第二十話 海援隊、変わる
翌日から、龍馬は動いた。
まず、海援隊の主要な隊士を集めた。
六人だった。
船の扱いに長けた者。商いの経験がある者。英語が少し分かる者。長崎の港に顔が利く者。
全員が、龍馬の顔を見て、何かが変わったと感じていた。
誰も言わなかったが、部屋の空気がそう言っていた。
――――――
「儂は上海とロンドンで、世界がどう動いているかを見てきた」龍馬は言った。
誰も口を挟まなかった。
「この国は今、武力で変わろうとしている」龍馬は続けた。「薩長が幕府を倒す。それは、おそらく起きる」
隊士たちは頷いた。
「だが、それで終わりじゃない」龍馬は言った。「新しい政府ができた後、本当の戦が始まる」
「本当の戦、とは」一人が聞いた。
「経済の戦じゃ」龍馬は言った。「港を誰が持つか。航路を誰が設計するか。保険を誰が握るか。情報を誰が持つか」
部屋が静かになった。
「刀で勝っても、そこで負けたら意味がない」龍馬は言った。「インドがそうだった。中国がそうなりつつある」
「では、海援隊はどうするんですか」
「変わる」龍馬は言った。「船だけの組織から、情報と物流を動かす組織へ」
隊士たちは顔を見合わせた。
「具体的には、何をするんですか」
龍馬は懐から紙を出した。
ロンドンで書き溜めたものだった。
「まず三つ」龍馬は言った。「航路の設計。保険の仕組みを作る。各地の港との情報網を繋ぐ」
「それは、商売ですか」
「商売でもある」龍馬は言った。「だが、それだけじゃない」
「では何ですか」
龍馬は少し間を置いた。
「日本が、自分で選べるようにするための、仕組みじゃ」
――――――
会議が終わった後、一人の隊士が残った。
近藤という男だった。二十五歳。商家の出身で、帳簿が得意だった。
「龍馬さん」近藤は言った。「正直に聞いていいですか」
「どうぞ」
「今の話、東インド会社と何が違うんですか」
龍馬は近藤を見た。
「同じ問いを、自分にも何度もした」龍馬は言った。
「答えは出ましたか」
「一つだけ」龍馬は言った。「向こうは、人が選べなくなるように設計する。儂らは、人が選べるように設計する」
「それだけですか」
「それだけじゃ」龍馬は言った。「だが、その一つが全てじゃ」
近藤はしばらく考えた。
「続けるうちに、曲がっていきませんか」近藤は言った。「設計している間に、気づかないうちに」
「曲がるかもしれん」龍馬は言った。
「では、どうするんですか」
「曲がったら、言ってくれる者を傍に置く」龍馬は言った。「それだけじゃ」
近藤は龍馬を見た。
「その人間は、誰ですか」
龍馬は窓の外を見た。
波止場が見えた。
「おる」龍馬は言った。「それだけで、十分じゃ」
――――――
その夜、龍馬はグレイへの手紙を書いた。
短い文だった。
長崎に帰りました。海援隊を変えます。目的は、あなたとは逆です。しかし道具は、あなたから学びました。礼を言います。
龍馬は手紙を畳んだ。
送るかどうか、まだ決めていなかった。
だが書かずにはいられなかった。
グレイは敵だった。
だが敵から、最も多くを学んだ。
それは、事実だった。
――――――
翌朝、龍馬は一人で波止場に出た。
朝の霧の中に、船が並んでいた。
海援隊の船も、その中にあった。
龍馬はその船を見た。
今は、ただの船だった。
だがいつか、この船が情報を運ぶ。航路を繋ぐ。日本中の港を結ぶ。
そうなるように、設計する。
龍馬は煙草に火をつけた。
霧の中で、煙が白く溶けた。
長崎の朝は、霧から始まる。
ずっと、そうだった。
龍馬は霧を見た。
白い霧の向こうに、何かがある。
まだ見えない。
だが、確かにある。
龍馬は煙草を踏み消した。
歩き出した。
やることは、決まっていた。




