第19話:公私混同はお断りです。 ~緊急の仲裁(コンサル)は、昼休みの返上を伴う~
「……っ、そんな……からかわないでくださいませ!」
朝から心臓に悪い「綿菓子」発言を投げ落としたセドリック様から逃げるように、私は教室へと駆け込んだ。昼休みに入る頃にはようやく冷静さを取り戻し、私は中庭のベンチで一人、穏やかなランチタイムを満喫しようとしていた。
(落ち着け、私。今は『勤務時間外』。カフェテリアでテイクアウトしたこのサンドウィッチを食べて、午後の英気を養うのよ……)
自分を甘やかし、平和なひとときに浸っていた、その時だった。
「待て、アリシュナ! 頼む、待ってくれ! ごめん、私が悪かったから一度だけ話を聞いてくれ!」
「嫌ですわ! 殿下がおっしゃる『少しの工夫』が、あんな大惨事になるなんて……! もうお顔も見たくありませんわ!」
中庭に響き渡る、あまりに聞き慣れた高貴な二人の声。
視線を向けると、そこには優雅な制服姿のまま、周囲が驚くほどの「猛烈な早歩き」で廊下を突き進むアリシュナ様と、その後ろを形振り構わず追いかける王太子殿下の姿があった。
パンを口に運ぼうとしていた男子生徒の手が止まり、談笑していた令嬢たちは扇で口元を隠すことすら忘れて立ち尽くしている。この場にいる全校生徒が「あの完璧なアリシュナ様が、なぜあんなに必死に……?」とポカンと口を開けて見守る中、彼女は迷いのない足取りで私の方へと向かってきた。
「待て! 待てと言っているだろう、アリシュナ! 私はただ、君の笑顔が見たかっただけなんだ!」
「見られるわけがないでしょう! 恥ずかしくて死んでしまいますわ! もう近寄らないでくださいまし!」
二人の距離が縮まるたびに、彼女は必死に逃げ道を探し——そして、ベンチで固まっている私と目が合った。
「……っ、リアンナ様! ちょうど良かったですわ!」
そう叫ぶやいなや、アリシュナ様はひらりと身を翻し、私が座っているベンチの背後へと回り込んだ。私の両肩をガシッと掴み、文字通り「盾」にする。急に背後から衝撃を受けた私は、サンドウィッチを片手に前のめりになり、ベンチごとガタッと揺らされた。
追いかけてきた殿下も、私たちの目の前で急ブレーキをかける。
「おお、リアンナ嬢。邪魔をしてすまない。……アリシュナ、頼むからそこから出て話を聞いてくれ!」
(……いや、殿下。私の大事なサンドウィッチが、お二人の熱量で喉を通りません。レタスが絶望的にしなびれそうです)
ふと殿下の後ろを見ると、護衛のセドリック様が口元を片手で覆い、肩を小刻みに震わせて必死に笑いを堪えていた。主君の無様な「待て!」の連呼が、彼のツボを直撃したらしい。目が合うと、彼はひらひらと呑気に私へ手を振ってきた。
結局、そのままズルズルと生徒会室へ連行されることになった。
「……それで。殿下、中庭の噴水の水圧を勝手にいじって、薔薇の花びらを仕込んだというのは本当ですか?」
私が事務的に問いかけると、殿下はビクッとして視線を泳がせた。
「……いや、その、アリシュナが最近、書類仕事で疲れていると聞いてな。視覚的な癒やしが必要だと思ったんだ。彼女が通りかかる瞬間に、水圧で花びらだけがふわふわと美しく舞い上がる計算だったんだが……」
「……実際には、想定外の水圧のせいで『ただの激しい水しぶき』と共に、濡れた花びらが顔に張り付きましたわ」
アリシュナ様が、冷たい視線で殿下を射抜く。完璧主義な彼女にとって、生徒が見ている前で「顔に濡れた花びらを貼り付けて立ち尽くす」という失態は、何より耐え難い屈辱だったのだろう。
「すまない、アリシュナ! 協力してくれた工学研究会の連中には、後で厳重に注意しておくから!」
「……共犯者がいたんですのね。呆れましたわ。学園の備品を勝手に弄るなど、次期国王としてあるまじき行為ですわよ」
その時、午後の授業5分前を告げる予鈴が鳴り響いた。
「……お二人とも、時間はありません! ここで決着をつけますよ!」
私はパンッと手を叩き、二人を見据えた。
「まず殿下、放課後に噴水を元通りにし、アリシュナ様の好む茶葉でティータイムをセッティングすること。アリシュナ様、殿下の暴走は愛の重さだと思って、今日のところは免じて差し上げませんか?」
私の強引なプレゼンに、アリシュナ様はふっと肩の力を抜いた。
「……分かりましたわ。殿下、放課後のティータイム……期待しておりますから」
「アリシュナ……! ああ、約束する!」
一気に溶けるような空気。これぞハッピーエンド。
「では殿下、アリシュナ様、授業が始まりますので急ぎましょう。リアンナ嬢、午後の授業でお腹が鳴らないように気をつけるんだぞ」
セドリック様が満足げに二人を促す。彼は最初から最後まで、このドタバタ劇を特等席で楽しんでいただけだ。
(……セドリック様のせいじゃない。分かってるけど……あの余裕の笑みを見てると、無性にこの手付かずのサンドウィッチを投げつけたくなる……!)
私は急いで包み紙を整え直し、結局一口も食べられなかったサンドウィッチをカバンに詰め込んだ。
「ちょっと、置いてかないでください! 私も同じ授業なんですから!」
同じクラスの二人の背中を追いかけ、私は廊下へと走り出した。
午後の授業中、私の胃袋は平和な解決とは裏腹に、激しい抗議の声を上げることになりそうだった。




