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元OL令嬢リアンナの受難 {悪役令嬢と仲良くなったら、王子の護衛騎士に逃げ場を塞がれた件}  作者: ねこまる


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第45話:余白があるから綺麗に見える。人生もそうなら楽なのだけれど。~世界でひとつだけの物は少しワクワクする~


翌日。週末の活気に満ちた王都へ到着した私たちは、まず伯爵家御用達の仕立て屋へと向かった。

 賑やかな表通りから少し外れた静閑な一等地に佇むその店は、華美な看板こそ掲げていないものの、門構えからして格式高い落ち着いた気品が漂っている。


 重厚な扉を開けて店内へ足を踏み入れると、一人の女性が滑らかな動作でこちらへ歩み寄ってきた。

 年齢はお母様より少し上だろうか。洗練された仕草と、職人特有の凛とした知性を纏った美しい女性だった。


「まあ、奥様」


 女性がドレスの裾を揺らし、完璧な角度で優しく一礼する。


「お待ちしておりましたわ」


「ごきげんよう、マリグナ」


 お母様が親しげに微笑みながら応じた。

 マリグナ。どうやら、この老舗を仕切る高名なデザイナー様のお名前らしい。


「今日は、娘の新しいドレスをお願いしたいの」


「承知いたしました」


 マリグナ様は、すっと私へと穏やかな視線を向けた。


「リアンナお嬢様も、お久しぶりでございますね。ますますお美しくなられて」


 ――あ、やばい。一瞬だけ言葉に詰まってしまった。

 「お久しぶり」ということは、以前のリアンナもお世話になっていたのだろう。けれど、今の私にはその記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている。


