第6話:業界地図は真っ赤っか。〜モブ令嬢、主要キャラとの接触禁止を誓う〜
「リアナ様、本日からはこの国の『勢力図』を叩き込みますわよ」
カトリーヌ先生が机いっぱいに広げたのは、びっしりと家紋が並んだ、巨大な羊皮紙だった。前世で言うところの「上場企業相関図」あるいは「業界地図」といったところか。
私はペンを片手に、新人研修さながらの真剣な面持ちでそれに対峙する。
「まず、絶対に覚えておくべきは——この国の太陽、王家です。そしてそれを支える『公爵家』。この関係性を違えることは、社交界での死を意味します」
「……競合他社との力関係を把握しろ、ということですね。理解しました」
「……ええ、まあ、そんな感じですわ」
先生が指し示したのは、ひと際大きく、剣と盾をあしらった猛々しい家紋。
「こちらが武門の誉れ高き、近衛騎士クラウス様の家系。そしてこちらが——」
次に示された、百合の紋章をあしらった豪華絢爛な紋章を見た瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。
「現王太子殿下の最有力な婚約者候補、エリシア様を擁する公爵家です」
(……出たわ。悪役令嬢エリシア様!)
妹が「不器用で尊い!」と叫んでいたあの悪役令嬢。だが、カトリーヌ先生の説明によれば、彼女は圧倒的な美貌と才気で学園に君臨し、気に入らない者は視線一つで黙らせるという、まさに「超・恐怖政治型の上司」そのものだった。
「エリシア様は妥協を許さぬ御方。リアナ様、学園に戻られましたら、決して彼女の目に留まるような振る舞いをしてはなりませんわよ」
「……もちろんです。私は背景、私は空気。徹底して気配を消します」
(というか、そんなモンスター級の権力者たち、元平社員の私には荷が重すぎるわよ。関わったら即、会社(家)が潰されるやつじゃない……!)
続いて先生は、王太子の護衛騎士についても触れた。
「近衛騎士のクラウス様も要注意です。一見、非常に気さくで誰にでも愛想を振りまいておいでですが、その実、心の底では何を考えていらっしゃるか分からない……と囁かれるほど、食えない御方。彼に弱みを握られるのも、また命取りですわ」
「……なるほど。八方美人な切れ者営業マン、一番怖いタイプですね。付かず離れずの距離を維持します」
(妹は『ヒロインの前でだけ必死になるのが最高!』なんて言ってたけど、今の情報だとただの『警戒対象』じゃない! 怖い、この世界のメインキャラ怖すぎるわ!)
数時間に及ぶレクチャーを終えた頃、私のメモ帳は「絶対に目を合わせてはいけない要注意人物リスト」で真っ赤になっていた。
「素晴らしい集中力です。これほど正確に勢力図を把握されるとは……」
「……生き残るためですから」
ぐったりとしながらも、私は心に誓った。
学園に戻ったら、王太子にも、悪役令嬢にも、ましてやあの騎士にも近づかない。
隅っこでお茶を飲み、無難に卒業し、平和なモブ人生を勝ち取るのだ。
(よし、完璧なリスク管理ね!)
意気揚々と席を立とうとした瞬間。
勢い余って机の角に膝を強打し、羊皮紙の上に盛大にインクをぶちまけた。
「……あ」
「リアナ様ぁ!?」
どうやら、私の人生において一番のリスクは、周囲の権力者ではなく「自分の不注意」であることに、まだ気づいていない私だった。




