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第7話 超人の直感

ヒーローとその保護者は昔から変わらない。

「ルーさん、聞こえてんのか」


 ルミナリエの耳にそんなオールの呆れたような声が聞こえてきたのは、情報整理を始めて数時間のことだった。


 時刻は午後一〇時過ぎ。大怪獣対策本部にいた職員達の姿も既に疎らになっていた。残っている者は早くこの事態を片付けたい者か、仕事熱心な者か、はたまた、何か野心がある者か。それほどまでに人は減っていた。


 ルミナリエは六人での会議後、一時間かけて大怪獣の進行ルートに関する記録を見つけ出した。そして、その旨を王とオール、木崎に連絡した。永島は連絡をした際、王とともにいたため、連絡は王への連絡の一回で済んだ。リーサルへは連絡を試みたものの、携帯の電源を切られていたのか、話すことすらできなかった。


 それから数時間、ルミナリエは一人、黙々と大怪獣の遺体処理の計画立案、並びに現在分かっている情報の整理を行っていた。途方もない作業。ルミナリエにしかできない作業。途中、木崎と王が来訪し、記者会見をするかどうか、ということを言っていたような気がするくらいの記憶がルミナリエにはあった。だが、職務に集中していたルミナリエの耳に彼らの言葉はほぼほぼ、入っていなかった。


「……オールか」


「あんた、何時間そうしてるつもりだよ。会議してから数時間は経ってんぞ」


「何時間でも。この情報整理が終わるまで」


「むっかしから、そこんところは変わんねぇな」


 呆れた様子のオールに気を逸らされ、ルミナリエの集中力は完全に切れてしまう。ルミナリエが周囲を見渡せば、数時間前まではそれなりにいた人の姿は疎らになっていた。


「話は変わるが、そのルーさんという呼び方はやめろ」


「俺の話聞いてないな、あんた」


「聞いてはいるが。お前の方が私の話を聞いていないだろう」


「こっちは聞いてるぞ。あんたも聞いてるんなら会話成り立たせろ、ボケ」


「口の悪いヒーローだ。親の顔が見てみたいものだな」


「親はお前らだろうが。頭ボケてんのか」


 会議のときよりも砕けた口調。まるで親しい者同士が話しているかのような会話。そんな二人の会話を聞いている者は周囲には誰もいなかった。いや、周囲に誰も人がいないからこそ、砕けた口調で二人は話していた。


 何故、日本語で話しているのか。それは二人の単純な気分の問題だった。英語よりも、日本にいるのだから日本語で話したい、という気分の結果の末の日本語での会話だった。要は二人が似た者同士の末の、日本語でのやり取りだった。


「ボケてはいないな。それで何か、用か」


「それなら良かった。ああ、用はないわけじゃあないんだが、言って信じてもらえるかどうかって感じのことだな」


「話し合いのときに言っていた気になったことについてか」


「そう、それ。一旦、あんたにだけ言うから、あんたが他の奴らに言うかどうか判断してくれ」


 砕けた言い合いの一瞬後に訪れた、オールのあまりに真剣な目。


 ルミナリエは自然に背筋が伸びる。彼がそこまで自分を頼ることは数えるほどしかなかった。オール自身の命が危機に晒されたときでさえ、オールがルミナリエを頼ることはなかった。オールがルミナリエを頼ったのは基本、誰かの命が危険に晒されているときだけだった。それと同等くらいにはオール一人だけでは判断に困るようなことを思い出したということだ。


「あいつと戦っているとき、あいつの目が俺を見ていないときがあった。誰かを、何かを探しているみたいだった。それこそ例えるなら、親を探す子どもみたいな。「心ここにあらず」って日本語では言うのか。そういうふうな感じだったことを思い出した」


 記憶を手繰るようにそれまでの会話のスイードよりも若干、遅いスピードでオールは言葉を紡ぐ。


「……情報を整理させてくれ」


 ルミナリエはオールの言葉に頭を押さえながら情報を整理する。


 日本に侵攻してきた大怪獣。オールの戦った所感としては何かを探しているよう。だとするならば間違いなく、大怪獣の目的は地上にある。それも日本に一直線に向かってきたのならば、日本に大怪獣が目指しているものがある。


「お前、それを戦いながら考えていたのか」


「まあな。俺はスーパーヒーローみたいに空も飛べないし、超能力が使えるわけでもない。ましてや、頭が良いわけでもない。ただ、身体能力が常人の何倍、何十倍なだけの超人だ。でもだからこそ、大怪獣と直接、ぶつかった。だから、そう感じたんだろうな」


 空を飛ぶ力も超能力も特別な力も、天才的な頭脳さえ持たない超人。身体能力が異常に高い超人。それがオールという人物。オールという人間。それが米国のとある研究施設で生み出された人類最強の男。


 自らの手で敵を倒し、自らの足でその地を踏みしめる。過去を振り返ることなどなく、ただ、目の前の敵だけを見る。それがヒーロー、オールだった。


 ルミナリエは彼の経歴を、人生を、間近で見てきた。何年も会えないことだってあった。しかし、できるだけ自らの目でオールの成長を見守ってきた。できる限り、時間の許す限り、彼の側にいた。だからこそ、彼の感覚が、彼の言葉が信頼に値するものだということは分かっていた。彼が自分の得にならない噓をつくわけがない、ということを知っていた。


