第99話 「はじめての声」
光の珠が、ノアの胸へと吸い込まれた。「第六の封印、解除。パーツ『口』を取り戻した」。顎を覆っていた鋼が、内側から熱を持って溶けていく。唇に、柔らかな感触。口の中に、舌の重み。喉の奥に、息の通る道。ノアは、恐る恐る、息を吸った。胸が膨らみ、その息が、初めて声帯というものを震わせて、外へ出ていく。「……ぁ……」。掠れた、音にもならない音。それでも確かに、彼自身の喉から生まれた、最初の音だった。
三人は、瞬きも忘れて見守っていた。ノアは何度も息を整え、唇の形を確かめ、どれほどぶりかも分からない声を、懸命に紡いだ。「……フィー……ナ」。掠れて、途切れて、不格好で。それでも間違いなく、彼女の名前だった。フィーナの目から、涙が堰を切って溢れた。「……っ、はい……! 私、ここにいる……!」。ノアは続けた。一つずつ、大切に。「テオ」。「は、はいっ……はい……!」。少年は眼鏡を外し、顔をくしゃくしゃにして何度も頷いた。「ヴェルナ」。竜人は顔を背け、乱暴に目元を拭ってから、いつもの声で、けれど少しだけ震えて答えた。「……ああ。聞こえている」。
「ありがとう」。窓に何百回と綴ってきたその言葉を、ノアは初めて、自分の声に乗せた。不思議なことが起きたのは、その時だった。言葉が触れた三人の傷――フィーナの手の甲の火傷が、ヴェルナの灼けた掌が、ほのかに温もり、痛みが和らいでいく。窓が、静かに灯った。「『口』の権能――言霊。声に、魂の力が宿る」。あの壁画の、通りだった。玉座の主の口から放たれた光を、人々が掌で受け取る。あれは支配の図ではない。祝福を、分け与える図だったのだ。
フィーナが涙を拭いながら、腰の水筒を差し出した。「……約束、覚えてる?」。ノアは頷き、覚えている限りで初めて、水を口に含んだ。冷たさが舌を打ち、喉を滑り落ちていく。目を見開いたノアの頬を、一筋、涙が伝った。取り戻した目が流す、初めての涙だった。「……冷たい。それで……すごく、おいしい」。声はまだ掠れて、不格好で。それでもその一言に、フィーナは声を上げて笑い、そして泣いた。「でしょ? ……ばか。反則だって、言ったのに」。夕暮れの頂に、四人の笑い声と泣き声が、いつまでも混ざり合っていた。




