第5話:新人研修はスパルタ仕様。〜令嬢の作法は、体幹トレーニングに近い〜
「それではリアナ様、もう一度最初から」
厳しい声が部屋に響く。私の目の前に立っているのは、アルヴィル伯爵家お抱えの家庭教師、カトリーヌ先生だ。眼鏡の奥の瞳は一切の妥協を許さない。まさに「歩くマナー教本」といった風情である。
「……はい」
私は頭の上に分厚い本を載せたまま、ゆっくりと歩き出した。膝を曲げず、足音を立てず、かつ優雅に。……これが、想像を絶するほどキツイ。
(……これ、マナー講習っていうより、ガチの体幹トレーニングじゃない……!)
前世のOL時代、デスクワークで凝り固まった体には、この「正しい姿勢」を維持するだけで筋肉が悲鳴を上げる。しかも、ただ歩くだけではない。視線の配り方、扇の持ち方、指先の角度——そのすべてに「意味」と「型」があるのだ。
「リアナ様、顎が上がっております。視線は常に、相手の胸元から喉元あたりへ」
「……失礼いたしました」
修正。即座にフィードバックを受け入れ、行動を改善する。これぞ、数多の理不尽な会議を乗り越えてきた元OLの処世術だ。
「……あら?」
カトリーヌ先生が少し驚いたように声を漏らした。
「リアナ様、飲み込みが大変早くなりましたわね。以前はあんなに嫌がっておいででしたのに……」
「……一度失った記憶ですから。初心に返って、一から学び直したいのです」
(※本当は、やらないとクビ(廃嫡)になるかもしれないという恐怖心からです)とは言えない。先生は感心したように頷き、さらに指導のギアを上げた。
「素晴らしい心がけですわ。では次は、社交の場での適切な『相槌』と、扇を使った意思表示のバリエーションを学びましょう」
扇を広げる角度一つで「興味があります」から「これ以上近寄らないで」まで表現するなんて……。もはや高度な暗号通信だ。
昼休み返上で詰め込まれる教養の数々。歴史、地理、算術——。幸い、算術に関しては現代の知識があるため、先生が驚くほどの速度で解くことができた。
「素晴らしいわ。この計算速度……会計士も驚くほどです」
「……数字は、嘘をつきませんから」
ドヤ顔で答えてしまったが、内心では「エクセルさえあれば……!」と叫びたかった。
夕方。ようやく本日の研修が終了し、カトリーヌ先生が退出していく。私は彼女が見えなくなった瞬間、優雅さをなぐり捨ててソファに倒れ込んだ。
「……疲れたぁ……。プレゼン三本立てよりしんどい……」
バキバキになった背筋を伸ばしながら、ふと思う。お父様が言っていた「一月」という期限。このペースで学んでいけば、なんとか「伯爵令嬢リアナ」の皮を被ることはできそうだ。
けれど——。
(……体が覚える前に、意識がシャットダウンしそう。……あ、またドレスの裾踏んじゃった)
立ち上がろうとして、やっぱり盛大に躓く。どうやら「教養」は身についても、「ドジ」という不治の病だけは、前世の根性でも治せないらしい。




