第20話:放課後図書室の包囲網。~元OL、口説き文句よりミステリーの解決を優先する~
「それではリアンナ様、私は殿下との約束がありますので失礼しますわね。……いいですか? あなた今は良さそうですけれど、朝は顔色が優れませんでしたし、今日はもう真っ直ぐ寮へ戻って、早くお休みになるのですよ。……絶対に、ですわよ?」
放課後の廊下で、アリシュナ様は念を押すようにそうおっしゃった。 先ほどまであんなに怒っていたのが嘘のように、今は殿下とのティータイムを少し楽しみにされているような、柔らかな表情だ。朝から私の顔色を心配してくださっている彼女の優しさが、少し申し訳なく、けれど心から嬉しかった。
「はい、アリシュナ様。お気遣いありがとうございます。……ティータイム、楽しんできてくださいね」
そう言って、私は彼女の背中を見送った。
……もちろん、真っ直ぐ戻るつもりはあったのだ。ただ、この学園の図書室にはどんな本が置かれているのか、蔵書のラインナップを軽く見ておきたかっただけ。ほんの少し、数分だけ確認してすぐに帰れば、それは「寄り道」のうちに入らないはず。
ようやく、肩の荷が下りたのだ。
噴水騒動という突発的なトラブルも、私の強引な仲裁で無事に収束した。 あとは当事者たちが放課後に上手くやってくれればいい。
「ふふ、これこそが私の求めていた『定時後の自由時間』……!」
私は足取りも軽く、図書室へと向かう。
放課後の図書室は、驚くほど静かだった。「少し見るだけ」のつもりだったのに、棚を眺めていると、一冊の古びた推理小説が目に留まってしまった。
気づけば私は窓際の、少し奥まった席に陣取ると、昼休みに一口も食べられなかった空腹も忘れ、夢中でページをめくり始めていた。
(……すごい。このトリック、魔法と心理学を組み合わせてるんだわ……)
物語の佳境、犯人と探偵の対峙シーンに差し掛かったその時。
不意に、視界がふわりと遮られた。何かが背後に立った気配。けれど、音は全くしなかった。
驚いて顔を上げようとした私の視界の両端に、音もなく「スッ」と白い手袋をはめた大きな手が置かれる。
叩くような衝撃はない。ただ、私の左右を塞ぐように、窓からの夕日を遮るように置かれたその腕は、まるで私を囲い込む檻のようだった。
「…………何を読んでいるんだい?」
すぐ耳元で、空気の震えのような小さな囁き声。
「セ、セドリック様……!?何故こんな所に ……」
小声で慌てる私に、セドリック様は悪戯っぽく人差し指を自分の唇に当てると、さらに顔を寄せて囁いた。
「護衛の任務も交代を済ませて中庭を歩いていたら、あまりに無防備で楽しそうな顔をして読書をしている君を見つけたから、君の視界に入りたくてついつい来てしまった。」
流れるような完璧な口説き文句。至近距離の美貌。
普通の令嬢ならここで落ちるのだろうけれど――今の私には、それ以上に譲れないものがある。
「……あの、セドリック様」
「なんだい?」
「非常に申し上げにくいのですが、そこ、影になって手元が暗いんです。……あと少しで犯人がわかりそうなので、せめて読み終わるまで避けていただけませんか?」
私が真顔でそう告げると、完璧な微笑みを浮かべていたセドリック様の表情が、ピキリと凍りついた。
「…………本、に負けたのかい? 僕は」
「負けたとかではなく、純粋にミステリーとしての完成度が高いと言いますか。あ、そこ、動かないでください。文字が隠れます」
「……嘘だろう」と、小声で呟きながらショックを受けたように肩を落とす騎士様。
夕闇の図書室。
私の「のんびりライフ」を邪魔するものは、たとえイケメン騎士様であっても容赦はしない。私はそのまま、後ろで呆然とする彼を放置して、意気揚々とページをめくるのだった。




