第4話:家庭内ヒアリング。〜両親の期待と優しさが、元OLの胸に刺さる〜
自室で静かに過ごしていると、控えめなノックの音が部屋に響いた。
「リアナ様」
「……はい」
「旦那様がお呼びでございます」
(……お父様が。いよいよ今後の『業務指針』についての面談かしら)
私は小さく息を整え、立ち上がって鏡の前で服の乱れをチェックする。記憶がないからこそ、せめて外見の「お嬢様感」だけは死守しなければならない。
「……分かりました。今行きます」
扉を開けると、待機していた使用人が深々と一礼し、私を案内して廊下を歩き始めた。
やがて足が止まったのは、小さな応接室の前だった。
「こちらでございます」
扉が開かれ、私は一歩中へ足を踏み入れる。そこには、重厚な革張りの椅子に腰かけたお父様が、すでに待っていた。
「来たか。座りなさい」
「……はい。失礼いたします」
向かい側に腰を下ろすが、独特の緊張感で背筋が伸びる。
お父様はじっと私を見つめた後、静かに口を開いた。
「体調はどうだ。顔色は悪くないようだが」
「……問題ありません。ご心配をおかけしました」
「そうか。……そろそろ学園に戻る時期ではあるが、今のお前に無理をさせるつもりはない」
その言葉に、私は少しだけホッとする。いきなり「明日から学校へ行け」と言われたら、確実に初日で詰んでいただろう。
「まずは屋敷で基礎を整えよう。礼儀作法や知識……今のままでは、外に出てもお前の負担が大きいだろうからな」
「……基礎、ですか」
(……うわ、出た。新人研修だ。しかもマナーから教養までフルコースのやつ……。一気にタスクが積み上がってきたわね)
「一月ほど様子を見る。そこで判断しよう」
「……分かりました。精一杯努めます」
少しだけ息を整え、今後の学習スケジュールを脳内で組み立てようとしたその時——。
再びコンコン、と扉がノックされた。
「入れ」
お父様の許可と同時に、一人の女性が静かに入ってきた。
柔らかな雰囲気。それでいて、凛とした芯の強さを感じさせる空気。
「……あら、ちょうどいいところだったかしら」
女性はゆっくりとこちらに視線を向けた。目が合った瞬間、私の脳内データベースが勝手に一つの答えを導き出す。
「……お母様?」
女性は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから花が綻ぶように表情を緩めた。
「ええ……そうよ。リアナ、私のことが分かるのね」
お母様は迷いのない足取りで近づいてくると、私の隣に座った。距離が近い。
「体は大丈夫なの? 無理をしていない?」
「……はい。だいぶ落ち着きました」
「本当に? どこか辛いところがあったら、すぐ私に言うのよ」
じっと様子を確かめるように見つめてくるその瞳には、深い心配が滲んでいる。
前世の親元を離れて久しい私にとって、この「無条件の愛」を向けられる感覚は、少しだけくすぐったくて、けれど嫌じゃなかった。
「……今後について話していた。一月ほど、屋敷で教育をやり直す」
お父様の言葉に、お母様は少し考えるようにしてから静かに言った。
「……急ぎすぎではなくて? リアナは病み上がりなのよ」
「無理のない範囲だ。本人の負担にならないように進める」
「……そう。それならいいのだけれど」
お母様は納得したように頷くと、もう一度私を見た。
「無理はしなくていいのよ。分からないことがあれば、遠慮しないで聞きなさいね。焦る必要はないのだから」
「……ありがとうございます」
自然と、感謝の言葉が口をついた。
お父様は厳格ながらも私の歩幅を考えてくれ、お母様はその一歩一歩を優しく見守ろうとしてくれている。
(……この世界の両親、思っていたよりずっと……優しいわ)
冷徹な政略結婚の道具、なんて設定じゃなくて良かった。
それだけで、この「リアナ」として生きていくハードルが少しだけ下がった気がした。
***
面談を終えて応接室を出る。
静かな廊下で、私はようやく大きく息をついた。
(……明日から本格的な『教育』が始まるのね。礼儀作法に言葉遣い……正直、自信はないけれど)
でも、あの二人に見守られているのなら、やるしかない。
元OLの根性を見せて、一月で「完璧な令嬢」の皮を被ってみせるわ。
「……まずは、ドレスで躓かない練習からね」
私は気合を入れ直し、自分の足元をしっかりと確認してから、自室へと戻るため廊下を進んでいった。




