第98話 「墜ちる太陽」
天へ攫われたノアは、鉤爪の檻の中で、間近に王の瞳を見ていた。紅蓮の奥で、金色の光が必死に瞬いている。爪は、ノアを握り潰す寸前で、小刻みに震え続けていた。締めようとする力と、緩めようとする力。淀みと王とが、この一握りを巡って、魂を削り合っている。ノアは痛む腕を伸ばし、焼けるほど熱いその爪に、そっと掌を当てた。声は、まだない。それでも、伝わると信じた。――あなたの負けじゃない。一緒に、終わらせよう。
金色が、爆ぜた。「……今、だ……!!」。王の声が、割れた鐘のように轟く。次の瞬間、王は自らの翼を、空中で畳んだのだ。揚力を失った巨躯が、ノアを抱えたまま、頂の円盤へと隕石のように墜ちていく。「テオ、受けを!!」。ヴェルナの号令に、テオが残る力のすべてで、円盤の中央に幾重もの緩衝の結界を編んだ。轟音。砕け散る光。土煙の中、墜ちた王は仰向けに横たわり、開いた爪からノアを転がり出すと、絞り出すように叫んだ。「翼を、押さえよ……! この身が、また暴れる前に……!」。
四人は、駆けた。ヴェルナの槍が右翼の付け根を、フィーナの剣が左翼を円盤へ縫い止め、テオの拘束の光が巨躯へ幾重にも巻きつく。ノアは、王の胸を駆け登った。視える。盛り返した金色の火が黒い繭を内側から押し上げ、胸の羽根を割って、どす黒い瘤となって浮き出している。金の火には、触れてはならない。黒だけを、断つ。ノアは両手を額の前で合わせ、光を針の細さまで研ぎ澄ませた。灰原で、一度だけやった細工。あの時はリオンがいた。今は――王自身が、内側から繭を押さえてくれている。「頼み……申す……」。王の囁きと共に、光の針は、黒い瘤を端から端まで、一息に貫き焼いた。
絶鳴は、なかった。ただ、萎むように、王の総身から黒が抜けていく。紅蓮が晴れ、湖のような金の瞳が静かに戻った。拘束を解かれた王は震える四肢で身を起こし――そして、両の翼を大地いっぱいに広げ、嘴を円盤へ深く伏せる、鳥の王の最も深い礼をもって、ノアの前に平伏した。「……ようやく。ようやく、この礼を……」。その輪郭が、金色の光の粒となってほどけ始める。「聞き給え、我が主。円環の蛇は……我ら七柱の、同胞に非ず。あれは御身を守る楯に非ず――御身を繋ぎ止める、鎖にございます」。ノアは息を呑んだ。「御身が声を取り戻される、その日を待てぬ我が身の、なんと口惜しいことか。どうか、いつの日か……その御声で、我らの名を、もう一度……」。言葉は、そこで光に溶けた。無数の金の羽根が、暮れ始めた空を、太陽へ向かって昇っていく。あとには、封印の光の珠だけが、静かに浮かんでいた。




