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元OL令嬢リアンナの受難 {悪役令嬢と仲良くなったら、王子の護衛騎士に逃げ場を塞がれた件}  作者: ねこまる


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第46話:答えは見つけるものだと思っていたが、意外と向こうから寄ってくる事もある。 ~青い秒針。カチリとなったのは時計だけではない〜

 仕立て屋を後にした私たちは、近くにあるお母様おすすめのカフェで少し遅めの昼食を取ることにした。

 王都の喧騒から一歩足を踏み入れた店内は、落ち着いたアンティーク調の家具で統一されており、非常に居心地が良い。


 運ばれてきた見事な料理はどれも本当に美味しくて、ドレス選びの高揚感も手伝ってか、気付けば私はすっかり上機嫌になっていた。


「ふふ、リアンナ。随分と楽しそうね」


 優雅に紅茶を口に運んでいたお母様が、私を見て愛おしそうに目を細めた。


「え? そう見えますか?」


「ええ、とっても」


 私は美味しい余韻に浸りながら、少しだけ考える。

 ドレス作りは、思っていた以上に楽しかった。前世のOL時代には縁のなかった「自分の好みを一から少しずつ形にしていく作業」は、何だかとても不思議で、胸が躍るような気分だったのだ。


「……はい、楽しかったです」


「ふふ、でしょうね。分かりやすい子」


 私の心の声はお母様には完全に見抜かれていたらしい。

すべてお見通しなのが少しだけ悔しい。けれど――。


「でも……」


 私は、名残惜しそうにデザートのフォークを置いた。


「プレゼント問題は、まだ何一つ解決していないんですよね……」


 ドレスは決まった。最高に素敵な一着になりそうだ。それは間違いない。

 けれど、私をここ数日悩ませ続けている最大の難問は、未だ何一つとして解決の糸口すら見えていなかった。


「ふふっ!」


 深刻に頭を抱えた私を見て、お母様が思わずといった様子で吹き出した。


「ちょっと、お母様! だってそうじゃないですか!」


「ごめんなさい、ごめんなさいね」


 全然反省している顔ではなかった。お母様、完全に私の悩む姿を楽しんでいる。


「そうねぇ。お話を聞く限り、なかなか一筋縄ではいかないお相手だものね」


「そうんです! 本当に難易度が高すぎて……。だって趣味は訓練ですし」


「ふふ、騎士様らしいわね」


「きっと、休日も朝から晩まで訓練してそうですし」


「それは否定できないわね。王太子殿下をお護りするようなお方なら、なおさらでしょう」


「それで、好きな物として唯一掴めた情報が甘い物くらいなんですよ!?」


「なるほど。リアンナがこれほど頭を抱えて悩む理由が、よく分かったわ」


 私は盛大に、はぁぁ……と長いため息を吐き出した。


「でしょう!? 我ながら無理難題に挑戦している気がします」


 これで良い贈り物を探せと言われても、正直、完全にお手上げ状態だ。

 そんな私の涙ぐましい姿を見て、お母様は楽しそうに上品な肩を震わせるのだった。


◇◇◇


美味しい食事を終え、お腹も心も満たされた私たちは、再び王都の賑やかな通りを歩きながら店を巡っていた。


 男性向けの洗練された小物を扱うセレクトショップ、お洒落な文具店、歴史ある大型の書店――。

 いくつかの店を見て回ったものの、やはりこれだという決め手になる物はなかなか見つからない。


「リアンナ、これなんてどうかしら?」


 お母様が足を止め、ショーケースから上質な本革の手帳を手に取って見せてくれた。


「あ、すごく素敵ですけど……」


 私はうーんと首を傾げる。


「セドリック様が、これを実際に使っている姿がどうにも想像できなくて」


「そう?」


「だってあの人、訓練中に手帳を開いたりしないと思うんです。『今日の素振り、千本達成』とかメモしてたらちょっと可愛いですけど」


 お母様が思わずといった様子で吹き出した。


「ふふっ! 確かにそうね。剣を握っている時間の方が長そうだわ」


 その後も、最高級の万年筆や難解な戦術書などを見て回ったけれど、どれもこれもしっくりこない。

 気付けば私は、眉間にシワを寄せたまま低く唸っていた。


「うう、難しいです……。一人で悩んでいた時よりは心強いですけど、やっぱり沼です」


「本当に、彼のことを大切に考えて悩んでいるのね」


「だって、彼が普段何を持っているかも全然分からないんです」


 私はがっくりと肩を落とした。


「たとえば……時計なんてどうでしょう? でも、あの若さで殿下の専属騎士を務めるくらいですから、当然もう持っていますよね」


「ええ、もちろん持っているでしょうね」


 お母様は即答だった。

 ですよね。知ってた。王太子殿下の右腕とも言われるトップ騎士である。身に着ける時計の一つや二つ、最高級品を持っていて当然なのだ。


「ですよねぇ……。被っちゃったら申し訳ないですし、やっぱり時計はナシですかね……」


 私がますます落ち込んでいると、お母様はどこか愛おしそうに小さく笑って、私の肩にそっと手を置いた。


「リアンナ」


「はい?」


