第5話 気になる事故
大怪獣と五年前の事故。それは何かを暗示しているかのようだった。
「Ha, mes epaules sont raides. Il n'y a aucune chance que le corps soit traite apres cette fichue reunion serieuse. Je savais que c'etait comme le Japon dont j'avais tant entendu parler". (はあ、肩凝るなあ。あんなくそ真面目に会議したところで、遺体の処理が進むわけないだろ。やっぱ、話に聞いてた日本のまんまだな)」
リーサルは首を回しながら、道路を歩く。日本語で愚痴を言っても良かった。だが、今いる国の言語で今いる国の暴言を言えば、周囲にいる国民がその暴言を聞いてしまう。そうなれば、立場は悪くなる一方だ。そう考えたリーサルは意図的にフランス語で愚痴った。
リーサルが向かう先は大怪獣の遺体の側に設置された、各国の遺体処理の現場の部隊がいる場所だ。王や永島に同行して行っても良かったが、必要のない人付き合いを嫌う彼は個別で現場部隊のもとへと訪れた。
現場では自衛隊以外にも警察や米国空軍等、海外の派遣された来た部隊が拠点を構えていた。リーサルはその中で全ての部隊の中心と言える、合同現場部隊のテントへと訪れる。
「ちょっと資料を見させてもらうな」
その場に散らばる大怪獣に関する資料の中から、彼はいくつかの資料を拾い上げ、見る。
日本の大学教授達が纏めた、大怪獣の皮膚や構成物質に関する研究報告書。
各国解体部隊による報告から、何による解体が現在、一番有効であるのかを各国の科学者達が検討している計画書。
アメリカ軍による、どの武器での攻撃がどのように跳ね返されたのかの実験報告書と、これからの実験計画書。
リーサルはそれらの資料に目を通す。膨大な各国言語で書かれた資料の量だったが、商人をしている彼にとってはマイナーな言語を身に付けるよりも簡単な作業だった。知っている言語の報告書。簡単に読めるものばかりだった。ただ、一人で作業を行うために時間だけは掛かるのが難点だった。
「うーん、やっぱり活用するには物質調査を進める必要はあるか」
そして、リーサルがこの作戦に参加した理由は一つだ。日本から資金援助を受けるためでも、世界に自分の力を示すためでもなかった。リーサルの目的はただ、一つ。
大怪獣を武器として利用する。
彼の目的はただ、それだけだ。
大怪獣が死んでいても構わない。大怪獣の肉片が手に入れば、どうしようにでもできる。リーサルの周囲の人間関係は非合法、もしくは犯罪スレスレのものばかりだ。つまりは大怪獣を武器として扱えれば、大歓迎な者達ばかりだ。リーサルが大怪獣の肉片から武器を創り出すか、そこから新たな怪獣を生み出すかすれば、彼らにとっては大儲けなのだ。
「ふーむ、こうなるとMr.ナガシマに早々に物質を解明してもらうのが先決か。しかし、世界的に著名な科学者が音を上げていることを考えると、それも無謀。なら、強引にでも皮膚片を剥ぎ取って行った方が効率は良くなるな。だが、それだと立場が悪くなる。これからが動きづらい。難しいな」
ブツブツと独り言を言いながら、リーサルは資料を見る。日本語での愚痴だが、彼の周囲に人は誰も近付かない。彼の言葉を側で聞いている者は誰もいない。第一に裏社会の人間であるに自ら近付きたがる人間がいるはずもない。それを分かっているうえで、リーサルは一人考え込む。
「これが、大怪獣」
「私もここまで近くで見るのは初めてですが、こう近くで見ると、思っていた以上に迫力がありますね」
考え込むリーサルの耳に、永島と王の声が聞こえた。リーサルがいるテントから大分離れた場所からの声だったが職業上、非常に耳が良かったリーサルの耳には二人の声が聞こえた。どうやら、永島と王の二人はリーサルが現場に来てから一時間ほど後に現場に到着したらしい。
リーサルはテントから顔を覗かせる。彼の視線の先には大怪獣の遺体の側で立ち尽くしている永島と王の姿があった。どちらもそこまで驚いている様子はなった。だが、やはり、その大きさに目を見開いているのがリーサルからは見て取れた。
「……よお、あんたらもここに来てたんだな」
「リーサルさん、いたんですか」
「あ、どうも」
いくつかの書類を持っていたバッグにしまい、永島と王にリーサルは声を掛ける。二人は多少、驚いた様子だったが、そこまで驚いている様子ではなかった。
