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元OL令嬢リアナの受難 {悪役令嬢と仲良くなったら、王子の護衛騎士に逃げ場を塞がれた件}  作者: ねこまる


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3/13

第3話:現場復帰への第一歩。〜お父様は意外と話がわかる上司かもしれない〜


 異世界に転生してから数日が過ぎた。

 部屋に引きこもっているわけにもいかず、体調が落ち着いてきた私は、少しずつ屋敷の中を探索し始めている。

 長い廊下を歩く。

 磨き上げられた床に、等間隔で飾られた豪華な調度品。

 まだ見慣れない景色ばかりだけれど、数日間の「休職期間」を経て、私の精神状態は不思議と落ち着いていた。

(……うん。環境への適応力だけは、社畜時代に鍛えられてるわね)

 窓から差し込む光を眺めながら歩いていると、前から使用人らしき男性がやってきた。

「リアナ様、失礼いたします」

 すれ違いざま、彼は立ち止まって深く頭を下げた。

 一瞬、どう返すべきか脳内メモリを検索する。貴族の令嬢として、使用人への適切なレスポンスとは——。

「……こんにちは。お疲れ様」

 少し迷いながらも、OL時代の癖でつい「お疲れ様」まで付けて返してしまった。

 すると相手は意外そうに目を丸くし、それからふわりと柔らかく微笑んで去っていった。

(……今の、不自然だったかしら。でも無視するのも感じ悪いし……。こういう細かいマナーも、ちゃんと OJT(実地訓練)していかないとダメね)

 自分の立ち居振る舞いに不安を感じながら歩き続ける。

 そんな時だった。

「リアナ」

 低い、けれど通る声が響き、私の足が止まった。

 振り向くと、少し離れた場所にアルヴィル伯爵——私のお父様が立っていた。

「……お父様」

 その姿を見た瞬間、背筋がスッと伸びた。

 記憶がないとはいえ、この人がこの屋敷の「トップ」であるという威圧感は、前世の社長を彷彿とさせる。緊張で少し肩が強張る。

 お父様は静かに頷き、私の方へとゆっくり歩み寄ってきた。

「歩けるようになったようだな」

「……はい。おかげさまで、だいぶ体が軽くなりました」

「そうか。……体調は問題ないか」

「……大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 必要最低限の、短い言葉のやり取り。

 もっと厳しい言葉をかけられるかと身構えていたけれど、そこにはピリピリとした空気はなかった。

「……そうか」

 お父様はそれだけ言うと、ほんの少しだけ視線を和らげた。

 その微かな表情の変化に、私はハッとする。

(あ……。この人、ちゃんと私のこと見てくれてるんだ)

 冷徹な権力者というよりは、不器用ながらも娘を案じている父親の顔。

 そう気づくと、冷え切っていた指先に少しだけ温かさが戻った気がした。

「……無理はするな」

「……はい」

 お父様はそれだけ言い残し、翻って静かに立ち去っていった。

 廊下に一人残り、私は小さく息を吐く。

(まだ分からないことばかり。リアナ・アルヴィルが今までどんな風に生きてきたのかも知らない。……でも)

 いつまでも「記憶喪失だから」と甘えているわけにはいかない。

 この屋敷、この家族、そしてこれから始まるであろう学園生活。

 全部、ちゃんと向き合わなきゃ。

(……このままじゃいけない。まずは現状把握と、最低限の業務遂行(令嬢としての振る舞い)ができるようにならなきゃね)

 窓に映る栗色の髪の少女を見つめ、私はゆっくりと前を向いた。

 「ちゃんと覚えていこう」

 そう心の中で決意を固め、私はもう一度、確かな足取りで歩き出した。

 ……その直後、気合を入れすぎて床のちょっとした段差に躓き、壁に思い切り肩をぶつけたのは、私だけの秘密だ。

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