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元OL令嬢リアンナの受難 {悪役令嬢と仲良くなったら、王子の護衛騎士に逃げ場を塞がれた件}  作者: ねこまる


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第44話:行き止まりだと思ったら、まだ角を曲がっていなかっただけ〜最終兵器、出動〜

 贅を尽くした夕食も終盤に差し掛かった頃。

 テーブルの上は手際よく片付けられ、使用人たちの手によって、美しい陶磁器に注がれた紅茶と、目にも鮮やかなデザートが運ばれてきた。


 久しぶりに家族三人で囲む食卓は本当に心地が良くて、実家の安心感からか、気づけば私は学園での出来事をぽつぽつと両親に話していた。


「――それでね、アリシュナ様が本当に優しくて格好よくて。私の憧れの御方なんです」


 そこまで熱弁を振るった時だった。


「あら……?」


 お母様がふと、私の手元へと視線を向け、小さく声を漏らした。


「リアンナ、その手首のブレスレット……見慣れないものですわね?」


「え?」


 私はきょとんとして自分の左手首へと目を落とした。

 そこには、いつものように紫色の輝きを放つ、美しい紫水晶のブレスレットが鎮座している。あまりに馴染みすぎていて、着けていることを失念していた。


「ああ、これですか」


 私は何気なく、愛おしさを込めてその石を指先で撫でた。


「これ、いただいたんです」


「まぁ」


 お母様がどこか楽しげに、興味深そうに身を乗り出してくる。


「どなたからいただいたの?」


「あ、セドリック様です」


 一瞬。

 食堂の空気がピキッと凍りついた。お母様がぱちぱちと綺麗に整った目を瞬かせる。

 そして、それまで静かにタルトを口に運んでいたお父様が、ピタリと動きを止めてこちらを凝視した。

「……王太子殿下の専属騎士、セドリック殿か」


「はい!」


 私は一点の曇りもない満面の笑みで元気に頷いた。


「細工もすごく素敵ですよね。私、とってもお気に入りなんです!」


 私がそう言うと、お母様は何かを察したように、どこか悪戯っぽく目を細めて微笑んだ。

 一方のお父様は、まるで国家の重大危機に直面したかのような、言葉にできないほど難しい顔をしている。


「お父様……? どうかされましたか?」


「いや……」


 お父様は一度言葉を切り、喉を鳴らすようにして紅茶を一口喜び下した。


「その……セドリック殿とは、学園でもよく話すのか?」


「はい、よくお話しします! それに、お出掛けにも連れて行ってもらったんですよ!」


 お父様の立派な眉がぴくりと跳ね上がった。


「お出掛け……?」


「はい! 街の素敵なお店にランチに連れて行ってもらいましたし、明後日の日曜日も、コスモス畑へ連れて行ってもらう約束なんです!」


 お父様の手が微かに震え、カップを持つ位置で完全に静止した。


「……コスモス、畑?」


「はい!」


「……二人きりで、か?」


「そうです!」


 私はお出掛けが楽しみな子供のように、元気よく答えた。

 お父様は視線を宙に彷徨わせたまま、しばらくの間、完全に黙り込んでしまった。隣ではお母様が、上品にカップに注がれた紅茶を傾けながら、静かに見守っている。


「つまり……その、なんだ。ずいぶんと、仲が良いのだな」


「はい! とっても良くしていただいてます!」


 再び、元気いっぱいの即答。

 お父様は何かを言いかけ――けれど、父親としてのプライドが邪魔をしたのか、結局すべての言葉を飲み込んだ。


「……そうか」


 そして、どこか哀愁を漂わせながら、静かに紅茶へ口を付けるのだった。なんだろう、お父様の背中が少し小さくなったような気がするけれど、気のせいだろうか。


 私は不思議に思いつつも、手首のブレスレットへと視線を落とした。


「でも……」


 ぽつりと、日頃の悩みが口を衝いて出る。


「実は、この素敵なブレスレットのお返しをしたいんですけど……」


「あら、お返し?」


 お母様が小さく首を傾げた。

「エマとお返しを選びに街へ出掛けたのですが、何を贈ったらセドリック様が喜んでくれるのか、私、全然分からなくて。ずっと悩んでいるんです」


 私ははぁ、と、ため息を吐き出し、今日までの迷走の経緯を説明した。

 アリシュナ様に相談したこと。そこから殿下にリサーチがいったこと。セドリックは甘い物が好きらしいけれど、お返しとしてお菓子は軽すぎるかもしれないこと。

 そして――


『リアンナ嬢が贈る物なら何だって喜ぶよ』


 という、王太子殿下からの全く参考にならないニヤニヤ伝言のことも。


 私の涙ぐましい苦労話を聞き終えると、お母様はくすくすと上品に声を立てて笑った。


「ふふ、殿下らしいお答えね。でも、的を射ているわ」


「ですよね……。でも、贈る側としては本当に困っちゃってて。本当は、明後日の日曜日に手渡したかったんです。なのに全然分からなくて……」


 私ががっくりと肩を落としてタルトを突ついていると、お母様は少し考え込むように指先を顎に当てた。

 そして、ふと思い出したように優しく微笑む。


「そうだわ、リアンナ」


「はい?」


「明後は私と一緒に、仕立て屋へドレスを見に街へ出るでしょう?」


 私はぱちりと瞬きをした。

 明日の予定。そうだ、お母様に誘われてお買い物に行く約束だった。


「ドレスを見に行くついでに、セドリック様への贈り物も一緒に探してみましょう」


 私はバッと勢いよく顔を上げた。

 そうだ。どうしてその選択肢に気づかなかったのだろう。一人でお返し沼にハマって完全にお手上げ状態になっていたせいで、すっかり思考が視野狭窄に陥っていたのだ。


「お母様……! ありがとうございます!」


 私が思わず身を乗り出すと、お母様は楽しそうに目を細めた。


「ふふっ。男性への贈り物選びなら、人生の先輩として少しくらいは力になれると思うわ」


「心強いです……!」


 隣では、お父様がなんとも言えない切ない顔で紅茶のカップを見つめているけれど、今は気づかない振りをしておこう。


 私はようやく、暗闇の中に一筋の希望の光が見えた気がした。

 ついさっきまでは完全にお手上げ状態だった、セドリックへのお返し問題。

 けれど、今は違う。私には、この頼もしいお母様がついているのだ。お母様と一緒なら、きっと何とかなる気がする。


 少なくとも、これで明日の明確な目標が決まった。

 最高の贈り物を見つけて、あのコスモス畑でセドリックを驚かせてやるのだ。


 私は少しだけ肩の力が抜け、心がぽかぽかと軽くなるのを感じながら、温かい紅茶へゆっくりと口を付けるのだった。


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