第7話:最終試験はお茶の味。〜お母様の眼力は、ベテラン人事部長より鋭い〜
「あら、合格点ね。とても優雅だわ、リアナ」
美しい庭園に、お母様の柔らかな声が響く。
本日は一ヶ月にわたる「新人研修」の総仕上げ。お母様をゲストに見立てた、実践形式のお茶会シミュレーションだ。
私は背筋を伸ばし、ティーカップを音も立てずにソーサーへ戻した。指先の角度、視線の落とし方、会話の「間」。すべてカトリーヌ先生に叩き込まれた通り——いや、前世の「来客対応マニュアル」も総動員して挑んでいる。
「ありがとうございます。お母様にお褒めいただけて光栄です」
「ふふ、そんなに畏まらなくてもいいのよ? でも……」
お母様がふっと目を細めた。その瞬間、おっとりとした空気が一変し、まるでこちらの本質を見透かすような、鋭い光が宿る。
「記憶を失くしてからの貴女、なんだか以前よりずっと『頼もしく』なった気がするわ」
「えっ……そ、そうですか?」
(……やばい。ベテラン人事部長並みの観察眼だわ。「この新卒、中途採用の顔してるな?」って疑われてる!?)
「ええ。以前の貴女は、もっとこう……フワフワとしていて、危なっかしかったの。今の貴女は、何があっても『まあ、なんとかなるわね』って冷静に分析しているような……そんな潔さを感じるわ」
「そ、それはきっと……一度すべてを忘れたことで、腹が据わったと言いますか……!」
必死に冷や汗を飲み込む。
お母様はそれ以上追求することなく、「良い変化だわ」と優しく微笑んで、そっと私の手に自分の手を重ねた。
「でも、一つだけ変わらないところがあって安心したわ。……緊張すると一生懸命になるところ。それは、私の大好きなリアナのままね」
(……お母様……!)
その温かさに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
元OLとしての計算や損得勘定を抜きにして、この人の娘になれて良かったと、心から思えた。
「さあ、お茶会はこれでおしまい。明日からは、いよいよ学園ね」
「……はい」
お母様の言葉に、私は改めて気を引き締めた。
一ヶ月間の集中トレーニング。習得したスキルは完璧。(.....のはず)あとは、あの「要注意人物リスト」に載っているキラキラしたメインキャラたちを避け、卒業までモブとして完走するだけだ。
「大丈夫よ。貴女なら、きっと上手くやれるわ」
「はい。頑張ります!」
力強く頷き、私は席を立った。
明日からは、いよいよ本番の「学園ライフ」という名の戦場
……が、感動の余韻に浸りすぎた私は、最後の一歩で芝生に足を取られ、派手に前へつんのめった。
「きゃっ——」
「リアナ!?」
「だ、大丈夫です! これも演出です……っ!」
お母様に抱き起こされながら、私は遠い目で空を見上げた。
「……リアナ、やっぱりもう少し休む?」
「いいえ、お母様……これくらい、日常茶飯事ですから……(前世的な意味で)」
完璧にこなしたはずのお茶会の最後に、この大失態
学園に戻れば、そこには物語の主要キャラたちがひしめき合っている。
そんな魔窟で、私は本当に「目立たないモブ」をやり通せるのだろうか。
(……待って、もしかして、王太子の婚約者候補より何より、一番の不安要素は私のこの『土壇場での詰めの中途半端さ』なんじゃ……?)
一抹の、いや、特大の不安を胸に、私の学園復帰は幕を開けるのだった。




