第41話:プレゼント選びは計画的に。推しへの課金は衝動的に。 ~推しを見つけたら止まれない~
今日は私にとって、非常に重要な任務がある。
――セドリックへのお返し探しである。
昨日の夜、彼から貰ったお気に入りのブレスレットに対して、自分があまりにも長期間「貰いっぱなし」だったことに気付いてしまった私は、ベッドの中で一晩中考えた。
うん、考えに考え抜いた。
その結果――何を贈ればいいのか全く分からなかった。以上である。
というわけで。
私は現在、侍女のエマを伴って、賑わう王都の街へと繰り出していた。
「それで、お嬢様」
「なに?」
「本日は、具体的に何を贈られるおつもりなのですか?」
「それを今から決めるのよ(ドンッ!)」
「……なるほど」
エマは至って静かに頷いた。何故だろう。その一切の感情をログアウトさせたような「スンッ」とした反応に、若干の不安を覚えるのは気のせいだろうか。
◇◇◇
「ねえエマ、これとかどうかな?」
まず入った雑貨店で、私は綺麗な刺繍入りのハンカチを手に取ってみた。
「素敵だと思います。上品ですし、使いやすそうですね」
「でしょう?」
広げて眺めてみる。確かに実用的だし、騎士たるもの何枚あっても困らない消耗品だ。悪くない気がする。けれど……。
「……でも、セドリックって、普段からもっと良い物を使ってそうなのよね」
「王太子殿下の専属騎士様ですからね。その可能性は高いかと」
うーん、確かに。あの完璧超人が安物のハンカチで汗を拭いている姿が想像できない。私はそっとハンカチを棚へ戻した。
◇◇◇
「じゃあ、これは?」
次に見つけたのは、美しい装飾が施された万年筆だ。
「綺麗ですね、お嬢様」
「仕事でも使えそうじゃない? 騎士様って報告書とか書くでしょ?」
「そうですね」
しばらくじっと眺める。悪くない。いや、むしろ結構良い気がする!
けれど、ふと騎士の仕事内容について疑問が浮かぶ。
「……待って。騎士って万年筆そんなに使う? どっちかっていうと剣を振るう方がメインじゃない?」
「どうでしょうか。事務作業が多い部署もあるとは聞きますが」
「うーん、分からないわね……」
確証が持てず、これもそっと元の場所へ戻した。
◇◇◇
「難しいわ……!!」
歩き疲れた私は、通り沿いにある街角のベンチへがっくりと腰を下ろした。
「難しいですね」
お供のエマも、隣で同意するように頷く。
何を見ても「悪くはない」のだ。けれど、どれもしっくり来ない。これだ!という、ビビッとくる感覚が全くしないのだ。
「セドリックって、一体何が好きなのかしら……」
膝を抱えるようにして、ぽつりと呟く。すると、エマが少しだけ目を丸くして私を見た。
「お嬢様は、セドリック様の好物をご存知ないのですか?」
「知らない(キリッ)」
即答だった。我ながら堂々たるものである。
「好きな色も知らないし」
「……ブレスレットを毎日着けている割には、随分な言い草ですね」
「休日に何をして過ごしているのかも知らないし」
「これまで、一体どんなお話をされていたのですか……?」
「そもそも趣味だって知らないわ」
「お返しを選ぶ以前の問題な気がいたします……」
私はうーんと腕を組んだ。
本当に何も知らない。王太子殿下の専属騎士だということと、いつもにこにことしていることと、たまに距離感がバグっておかしいことくらいしか分からない。
――と、そこで私の脳裏に、ある記憶がフラッシュバックした。
「あ!」
「どうなさいました?」
「前にランチへ連れて行ってもらった時、デザートが来た瞬間に、ちょっとだけ嬉しそうにしてきた気がするのよね!」
エマがパチリと小さく瞬いた。
「……ということは、甘い物がお好きなのでは?」
「やっぱりそう思う!?」
「ええ、可能性は高いかと」
よし、手がかりを掴んだぞ! 私は少し考え込む。
「じゃあ、お菓子とか……。でも、あの素敵なブレスレットのお返しが『お菓子』って、何か違う気がするのよね」
食べたら消えて無くなってしまうし。せっかくお礼をするなら、もう少し形に残る、身に着けられるような物が良い気がするのだ。
「うう、難しいわねぇ……」
本当に難しい。本人の好きな物も、欲しい物も、リサーチ不足で全然分からないのだから。
――その時だった。
「あっ……! 素敵!」
私は思考の海から引きずり出されるように、思わず勢いよく立ち上がった。
「お嬢様? どうなさいました?」
エマが不思議そうに振り返る。
私の視線の先――きらびやかなジュエリーショップのショーウィンドウに並ぶ、一つの髪飾りが目に飛び込んできた。
派手さはない。けれど、繊細な銀細工に小ぶりの美しい宝石があしらわれた、至高の上品さと気品を放つ一品。
それを見た瞬間、私の脳内に、いつも凛として、けれど私にふわりと優しく微笑んでくれるアリシュナ様の美しい姿が、スパーンと浮かび上がったのだ。
「これ……!」
「はい?」
「アリシュナ様に絶対似合う!!!」
即答だった。確信があった。あの気品溢れる完璧な公爵令嬢がこれを身につけたら、信じられないくらい綺麗に違いないと!
私の言葉を聞いたエマは、お釈迦様のようにすべてを悟った目で、すっと静かに目を閉じた。
「……お嬢様」
「なに?」
「本日の、街へ出た目的を覚えていらっしゃいますか?」
「覚えてるわよ? 当然じゃない」
私はフンスと胸を張る。
「セドリックへのお返し探しでしょ?」
「その通りです」
「でも、これ絶対アリシュナ様に似合うと思うの! むしろアリシュナ様のために作られたと言っても過言ではないわ!」
私は再びショーウィンドウへ顔を寄せ、目を輝かせた。うん、間違いない。絶対に似合う。
お返しに悩んで迷走していた脳内は、一瞬で「大好きな友人へのプレゼント」モードへと切り替わっていた。
「買うわ」
「……買われるのですね」
「買う!!」
即決だった。
こうして私は、本来の目的を綺麗に斜め上の方向へすっ飛ばし、愛する友人へのプレゼントをホクホク顔で購入したのだけれど。
「……さて、お嬢様」
「ん?」
ジュエリーショップの袋を大事に抱える私に、エマがこれ以上ないほど冷ややかな、それでいて現実を突きつける視線を送ってきた。
「アリシュナ様への贈り物が決まったのは結構ですが……セドリック様へのお返しは、結局どうされるのですか?」
「あ」
そうだった。お会計を済ませた達成感で完全に忘れていた。
私の手元にあるのは、どう見ても麗しき令嬢向けの髪飾りのみ。セドリックへのお返し問題は、ミリ単位どころか、最初から一歩も進んでいない。
「う、うーん……どうしよう……」
結局、セドリックに何を贈ればいいのかは最後まで決まらず、私はただアリシュナ様への貢ぎ物(最高の髪飾り)を手に入れただけで、この日のミッションを終えることになってしまったのだった。




