第9話 救世主(?)は、高いところからやってくる。 〜公爵令嬢、部下(仮)の迷子を許さない〜
「——クラウス。そこで何をグズグズしていますの?」
その声が響いた瞬間、テラスの空気が一変し、冷徹なまでの気品が満ちた。
振り返れば、そこには非の打ち所がないほど完璧な令嬢——エリシア・フォン・アルトワ様が、扇子を手に凛と立っていた。
「……! アルトワ公爵令嬢」
クラウス様の表情から余裕が消え、即座に騎士としての敬礼を捧げる。その動作には一点の曇りもない。……けれど、どこか「うわ、見つかった」という、幼い頃から叱られ慣れている者のような、微かな諦めが混じっている気がした。
「エリシア様。……失礼いたしました。殿下の会議が終わるまでの間、周辺を確認していたところです」
(ひえっ……。空気が凍りついてるわ。これが本物の貴族社会……!)
私は反射的に、前世で培った「他部署の役員同士がバチバチにやり合っている横を通り過ぎる事務員」のような顔で固まってしまった。
「周辺の確認? ……そこにいるリアナ・アルヴィルのことですの?」
エリシア様の冷ややかな視線が、私の手元にあるメモに落ちる。彼女は一度、フンと鼻を鳴らすと、ツカツカとヒールの音を響かせて私に歩み寄ってきた。
「リアナ・アルヴィル。一ヶ月も休んでおきながら、初日に迷子? 相変わらず、だらしのないこと。……クラウス、貴方は早く殿下のもとへ戻りなさい。幼い頃から少しも変わりませんわね。そうやって『仕事』と称してサボるのはお止めなさいと言ったはずですわ」
「……手厳しい。仰せのままに、エリシア様。……リアナ嬢も、お大事に」
学園中が憧れるはずの有望な騎士が、彼女の言葉一つで苦笑しながら引き下がっていく。その光景は、主従というよりは、もはや逆らいようのない姉弟のようでもあった。
一人残された私に、エリシア様は「全く、これだから……」と小さく溜息をつき、クイッと顎で出口を示した。
「ついてらっしゃい。どうせ私と同じ教室なのですから。……そんな顔で立ち尽くしていても、廊下は教室への道を教えてはくれませんわよ?」
「え、あ……送ってくださるのですか?」
「勘違いしないで。私が通りたい道に、貴女という『無計画な障害物』があるのが癪なだけですわ。」
(……厳しい。けれど、この『迷子の部下を見捨てられない有能上司』感。そして、あのエリート騎士すらたじろがせる圧倒的な存在感……嫌いじゃないわ!)
こうして私は、騎士様のキラキラした親切を回避した代わりに、アルトワ公爵令嬢による「マンツーマンの引率」を受けることになったのだ。




