第43話:考えても分からない時は、とりあえず美味しいご飯を食べればいい。 ~考えるのは明日の私に任せよう~
金曜日の昼休み。
私はいつものように中庭のガゼボで、アリシュナ様と並んでテイクアウトしたお弁当を広げていた。
美味しい昼食を終え、デザートのタルトを口に運んでホクホクしていた、その時。
「そう言えば、リアンナ様」
音もなく完璧な所作で紅茶のカップを置いたアリシュナ様が、いつもの冷徹沈着な、けれどどこか温かみを帯びた眼差しをこちらに向けてきた。
「例の件、殿下にそれとなく聞いて参りましたわよ」
「えっ……!?」
私はタルトをフォークで突き刺したまま、思わず動きを止めた。
そうだ、一昨日のお茶会で、アリシュナ様が「殿下にセドリックの好みをリサーチしてくれる」って言ってくださっていたのだ。
「す、すみません、わざわざ聞いてくださって……! それで、セドリックの好みは何か分かりましたか?」
「『休日は訓練しかしていないから分からない』だそうですわ」
「ですよねぇ……!」
私はガックリと肩を落とした。
予想はしていた。完璧に予想の範囲内だった。だが、いざ現実として突き付けられると地味に切ない。
「ですが」
アリシュナ様が、自身のお茶菓子にフォークを向けながら言葉を続ける。
「甘い物は、好んで食べるそうですわよ」
私はパッと顔を輝かせた。
「やっぱり……! 私の観察眼は間違っていませんでした!」
「それと……」
ここで、アリシュナ様がどうにも胡算臭いものを見るような、なんとも微妙な表情を浮かべた。
「殿下から、あなたへの伝言を預かっていますわ」
「殿下から、私にですか?」
「ええ」
アリシュナ様は、少しだけ呆れたような声音でその伝言を口にした。
「『リアンナ嬢がセドリックに贈る物なら、何だって喜ぶよ。何なら、そこらへんの道端の石ころでも大事に神棚に飾るんじゃないかな』……だそうですわ」
「…………」
あまりの参考にならなさに、私の脳みそが一時的にフリーズした。
「……本当に、何の参考にもならない……」
絞り出すような私の呟きに、アリシュナ様も静かに、深く同意するように頷いてみせる。
「ええ、私もそう思いましたわ。殿下は完全に面白がっていらっしゃいましたわね」
ですよね。知ってた。殿下なら絶対にノリノリで茶化してくると思っていた。
思ってはいたけれど、主君ならではのもうちょっと具体的で実用的な情報が欲しかったのが本音である。
◇◇◇
その日の午後からの授業中。
私の頭の中は、完全に『セドリックへのお返し100本ノック』状態に陥っていた。黒板の数式なんて右から左へ受け流すレベルである。
(甘い物……つまり、お菓子よね。焼き菓子? チョコレート? 高級マカロン?)
いや、ダメだ。前世の感覚からしても、あの素敵なブレスレットのお返しに、食べて消えてしまう消耗品のお菓子というのは、いささか軽すぎる気がする。重すぎず軽すぎずのラインが、贈り物界で最も難しいのだ。
かと言って、定番の万年筆や高級ハンカチは、彼のような王宮仕えのトップ騎士には何だか私生活に踏み込みすぎている気もするし、デザインのハードルが高すぎる。
(じゃあ、訓練に使う実用的な便利グッズ……?)
いやいや、それこそ素人がプロの道具に手を出すのは一番の禁忌だ。野球選手にこだわり抜いたバットを素人がプレゼントするようなものである。危険極まりない。
(あああ、考えれば考えるほど、完全にお手上げ状態だわ……!)
◇◇◇
そして放課後。
私は頭を抱えたまま、週末を屋敷で過ごすためにお迎えの馬車へと乗り込んだ。
ガタゴトと揺れる車内、窓の外を流れる王都の美しい景色を見つめてみても、セドリックの笑顔が脳裏にチラついて答えは出ない。
「はぁ……」と深いため息を吐き出すうちに、馬車は我が家である伯爵邸へと到着していた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ありがとうー……」
出迎えてくれた使用人たちに気の抜けた返事を返し、私はひとまず自室へと戻った。
カチッとした学園の制服から、着心地のいい上質な部屋着へと着替え、天蓋付きのベッドにゴロンと横になる。頭を使いすぎて完全にキャパオーバーだ。今日はお屋敷で何も考えずにゆっくり休ませてもらおう。
――それから数時間後。
すっかり日も落ちた頃、コンコン、と部屋の扉が控えめに叩かれた。
「お嬢様、夕食の準備が整いました。旦那様と奥様が食堂でお待ちです」
「あ、はーい。今行きます」
メイドの案内を受け、私は長い廊下を渡って広々とした食堂へと向かった。
重厚な扉を開けると、そこには優しく微笑むお母様と、相変わらず渋くて格好いいお父様が、揃って席についてくれていた。
「リアンナ。お帰りなさい。学園生活、お疲れ様だったわね」
「よく帰ってきたな、リアンナ。さあ、食事にしよう」
二人の顔を見た瞬間、私の心がパッと明るくなり、それまでの肩の荷がすうっと軽くなっていくのが分かった。
「お父様、お母様! ただいま戻りました!」
最近は学園の寮生活が中心だったけれど、こうして温かく迎えてくれる家族はやっぱり最高だ。
「今日は三人でゆっくり話せるのを、ずうっと楽しみにしていたんです!」
「ええ、もちろんよ。久しぶりにあなたの元気な顔を見ながら、美味しいものをたくさん食べましょうね」
お母様の温かい言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。不器用なお父様も、嬉しそうに目を細めていた。
セドリックへの贈り物問題は、依然として一ミリも解決していない。
けれど――うん、今日くらいは、忘れてもいいかもしれない。
私は久しぶりの我が家の味と、大好きな両親との優しい家族団欒を、心の底からホクホクとした気持ちで満喫するのだった。