「贈り物というのはね、持っていない物を贈るとは限らないのよ」


 私はぱちりと瞬きをして、首を傾げた。


「え? そうなんですか? 普通は持っていない実用的なものを探すものじゃ……」


「いいえ。現に、お父様だって時計は何本もお持ちでしょう?」


「そういえば……お仕事用とか、夜会用とか、色々持っていますね」


「それでもね、私が昔贈った古い時計を、今でも一番大切そうに磨いて使ってくださっているわ」


 私は少し考え込んだ。

 持っているかどうか、被っているかどうか、ではない。

 ――誰から贈られたものなのか。

 なるほど、贈り物にはそういう考え方もあるのかもしれない。前世の即物的なコスパ・タイパ重視の思考に、お母様の優しい貴族論がすうっと染み込んでいく。


「それにね」


 お母様は悪戯っぽく、意味深に微笑んだ。


「男性というのはね、女性から心を込めて贈られたものなら、私たちが思っている以上にずっとずうっと、大切にしてくれるものよ」


「えっ……そうなんですか?」


「ええ、そうよ」


 どこか誇らしげで、とても楽しそうなお母様の横顔を見て、私はそれ以上深く聞き返すのをやめた。

これ以上突っ込むと、絶対にお父様との甘い惚気話が始まって、王都のど真ん中で砂糖を吐く羽目になる気がしたからである。


「ほら、見てごらんなさい」


 お母様が優雅に指差した先。

 そこには、クラシカルな時計店の看板が掲げられていた。


「せっかくだもの。悩む前に一度、中を見てみましょう?」


「あ、お母様! 待ってください!」


 そう言って楽しげに歩き出したお母様の後ろ姿を、私は慌てて追いかけた。


 お母様に急かされるようにしてクラシカルな時計店へ足を踏み入れた瞬間、私は思わず足を止めていた。


 壁一面に隙間なく並べられた、歴史を感じさせる大時計の数々。

 磨き上げられたガラスケースの中で、まるでおとぎ話の魔法のように静かに時を刻む、気品ある懐中時計。

 カチ、カチ、と規則正しく店内に響き渡る秒針の音は、まるでここだけ世界の時間の流れから切り離されているかのような、不思議な錯覚を覚えさせる。


「まあ……」


 思わず声が漏れる。

 正直なところ、時計の内部構造やブランドに詳しいわけではない。けれど、職人の執念が詰まった一つ一つの細工が美しく、見ているだけでも十分に楽しかった。


「こちらはどうかしら?」


 お母様が楽しげに、一つの豪奢な懐中時計を指差した。

 眩いばかりの金色の装飾が施され、蓋には繊細な彫刻が深く彫り込まれている。一目で高級品だと分かる代物だ。


「綺麗ですけど……」


 私はうーんと首を傾げた。

 違う。何か違う。

 この煌びやかさは、セドリック様のイメージではないのだ。もっとこう――。


「少し華やかすぎる気がします」


「そう?」


「はい。セドリック様はもっとシンプルな方が似合うと思います」


 お母様が小さく微笑んだ。


「そう思うのね」


「思います」


 そこは即答だった。

 あのどこまでもストイックで真面目な彼が、派手な装飾品を身につけている姿はどうしても想像できない。

 そんなことを考えながら、さらに店内を歩いていた、その時だった。


「あ……」


 ふと足が止まる。

 ガラスケースの奥。一つの懐中時計が目に入った。


 無駄な飾りを削ぎ落とした、硬質な銀色の外装。

 派手な装飾はほとんどない。けれど、どこか目を惹く上品さがあった。


「気になるの?」


 お母様が私の視線を追い、隣からのぞき込んでくる。

 私は小さく頷いた。

 店員がケースから丁寧に取り出してくれる。


 カチリ。

 蓋が開いた。


「……綺麗」


 思わず呟いていた。

 どこまでも清廉な白い文字盤。整った数字。無駄のない美しいデザイン。

 そして何より――秒針だけが、澄んだ青色をしていた。

 派手ではない。けれど、とても綺麗だった。


 その青を見た瞬間。

 ふと、セドリックの瞳を思い出す。

 晴れた日の湖のような、澄んだ青。

 以前、自分の好きな色を聞かれた時に思い浮かべた色。

 気づけば、胸の奥が少しだけ温かくなっていった。


「リアンナ?」


 お母様の声に我に返る。


「あ、いえ……」


 慌てて視線を戻す。

 偶然だ。これは本当にただの偶然。時計のデザインが彼の雰囲気にハマりすぎていただけ。

 けれど。何故だろう。

 この時計を手にしたセドリックの姿だけは、不思議とはっきり想像できた。


「気に入ったのね」


 お母様が優しく微笑む。

 私はしばらくの間、その時計を見つめた。


 もっと高価な物を持っているかもしれない。

 もっと立派な時計を持っているかもしれない。

 それでも。これを贈りたいと思った。


「……はい」


 自然と頷いていた。


「これにします」


 お母様の表情がふわりと柔らかくなる。


「ええ。素敵な贈り物だと思うわ」


 こうして。

 何日も私を悩ませ続け、前世の記憶を総動員しても答えが出なかったセドリックへのお返しは、ようやく決まったのだった。


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