「そういえば、あんたらも大怪獣見に来るっつってたな。どうだ、間近で見た感想は」
「ただただデカい、という感想しか出ません」
「右に同じく。想像の数倍は大きかったですね」
「だろうな。俺だって初めて見たときは驚いたし」
「「でしょうね」」
リーサルの言葉に二人は苦笑いを浮かべながら頷いた。
リーサルであろうとここまで巨大な生物は見たことがない。見たことがあったとしたらそれはどこかの国の軍事兵器だっただろう。だが、現実はそんなことはなく、どこの国が生み出したのかも分からない正体不明の大怪獣だ。どの国もその存在に驚愕し、慌てふためいた。
つまりはどの国も大怪獣を生み出したわけではないということだ。
ふっとリーサルの視界の端で永島が大怪獣へと近付く。そして、大怪獣の後頭部の部分に優しく触れた。まるで、割れ物を扱うかのように永島は大怪獣に触れる。
「……どうして、なんですかね」
「どうして、?」
「いえ、どうして彼は此処に来たのか。それほどまでに日本に来る理由があったのか、と思いまして」
永島の疑問を聞き、リーサルは己の中に浮かび上がった疑問を口にする。
「そういや、確かに太平洋から日本に向けて来たって話だったが、そこらへんについての大怪獣の進行ルートとかははっきり分かったのか、王」
「ああ、そこについてはつい数分前にルミナリエさんから報告がありまして。太平洋のど真ん中に突如姿を現した後、その出現場所近辺でうろうろとしている様子があった、と。その後、日本に向かって一直線に進行し始めていた、との記録があったようで。つまりは何か、日本に大怪獣を惹き付けるものがあった、ということになりますね」
王がリーサルの問いに答える。
数分前に報告があったということはほんの一時間ほどでルミナリエが大怪獣の進行ルートに関する記録を見つけた、ということになる。普通の政府職員や軍人であったならば、数時間は掛かったであろう資料の発掘を彼はものの一時間で終えたのだ。
「日本自体か、日本にある建築物か、はたまた、日本にしか存在しない物体か。もしくは誰かを狙っての目的地「日本」ってわけか」
「何か、放射線とか目に見えない光線とかを受け取って、日本に来たということですかね」
「そうなると厄介だなあ。日本って小さいように見えて、意外とデカいじゃん。大怪獣が反応しそうなもの、探し出すの大変だぞ」
王とリーサルはお互いに呆れ調子で言葉を紡ぐ。自分達が言っていることが現実的でなく、無謀なことだとは分かっている。だが、可能性がゼロだと言い切れないことが非常に辛い。目の前にある大怪獣の存在がそんな無謀だという自分達の思考を打ち消すからだ。
いない、と思っていたものがいる。ない、と思っていたものがある。見つからないはずのものが見つかる。その可能性がゼロではない、ということを目の前にいる大怪獣の存在が肯定してしまったのだ。
「あの今、太平洋のど真ん中って言いました?」
二人が苦笑いを浮かべ合っていると、永島が眉を潜めながら王に尋ねる。
「ええ、言いましたが。太平洋のど真ん中に何か覚えでも?」
「……個人的なことですが覚えがないわけでもなくて。五年前に太平洋で観光船が沈没した事故を覚えてますか」
「ええ、覚えてますが」
「あー、そういえばそれも太平洋のど真ん中での事故だったな、確か」
リーサルは五年前にあったとある海難事故を思い出す。
五年前、七月中旬。
太平洋のほぼど真ん中。そこで一隻の巨大な観光船が沈没した。
当時は世界的にも大々的にその事故は報道された。連日連夜の報道だった。原因は観光船の老朽化と整備不良。日本から出港したその船は米国に向かうものだったが太平洋のほぼ真ん中と表現してよいような場所で老朽化と整備不良等、その他複数の要因が重なり沈没した。
乗客・乗務員含め、乗っていたのは一五〇〇名ほど。そのうち、生きていたのは一〇〇名にも満たなかった。太平洋のど真ん中という場所の悪さも影響し、救助活動が大幅に遅れ、低体温症や溺死等で多くの乗客・乗務員が亡くなった。
近年稀に見ないレベルの海難事件だった。
「もしも、あの事故が発生した場所と大怪獣が出現した場所が近かった場合は、ちょっと気になりますね。まあ、あの事故がどのように大怪獣を生み出したのかはまったく想像がつきませんが」
「それもそうだ。だけどあの事故に関しても、改めて調査はしておいた方が良いかもな。しっかし、よく、あの事故のこと覚えてるな、ナガシマさんや」
「まあ、当事者、でした、から」
一瞬の沈黙。
その場にいた彼ら以外の者達も言葉を失った。
当事者。
当事者。
とうじしゃ?