「ご無沙汰しております、マリグナ様。お元気そうで何よりです」


 お茶を濁すように、失礼のないよう精一杯の令嬢スマイルで頭を下げると、マリグナ様はどこかホッとしたように目を細めた。


「ええ。お嬢様もお健やかそうで安心いたしましたわ」


「では、奥のサロンへご案内いたしますね」


 案内された極上のサロンへ足を踏み入れると、大きな大理石のテーブルの上には、これでもかと重厚な見本帳が並べられていた。

 贅を尽くした生地見本、細密画のような刺繍見本、最新のデザインが描かれた意匠帳。

 見ているだけで、前世の女子心が全開になってわくわくしてくる。


「まあ……凄いですわね」


「さあ、リアンナ。どんなドレスにするのかしら? あなたの好きなものを何でも言ってちょうだいね」


 お母様は慣れた様子で豪奢なソファへ腰掛け、楽しそうに私を促した。


◇◇◇


「まずは、ベースとなる生地から決めてまいりましょう」


 マリグナ様が恭しく生地見本を広げる。

 驚いたことに、「白」という一色だけで、気の遠くなるような種類が存在していた。

 濁りのない真っ白なもの、どこか温かみのある生成り、絹特有の極上の艶を持つもの――。


「白だけで、こんなにあるのですか……?」


「ええ。白は最も誤魔化しの利かない、着る方の素材を試す色ですから。だからこそ、最高の一枚を纏った時は何よりも美しいのですよ」


 マリグナ様の誇らしげな言葉に頷きつつ、私は一枚一枚、指先で触れながら見比べていく。

 前世で培った「アラサーOLのスーツ・私服選びの審美眼」をフル稼働させ、私はある一枚の生地の前でピタリと手を止めた。


「私、これが好きです」


 それは、ほんのりと柔らかな光を孕んだアイボリーだった。

 原色の白のような攻撃的な派手さはないけれど、圧倒的に上品で仕立て映えがしそうだ。


「あら、良い選択ですわ」


「ええ。お嬢様の透明感のあるお肌にも、大変よく映ると思います」


 お母様とマリグナ様が、揃って満足そうに頷いてくれた。よし、ファーストステップはクリアだ。


 次に広げられたのは、ため息が出るほど美しい刺繍見本だった。

 薔薇、百合、藤――。色とりどりの絹糸で織りなされた花々が咲き乱れている。


「こちらなどはいかがでしょう? 今季、社交界で最も流行している大輪の薔薇の意匠ですわ」


 マリグナ様が、ゴージャスな刺繍を示した。


「とっても綺麗……!」


 確かに職人技が光る素晴らしい刺繍だ。……けれど。

 これを全身に纏ったら、ドレスが歩いているみたいになってしまう。前世OLの感覚からすると、少々盛りすぎなのだ。


「私には、少し派手すぎるかもしれません」


 私がそう言うと、お母様がくすくすと小さく笑った。


「ふふ、リアンナらしいわね」


「え? そうでしょうか……?」


「ええ」


 お母様は優しく頷く。


「あなたは元々……いいえ、今のあなたは、あまりゴテゴテとした派手なものを好まないものね」


 お母様の言葉に、私は内心でほうっと胸を撫で下ろした。

 危なかった……! 今のお母様の間、絶対に「昔のあなたは」と言いかけた気がする。

 記憶喪失後の私の好みの変化を、お母様なりに優しく受け入れて、気を遣ってくれているのだ。本当にお優しいお母様である。


「でしたら、こちらは?」


 雰囲気を察したマリグナ様が、別の見本をそっと広げた。

 それは、可憐な薄紫色の小さな花々が寄り添うように刺繍されたものだった。


「あっ……!」


 思わず声が漏れる。可愛い。そして何より、文句なしに上品だ。


「これ、すごく好きです!」


「ふふ、良かったですわ」


 マリグナ様が嬉しそうに微笑んだ。


「ただ……」


 私は広げられたデザイン画を見つめながら、少しだけ注文をつけた。


「このお花の刺繍、あまり全体に多くしたくはないのです」


「ほう? と言いますと?」


「ドレスの胸元から全体にあるよりは……」


 私はペンを借りて、デザイン画のドレスの裾を指差した。


「この辺り……裾の少し上の部分から、小さなお花がぽつぽつと散りばめられているようにしたいんです」


 マリグナ様の目がプロの輝きを帯び、ペンがさらさらと紙の上を走る。


「なるほど、この辺りから、上に向かっていくにつれて、数が少なくなっていくフェードアウトの形でしょうか?」


「そうです、まさにそれです!」


 私の意図を完璧に汲み取ってくれて、勢いよく頷く。さらに繊細な線が描き加えられてしていく。

 すると、お母様が横からそのスケッチを興味深そうに覗き込んだ。


「素敵ね……。でしたらリアンナ、裾に向かって、ほんの少しだけ色を入れてみても素敵じゃないかしら?」


「色、ですか?」


「ええ」


 お母様はたおやかに微笑んだ。


「真っ白ではなく、裾の足元に向かうにつれて、淡く、ほんのりと紫色のグラデーションにするのよ。お花の刺繍がそこに溶け込むように」


 私は脳内でそのデザインを想像してみる。

 柔らかなアイボリーの生地。裾へ向かうにつれて、淡く儚げに溶け込んでいく紫のグラデーション。そこへ静かに咲き誇る、薄紫の小さな花々。


「あ……」


 綺麗だ。派手さで殴るのではなく、洗練された圧倒的な美しさ。


「ぜひそれでお願いします!」


 あまりのドストライクな提案に、思わず即答していた。


「では最後に、全体の仕上げとして銀糸をほんの少しだけ混ぜましょう」


「銀糸ですか?」


「ええ。花びらの輪郭や、小さな葉脈の陰影にだけ、隠し味のように忍ばせるのです」


 マリグナ様がササッと色を足した意匠画を見て、私は思わず小さく息を呑んだ。

 これよこれ! これが高級感ってやつよ……!

 遠目に見ればシンプル。けれど光が当たれば、銀糸が星屑のように控えめに、きらりと輝くのだ。上品さの極みである。


「さらに、全体のシルエットは歩くたびに裾がふわっと華やかに揺れる上品なAラインに。お袖は、肩口を可愛らしいパフスリーブにして、そこから手首へ向けて透け感のある軽やかな長袖を流しましょう。後ろ姿はすっきりとした編み上げにいたしますね」


 マリグナ様が追加のアイデアを流麗なタッチで描き加えていく。


「素敵……完璧ですわ」


 自然とウットリした声が漏れる。マリグナ様は、芸術家としての満足感に溢れた顔で深く頷いた。


「お嬢様の可憐さと、奥様の気品が合わさった、素晴らしい一着になりそうですわね。……まるで、どこか美しいコスモス畑にそのまま溶け込んでしまいそうな、清楚なドレスですわ」


 マリグナ様の言葉に、私の心臓がドクンと跳ねた。コスモス畑! まさに明後日、セドリックと一緒にいく場所じゃないの……!


「これにします! これが私の最高のドレスです!」


 私が満面の笑みで宣言すると、お母様とマリグナ様が揃って優しく微笑んだ。


 こうして、前世OLの引き算の美学と、お母様のナイスアシストによって、私だけの新しいドレスのデザインが完璧に決まったのだった。


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