第15話:戦地、生徒会室。 〜「神ノート」の戦犯、召喚される元OL〜
放課後の鐘。それは私にとって退勤の合図のはずだった。
なのに、教室の入り口には、一点の隙もない立ち姿で私を待つアリシュナ様の姿。……ですよね、逃がしてはくれませんよね。
周囲の「あの二人が何故?」という好奇の視線を背中に浴びながら、私は彼女の半歩後ろを歩く。向かう先は、学園の最高意思決定機関――生徒会室。
「……緊張しているのかしら? 貴女、歩き方が少し硬いですわよ」
アリシュナ様の涼やかな声が降ってくる。私はハッとして、さらに背筋を伸ばした。
「は、はい! アリシュナ様の歩き方があまりに完璧で、思わず見惚れて……いえ、学ばせていただいておりました!」
(そうなのよ! 隣を歩くだけで、どの筋肉をどう使えば「公爵令嬢」に見えるのか、彼女が背中で教えてくれているんだわ……! これぞ生きた教材。アリシュナ様のクオリティに少しでも近づくために、私も全力で体幹を使いこなさなきゃ!)
私の鼻息の荒い返答に、アリシュナ様は少しだけ目を丸くして、「……変な子ね」と小さく呟いて前を向いた。けれど、その耳たぶがほんのり赤いのは、きっと夕日のせいだろう。
重厚な扉が開くと、そこには今朝の「神」……いえ、私の落書きを机に広げ、腕を組んで考え込んでいるライオネル殿下の姿があった。その横で、セドリック様が「ほら、言った通りでしょう?」と言わんばかりの顔で立っている。
「殿下、リアンナ様をお連れいたしました」
「……来たか。急な呼び出しですまない、リアンナ・アルヴィル嬢。セドリックからこれを見せられてね。驚いたよ。君は、この『地政学』の難解な通商路問題を、どうしてこれほど簡潔に整理できたんだ?」
(……いえ、前世で嫌というほど『結論から書け!』と詰められた結果、脊髄に刻み込まれた「生存戦略」です)
私は脳内のQ&Aリストを高速で回した。だが、殿下たちの表情は「構造化」という概念自体にピンときていない様子。私は彼らにも馴染みのある「街道」を例に挙げることにした。
「皆様、例えば王都へ向かう『一本道の街道』を想像してみてください」
「街道には、荷馬車も、旅人も、緊急の伝令も……あらゆるものが混ざり合って進んでいます。これが、今の皆様の『報告書』の状態です。重要な情報も世間話も、すべてが同じ道にひしめき合って停滞しています。そこで『構造化』つまり……」
「このように、役割ごとに道を分けるのです。情報を種類ごとに仕分けるだけで、読み手は自分が今、どの道を通っているのかを瞬時に理解できるようになります。私がしたのは、情報に『居場所』を与えただけなのです」
「……分かりやすいですわね。居場所、ですか」
アリシュナ様が感心したように呟く。私はその隙に、温めていた「解決策」を提示した。
「そこで殿下、提案がございます。これから報告を上げる際、真っ白な紙に書くのをやめませんか? あらかじめ『この項目を埋めなさい』という枠を決めた『専用の用紙』を作るのです」
「専用の、用紙……?」
「はい。例えば『現在の状況』『発生した問題』『解決のための提案』。この三つの枠を最初から印刷……いえ、書いておけば、報告者は迷わず書けますし、殿下も必要な情報だけを瞬時に抜き出せます」
「……なるほど! 報告者の『書き方』に頼るのではなく、仕組みで『書かせる』のか!」
殿下が膝を打つ。セドリック様も「それなら、部下たちに書き方を一から教え込む必要もありませんね」と身を乗り出した。よし、いい流れだ。
「ええ。この『専用用紙』さえ普及してしまえば、誰が書いても一定のクオリティが保たれます。……ですので、私はその雛形を一つお作りして、あとはセドリック様に引き継げば……」
「素晴らしい! 完璧だ、リアンナ嬢。……では、さっそく明日から一週間、私の隣であらゆる公務に合わせた『専用用紙』の作成に付き合ってもらおうか。君ほどこの『仕組み』に精通している者はいないからね」
(――あ、やばい。引き継いで逃げるつもりが、『全社共通フォーマットの開発責任者』に任命されちゃったじゃない!?)
私の「定時退勤」への道に、かつてないほど巨大なボトルネック(殿下という名のやり手プロデューサー)が出現した瞬間だった。




