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元OL令嬢リアンナの受難 {悪役令嬢と仲良くなったら、王子の護衛騎士に逃げ場を塞がれた件}  作者: ねこまる


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第22話:完璧すぎるエスコートは、もはや接待を通り越して襲撃である。 〜元OL、騎士様とのランチが命懸けの「重要機密案件」になりました〜

 約束の、休日当日。

 私は鏡の前で、あまりにも「仕上がりすぎた」自分の姿を見て、盛大な溜息をついた。

「……ねえ。さすがに、気合が入りすぎじゃないかしら?」

「何をおっしゃいますか、リアンナ様。あれだけの殿方とお出かけになるのです。アルヴィル家の名に恥じぬ装いをお手伝いするのが、侍女としての務めですわ」

 背後で完璧なドヤ顔を浮かべるのは、私の専属侍女だ。

 私が「目立たない、落ち着いた色味の服で」と指示したはずなのに、彼女が持ってきたのは、繊細な刺繍と幾重にも重なるレースが美しい、アイボリーのティアードドレスだった。

 おまけに髪も、ブルーのリボンでハーフアップにまとめられ、隙のない「どこに出しても恥ずかしくないお嬢様」の出来上がりである。

(……これじゃ、まるで私が今日をめちゃくちゃ楽しみに、昨日からパックでもして備えていたみたいじゃない! 恥ずかしい……猛烈に恥ずかしいわ!)

 私は「これは接待、これは外交……」と念仏のように唱えながら、重い足取りで寮のロビーへと降りた。

 ……が。

「やぁ、リアンナ嬢」

 入り口で待っていた人物を見た瞬間、私の足は、今度こそ完全に止まった。

(――っ!?)

 そこにいたのは、いつもの隙のない騎士制服を脱ぎ捨てた、私服姿のセドリック様だった。

 上質なダークネイビーのジャケットに、ボタンを少し外して寛いだ印象の白いシャツ。

 さらりとした銀髪が陽光に透け、いつもの「余裕の笑み」が、制服を脱いだことでより一層、柔らかな……それでいて危険な色気を放っている。

(ズルい……! ズルすぎるわ、その顔面とスタイル! 侍女に気合を入れられた私さえも一瞬で霞むような、圧倒的な『素材の良さ』の暴力じゃない!)

 制服で隠されていた喉仏のラインや、動くたびにジャケット越しでも分かる肩の厚み。

 さらっと着こなしているだけなのに、まるで雑誌の『貴族の休日』特集からそのまま抜け出してきたような完成度だ。

「……セドリック、様?」

「ああ。……そのドレス、よく似合っているよ。今日の君は、一段と眩しくて……目が離せそうにないな」

 彼はゆっくりと歩み寄ると、蕩けるように甘く目を細めて私の手を取った。

(やめて! 侍女に気合を入れられた直後にそんな風に見つめられたら、私が本気で『勝負服』で来たみたいに見えるじゃない! 恥ずかしさで爆発しそう……!)

「あ、ありがとうございます……。セドリック様も、その、とても……素敵ですね」

 顔が熱くなるのを隠すように視線を泳がせながら、私は必死に「いつものリアンナ」を演じようと口角を上げる。

 けれど、彼が当然のように私の腕を引き、優しくエスコートするように自分の腕に添えさせた瞬間、薄いシャツ越しに伝わる体温と筋肉の硬さに、私の防衛本能がけたたましくアラートを鳴らし始めた。

「さあ、行こうか。……今日は、君を驚かせたくてとっておきの場所を準備したんだ。楽しみにしていて」

 エスコートされる腕から伝わる、彼の確かなリード。

 私は「これは侍女のせい、これは侍女のせい……」と心の中で必死に言い訳しながら、眩しすぎる騎士様に連れられ、女子寮から少し離れた学園の停車場へと向かった。

(……それにしても、セドリック様。停車場まで一人で行っても良かったのに、わざわざ女子寮まで迎えに来てくれるなんて。エスコートの手間を惜しまないあたり、やっぱりこの人、天然のタラシ……いえ、紳士だわ)

 停車場が見えてくると、そこには数台の馬車が待機していた。

(あ、あそこに止まっているのは学園の共用馬車ね。良かった、非番なのにわざわざ使用許可を取ってくれたんだ。やっぱりデキる男は手配がスムーズ……)

 ――と、感心したのも束の間。

 私たちがその「地味な馬車」の前を素通りし、さらに奥に鎮座する「異様な存在感」の一台へと歩を進めた瞬間、私の思考は完全にフリーズした。

「……セドリック様。……まさかとは思いますけれど、あちらではありませんわよね?」

 私が指差した先にあったのは、並み居る共用馬車を文字通り「蹴散らす」ようなオーラを放つ一台だった。

 磨き上げられた漆黒の車体に、鋭くも優雅なシルバーの装飾。扉には、交差する剣と重厚な盾をあしらった、猛々しい銀の紋章が誇らしげに刻まれている。

(……待って。あの家紋、カトリーヌ先生との勢力図の勉強で見覚えがあるわ。あの時は、リストを書き写すので精一杯で気にしなかったけれど……。確か……っ!?)

