「じゃあ持ってくれ……」
凛馬が諦めたように呟く。
「受け入れるんだな」
ギンガが吹き出す。
「よし!じゃあ行くぞ!」
そして2人は、街へと繰り出した。
街は放課後ということもあり、通りには学生達の姿が多い。
「へぇ〜……」
凛馬は周囲を見回した。街並みは人間界と似ているようで、やはり少し違う。
獣耳や尻尾を揺らしながら歩く人々。見たこともない食材。まだまだ見慣れない光景ばかりだった。
「どうだ?」
ギンガが笑う。
「……やっぱ面白いな」
「だろ?俺の街だ!」
「嘘下手だな」
そんな会話をしながら歩いていると——
「おーーーい!!」
遠くから大声が飛んできた。ギンガが振り返る。
「ん?」
通りの向こうから二人の男子が歩いてくる。
一人は茶色い犬耳の男子。もう一人は大柄な熊族だった。
「ギンガじゃねぇか!!」
熊族が大きく手を振った。
「あ、サボり魔ツートップ!」
ギンガが手を上げる。
二人はそのまま近付いてくる。犬族の男子がニヤニヤしながら言った。
「学校終わったのか?」
「終わったからここにいるんだろ」
「なるほどな!」
3人が盛り上がる。そんな様子を凛馬は見ていた。
(うわっ……陽キャだ!!)
するとギンガが呆れた様に聞いた。
「そんで、今日はなんで休んだんだ?」
犬族の男子が胸を張る。
「おばあちゃん助けてた!」
「それ何回目だよ」
すると隣の熊族も頷いた。
「俺も」
「お前もかよ」
凛馬は思わず吹き出した。すると二人の視線が同時に凛馬へ向く。
「……ん?」
犬族の男子が首を傾げる。
「……んん?」
熊族の男子も目を細めた。そして——
「「人間じゃねぇか!!」」
二人同時だった。
「うおっ!?」
凛馬が思わず後ずさる。
「本物!?」
2人がが身を乗り出す。
「ホントに耳ねぇ!!尻尾もねぇ!!」
レンが凛馬の耳を触りながら言う。
「だから人間なんだよ!」
凛馬が振りほどきながらツッコんだ。
「マジで人間いたんだな!学校来てんだって!?」
ガクは完全にテンションが上がっていた。怖そうな見た目なのに中身は全然違う。
「俺、風間レン!」
犬族が親指で自分を指した。
「んでこっちが黒峰ガク!」
「よろしくな人間!」
ガクが笑いながら手を差し出す。
「俺は凛馬、宜しく」
握手を返す。するとガクが目を輝かせた。
「よし!」
「何がだよ」
「今度腕相撲しようぜ!」
「やだ!」
「人間と勝負してみたい!」
「分かりきってんだろ!!」
三人は大爆笑だった。そしてその時——
レンの視線が下へ向く。
「あれ?」
ガクも気付いた。ギンガの手にはリード。そしてその先には凛馬がいた。
レンがゆっくり顔を上げる。
「ギンガ……」
「なんだ」
「趣味悪いな」
「違うって!!」
レンは腹を抱えて笑い始めた。
「何してんだお前ら!!」
「仕方ねーだろ!!」
凛馬もツッコむ。
「俺も被害者だぞ!?」
「被害者が首輪付けてんの面白すぎるだろ……」
レンは笑いが止まらなかった。
その横でガクも腕を組む。
「なるほどな、人間ってマジでペットだったんだな」
すると、レンが凛馬の顔を覗き込んだ。
「てかよく見たら普通にイケメンだな?」
「あ、ホント?」
それは少し嬉しかった。
「人間ってもっとモジャモジャした生き物だと思ってた」
「人間をなんだと思ってんだ……」
するとガクが突然凛馬の肩を組んだ。
「まぁいいじゃねぇか、せっかくだし遊ぼうぜ」
「お?」
レンも乗ってくる。
「いいなそれ!」
「何するんだよ」
「知らん!」
「揃いも揃って!」
ギンガと同レベルだった。ガクは豪快に笑う。
「せっかく人間いるんだしな」
「?」
「仲良くやろうぜ?」
その言葉に、凛馬は少しだけ目を丸くした。
人間だからって理由ではあるが、でもそこに悪意はなかった。
ただ純粋に仲良くしたい。それだけで少しだけ嬉しかった。
「まぁ……」
凛馬は肩を竦める。
「じゃあ行くか」
「決まりだな!!」
レンが笑う。
「サボったから腹減った!」
「サボるなよ……」
そして四人は笑いながら街の奥へ歩き出した。
屋台通りへ入ると、一気に人の数が増えた。
肉を焼く匂い。甘い菓子の匂い。活気のある呼び込み。
「おぉ……」
凛馬は思わず周囲を見回した。
(なんかおもったより普通だな……)
するとレンが凛馬の肩へ腕を回した。
「なぁなぁ、人間界ってどんな感じなんだ?」
ガクも興味津々だった。
「空飛ぶ車とかあるのか?」
「まだねぇよ」
「じゃあ龍は?」
「いねぇよ」
「夢ねぇなぁ!」
ガクが大袈裟に肩を落とした。
「人間界なんだと思ってんだ」