当事者ということは事故の被害者?
彼らの脳裏には同じ言葉がグルグルと回る。
「あの事故に巻き込まれたんですか」
「そう、ですね。あの船に乗っていて、一人だけで助かった」
「誰か一緒に乗ってたのか」
リーサルの言葉に永島は一瞬、言葉に詰まる。言って良いのかどうなのか、ということを困っているふうにその姿は誰からも思えた。まるで次に選ぶ言葉を考えあぐねているような、そんな顔だった。
「妻、が一緒に、いまして」
「そう、か。あんたも大変だったんだな」
「いえ、でも、今は前を向かなくちゃいけないので」
振り返って笑う永島。その顔は誰が見ても前向きで何も引っ張っていないかのように思えた。その顔を見て王とリーサルも心のどこかで安心した。事故のことを話しているときの永島はあまりにも暗い顔をしていたのだ。今にも死にそうな顔。何か一つでも言葉を間違えれば、自ら命を絶ってしまいそうな顔。
「前向きですね、永島さんは」
王が優しい声でそう言った。それこそ、素直で心からの言葉のような言葉。少し、悲しそうな顔で優しい声で王は言う。
「それを言うなら、皆さんの方が前向きですよ。今回だってこんな無謀なことに協力してくれて、諦めもせずに大怪獣の遺体の処理をするための検討をしていて。俺よりもすごいですよ」
「そりゃどうも。ちょっとはやる気が出てきたなあ」
「そうですね。急に褒められて恥ずかしい気もしますがその言葉で俄然、やる気が出てきました」
柄にもなく照れる二人。褒められるようなことなど、してこなかった二人にとって永島の言葉は虚を突かれるような言葉だった。そんな二人を見て永島は嬉しそうに笑う。その場が幾分か、柔らかい雰囲気に包まれた。現場の隊員達も彼らのやり取りを見て緊張が解けたようだった。
「ちなみにあんたらはこの後、どうする予定なんだ」
「私は木崎さんがそろそろ会見の準備が終わったと思いますので、そこに合流します」
「俺は一旦、家に戻って色々、情報の整理と今後について考えます。少し、どうすれば良いか思い当たる節ができたので」
王と永島はリーサルと話し終えるとそれぞれ、別れて各々が次に向かう場所へと向かう。リーサルはその場に残った。一つ、気になることができたのだ。確信が得ることができない、しかし、『それ』を証明することができれば大怪獣の遺体の処理に向けての話が一気に前進するかもしれないようなもの。
「L'affondamento di una nave da turismo cinque anni fa? Sono curioso. (五年前の観光船沈没事故か。気になるな)」
記憶に残る大事故。
関わったわけでもないのに異常に引っ掛かる何か。
武器承認として裏社会で動き回っている彼にだけ分かる違和感。
勘違いだと見逃してしまいそうなほどの偶然。
その偶然が彼の何かに引っ掛かったのだ。
俺の直感が何かを訴えていた。
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