 私の脳裏に、カトリーヌ先生が机いっぱいに広げた巨大な羊皮紙がフラッシュバックする。

『リアンナ様、いいですか。この「剣と盾」の紋章だけは絶対に忘れてはなりません。王家の盾、軍部の実権を握るトリスタン侯爵家。関わり方を一歩間違えれば、一族の命運が尽きると心得なさいませ』

(そうだわ、トリスタン侯爵家!!! 物理的な破壊力も政治的な破壊力も国家最大級の、まさに「この国で一番怒らせてはいけない相手」じゃない! そんな家のロゴが入ったロールスロイスを、自分の足(徒歩)でお迎えに来る間に、時間指定で停車場に『配車』させておいたってこと!?)

「ああ。今日は非番だからね。学園の備品を私用で使うのも気が引けたし、何より、君を乗せるならこちらの方が座り心地が良いと思って、本邸から回させたんだ」

 さらりと言ってのけるセドリック様に、私は遠い目をした。

 

(本邸から回させた……! 執事に『あ、一台出しといて』くらいの感覚で呼んだってこと!? さすがトリスタン侯爵家、港区の一等地に自社ビル持ってるどころの騒ぎじゃないわ。わざわざこれを停車場に待機させておくなんて、周囲への見せつけ(威圧)が凄すぎるんですけど!)

 震える手で彼にエスコートされ、重厚な扉が開かれる。車内は外観と同じく黒と銀で統一されたシックで贅沢な空間。逃げ場のない密室には、彼の爽やかな香りが満ちていて、私の心拍数は出発前に早くも限界突破寸前だ。

(カトリーヌ先生……私、先生に言われた通り『要注意人物』とは距離を置くつもりだったんです。でも、今まさにそのリストの筆頭と、至近距離で閉じ込められています……!)


 やがて馬車が止まったのは、王都の北側にある風格漂うレストランだった。

 馬車が止まるなり、待ち構えていた支配人が駆け寄り、銀の紋章を見るなり最敬礼をする。

「トリスタン侯爵家セドリック様、お待ちしておりました。……中庭の席へご案内いたします」

 支配人に導かれ、重厚な石造りの建物を抜けた先。そこに広がっていたのは、外の世界とは切り離されたような、圧倒的な静寂に満ちた空間だった。

 高いレンガの壁に守られた中庭は、目に鮮やかな緑の芝生が広がり、その周囲を咲き誇る薔薇の生垣が縁取っている。

(……わあ、綺麗……。でも、綺麗すぎて怖い! 庭の中央にある噴水の音しか聞こえないんだけど。ここ、なんで他のお客さんが一人もいないの……!?)

 大きな樫の木が優しい木漏れ日を落とすテーブル席。眩しいほど白いリネンの上で、クリスタルのグラスが宝石のように輝いている。

「さあ、座って。ここは私が個人的に気に入っている店でね。今日は君に、ここの最高の時間を味わってほしかったんだ。……ここの薔薇は、君の髪の色によく映えると思ってね」

(……さらっと! さらっと今、私を景色の一部に組み込んだわよね!? ……やっぱりこの人、オフモードの方が圧倒的に殺傷能力が高い気がする……!)

 コースは滞りなく進み、そしてついに、その瞬間が訪れた。

 運ばれてきたのは、この店自慢の『三層仕立ての特製ミルフィーユ』。

「……っ」

 皿が置かれた瞬間、彼の瞳に少年のような輝きが宿る。

「……リアンナ嬢。見てくれ、このパイ生地の重なりを。完璧だ。香ばしい香りが、今まさに弾けようとしている。……さあ、君が今日、この店で一番の『幸福』を受け取る番だよ」

 彼は一切れの層を丁寧に切り分けると、もはや「断る隙」など一ミリも与えないほど自然な動作で、そのフォークを私の口元へと運んできた。

「ほら、一口。ここが一番美味しいところだ」

(……ちょっと待って。あるわよね? 私の前にも、全く同じミルフィーユが鎮座しているわよね!? なんでわざわざ、あなたのフォークで、あなたの皿のをいただくことになってるのよ!)

 自分で食べます、と言いたい。けれど、彼の瞳が……! 『この感動を今すぐ分かち合いたい』という、大型犬が宝物を持ってきた時のような純粋さに負けて、声が出ない。

(この人、無自覚なの!?学園であれだけ目立つのに、こういう時だけ天然の距離感で踏み込んでくるのやめて……!)

 私は、もはや「これはお礼の儀式」と自分に言い聞かせ、震える唇をそっと開いた。

「……っ」

 口の中に広がる、圧倒的なバターの香りとカスタードの甘み。

「どうかな。……驚いただろう?」

 私が咀嚼するのを、まるで聖戦の行方を見守る騎士のように真剣な……それでいて満足げな表情で見つめるセドリック様。

(……美味しい。悔しいくらい、めちゃくちゃ美味しいわ。でも、この至近距離でそんな慈しむような目で見られたら、味よりもセドリック様の『甘い視線』の方が胃にくるんですけど……!)

「……はい。とても、美味しいですわ」

 なんとかそれだけを絞り出すと、彼は「そうか」と心底嬉しそうに笑った。

 その笑顔が、あまりに眩しくて――私は、自分の皿にあるミルフィーユをどう食べていいのか、完全に分からなくなってしまった。

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