「未知の世界」
レンが笑顔で答える。
「夢に溢れた世界だな」
ギンガも頷いた、
「まぁ……耳も尻尾も無い奴らが普通に歩いてる世界だよ」
「想像出来ねぇよな〜そんなん」
レンが伸びながら言った。
その言葉を聞いた瞬間だった——
――放課後に一人で帰る自分。誰とも話さない帰り道。
――スマホ。通知は来ない。
ほんの一瞬だけそんな景色が頭を過った。
「……」
凛馬は小さく目を伏せる。
「まぁ、そんな良いとこでもねぇよ」
ぽつりと呟いた。三人が少しだけ不思議そうな顔をする。
「そうなのか?」
凛馬はそれ以上言わなかった。言葉にするほどのことでもない。けれど――
少なくとも、自分にとっては夢みたいな世界ではなかった。
「ふーん?」
レンは首を傾げる。
「でも俺は行ってみてぇな!」
「俺も!」
ガクも笑った。
その能天気な反応に、凛馬は思わず吹き出した。
「君らなら楽しめるかもな」
そう言った時だった――
「……あ?」
ガクが眉をひそめた。空気が変わる。
通りの奥から男達が三人歩いてくる。明らかに雰囲気が悪い。
そして——
全員の視線が凛馬へ向いていた。
「いたぞ、人間」
凛馬の背筋に嫌なものが走る。
「……なんすか?」
ギンガが前へ出る。だが男は鼻で笑った。
「お前じゃねぇ」
そして凛馬を指差した。
「そいつだ」
「俺……?」
「人間、珍しいからな」
男が笑う。
「少し協力してもらおうか」
その言葉と同時に腕を掴もうとする。しかし——
男の手が止まった。
「……あ?」
いつの間にかガクが前に出て手首を掴んでいた。笑顔は消えていた。
「やめとけよ」
低い声だった。男が睨み返す。
「ガキは引っ込んでろ」
ガクは笑った。だが目は笑っていない。
「俺が誰か知らねぇの?」
男達の表情が変わる。そして——
「……黒峰か」
嫌そうな顔をした。凛馬は思わずガクを見る。
「有名なのか?」
凛馬がレンに小声で聞く。するとレンが小声で返す。
「結構この辺じゃ有名だな……」
「何したんだよ」
「まぁ色々……」
全く参考にならなかった。その間もガクは男達を見ていた。
「今日は機嫌良いし、帰るなら見逃すぜ」
男達は舌打ちする。
「チッ……」
だがそれ以上何も言わなかった。そのまま踵を返し、人混みの中へ消えていく。
そして——
「ふぅ〜……」
ガクの顔に笑顔が戻った。
「やっぱ人間って目立つんだな!」
ガクは笑う。
「早速変なのが来たな」
「……」
凛馬は何も返せなかった。さっきの男達の顔が頭を過る。
人間だから、珍しいから。ただそれだけの理由で狙われた。
そして、そのせいでこの世界の住人に迷惑をかけてしまった。
「凛馬?」
ギンガが首を傾げる。凛馬は少しだけ視線を落とした。
「……悪い」
「ん?」
「俺がいたからだろ」
三人がきょとんとする。
「俺がいなかったら絡まれてないだろ」
何か起きた時、悪いことが起きた時いつも自分が原因なんじゃないかと考えてきた。
だから、今回もそう思ってしまった。
「なんか……悪かった」
言葉にすると少しだけ胸が重くなる。すると——
「いや、それはないぜ凛馬」
ギンガが言った。
「仮にお前が人間じゃなくても、ああいう奴らは誰かに絡む」
「そうそう」
レンも頷く。
「俺なんか三回くらい絡まれてるし……」
「お前の場合は口が悪いからじゃね?」
「ひどくね?」
3人が笑った。それだけで少し空気が軽くなったが——
「うん……」
それでも凛馬は完全には納得出来なかった。するとガクがぽりぽりと頭を掻く。
「俺はな、別に守ったつもり無いぞ?」
「え?」
予想外の言葉だった。
「友達が絡まれてたから止めただけだ」
ガクは当然のようにそう続けた。
「まあ気にすんなよ!」
そう言って、ギンガは凛馬の背中をポンと叩いた。
「俺らは人間の味方だぜ?」
レンも凛馬の肩に手を置いた。
「耳と尻尾無いしな」
「そこかよ」
凛馬は思わずツッコんだ。三人が笑った。
その笑いにつられるように、凛馬も少しだけ笑う。
「でも……ありがとな」
自然と言葉が出た。三人は顔を見合わせる。
「気にすんな!」
「まぁ飯おごってくれだら許してやる!」
「1文無しなんだよなぁ……」
再び笑い声が響いた。気付けば凛馬も笑っていた。
凛馬は三人を見る。出会って間もないのに——
それでもこの三人といると、少しだけ肩の力が抜ける。
“友達”、とそう呼ぶにはまだ短い時間かもしれない。
それでも、凛馬は新たな安心感を覚えたのであった。
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