「つまり、奴の目的はこの日本にあった、と」


「そういうことになる。でも、結局、その捜し物は見つからず、俺に倒された。一体、何を探していたのか、気になるだろ」


「気になるどころか、それが分かれば、この事態を改善する大きな一歩になる」


「というわけで、世界中の超優秀な奴らに頼んであいつが俺以外に何を見ていたのか、どこに視線を向けていたのかを調べてもらった。ちょうどメディアの映像とか衛星の映像とかが残ってるからな。それらから、あいつがどこら辺を見ていたのかが大体分かった」


「視線の行き先を調べさせのか。なるほどな。それで結果は」


「あいつが一番、多くもしくは長く見ていたと思われる場所は二つ。それ以外にも微妙に視線が多そうな場所とか長めっぽい場所もあったけど、それらはどうにも断定できないくらいに中途半端な結果だった。だから、一旦、除外。結果、一ヵ所は民家。もう一ヵ所は何とビックリな場所だった。どこだと思う?」


「分からん」


 ルミナリエは即答でそう言った。オールが少々、不満げな表情を浮かべていたのは目に入ったが、今はそれどころではない。分からないものは分からない。そう割り切ってことを進めるべきだと考えた。


「二ヵ所目は現在進行形で『永島那由多が住んでる場所』だ。調べた奴らもその場所に住んでいる人物調べて驚いたとよ。そこに家には永島が助手をしている教授が住んでいて、現在は永島も住んでる」


「…………………………は?」


 予想外、想定外という言葉が相応しいのだろうか。何をどうすれば、その気持ちを正確に表現できるだろうか。ルミナリエの表情はそれほどに複雑な表情になった。なってしまった。眉を顰めるだけでもなく、開いた口が塞がらないだけでなく、額に皺が寄るだけでもなく。それほどに怪訝な、呆れたような、複雑な表情だった。


 オールはさらにそんなルミナリエの表情にそうなるよな、と呟きながら言葉を続ける。自分自身もその報告を受けたときには似たような顔をしたなと思い出す。側にいた木崎の部下の佐藤に引かれるほどに変な顔だったらしい。


「一ヵ所目については所有者が三年前に死亡。それ以降は空き家になってる家だ」


「……ふむ」


「一ヵ所目はともかく、二ヵ所目はどうにもきな臭いよな」


「永島那由多、か。そうだな。偶然にしてもできすぎている。今回の招集メンバーの一人の家に大怪獣が視線を向けていた。おかしい。だが、何故だ。何故、永島の家なんだ。そこに何かあるのか」


「それを手早く確認するには本人に直接聞くのが一番ってところだな」


 確かにとルミナリエは頷く。本来ならば、事前にもっと情報を集め、確信を得てから問い詰めるべきこと。だが、現状でそう上手く情報が集まる保証はない。さらに都合の良いことに永島は現在、自分達と協力関係にある。だとするならば、上手く聞き出すことができれば重要な情報が手に入るかもしれない。


「今、永島に連絡取れるか。いや、私が連絡を取って話をした方が話は拗れないな。お前がやると何かが拗れるような予感がある」


「そういうわけでルーさん、聞いてみてくれ」


「まったく、調子の良い奴だな、お前は」


「それは悪うございました~」


 誰でも分かるくらいの不満げな顔のオールにルミナリエは呆れながらも、専用の携帯を取り出し、永島に電話を掛ける。遅い時間だ。電話に出ない可能性もある。だが一か八か、掛けて永島が電話に出れば僥倖だった。


「……出んな」


 だが、やはり、永島は電話に出なかった。ただただ呼び出し音が鳴り続ける。一度切って掛け直すが、また呼び出し音が鳴り響くだけだった。


「留守電残しとくか?」


「残しておこう。内容は、無難に『お前が今住んでいる家に大怪獣が欲しがりそうなものはあるのか』といったところだな」


「それでいいだろ。んで、これどうする。他の奴らにも言っておくか?」


 ルミナリエはオールの言葉に一瞬、考える。言っても特に支障はないが言わない方が良い気もした。事態をこれ以上、何かを言って混乱させるより、言わずに混乱させない方が良いと感じた。


「その判断は一旦保留だな。もう少し、情報が集まってからの方がいい。その方が事態を混乱させない。今、言えば混乱するだけだ」


「ういうい。了解しましたよっと」


 人差し指と中指を同時に立てピースポーズを作り、敬礼のようにその手を額の高さに傾かせながら挙げる。軽く、調子の良い動きだった。ルミナリエもそれを感じ取っていたようで訝しみながら疑問を口にする。


「……前々から気になっていたんだが、どうして私と話すときだけそこまで饒舌に機嫌良く、砕けた口調で話をする?」


「そりゃあ、あんたに気を許してるからに決まってるだろ」


 ニカッと悪戯をした子どものように笑うオール。


 心の底からルミナリエの反応を楽しんでいるのが、その顔から察された。二〇歳を過ぎ、見た目は立派な大人なのにも関わらず、その顔は、その表情はまるで五歳児のようだった。ルミナリエはその顔を見て一五年前のあの日からオールの精神状態はまったく、成長していないことに気付いた。肉体は、思考は、性格は立派に成長した。だが、精神状態だけは五歳児のままだった。


「そう、か」


 真っ正面からの言葉に内心、戸惑うルミナリエ。


 言葉と表情はその戸惑いを出さなかったが明らかに言葉数が減った。目聡い者ならばその変化にすぐさま、気付くことだろう。だがオールはそんなルミナリエの変化に気付かなかった。見て見ぬ振りをしているわけでもなく、単純に気付いていないだけだった。

私はヒーローをどのように育てれば良かったのだろう。




読んでいただきありがとうございました。お時間ありましたら、レビュー、評価等していただければと思います。

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