第95話 「太陽の翼」
陽の柱の頂は、天空に浮かぶ黄金の円盤だった。見渡す限りの雲海が眼下に果てなく続き、頭上には濃く深い青。その中央に――王は、いた。畳んでいてなお山のような、黄金の巨躯。太陽を織り込んだような翼、天を突く嘴、そして四人を見下ろす、湖のような金の瞳。神鳥ガルダ。だがその輝きは、無傷ではなかった。黄金の羽根を割って黒い脈が蔦のように全身を這い、光をまだらに喰っている。左の瞳は、すでに半ば、赤に濁っていた。
王は翼を開き、そして――深く、こうべを垂れた。「……お帰りなさいませ。永の刻を、お待ち申し上げた」。震える声だった。「叶うなら、この五体を地に伏して、御身をお迎えしたかった。だが、それは、もう……」。黒い脈が、どくり、と脈打つ。巨躯が軋み、金の瞳が苦悶に細められた。「聞き給え。時が、ない。中心の封印……ウロボロス……あの円環は、他の六つとは、成り立ちが違う。あの蛇は――」。刹那、遥か世界の中心から、どん、と地の底を打つような脈動が届いた。ノアの心臓が、呼応して跳ねる。王の言葉は、そこで千切れた。黒い脈が一斉に膨れ上がり、黄金の巨躯を内側から塗り潰していく。「……ぐ、ぉ……お許しを……せめて、この身が動く前に――!!」
最後の絶叫と共に、王の双眸から金色が消え、燃える紅蓮だけが残った。翼が、開く。ただそれだけで頂の大気が爆ぜ、四人は嵐に巻かれた木の葉のように吹き散らされた。円盤の縁――その先は、雲海までの底なしの落下だ。転がったフィーナの体が縁すれすれで止まり、ヴェルナが翼で辛うじて減速し、テオはノアの腕に抱き止められる。顔を上げた四人の視界から、黄金の巨躯が、音もなく消えた。「どこ――」。上だ。太陽を背にした影が、光そのものの速さで墜ちてくる。グリフォンの急降下すら緩やかに思える、神速。テオが咄嗟に張った幾重もの結界が、たった一撃で、硝子のように砕け散った。
散開して転がる四人を、燃える双眸が追う。ノアは咄嗟に、あの手を打った――王の眼前で爆ぜさせる、閃光。だが、放った光は王のまとう輝きに呑まれ、瞬きひとつ引き出せない。当然だった。太陽から生まれた王を、光で灼けるはずがない。「嘘でしょ……グリフォンの時の切り札が、効かないの!?」。フィーナの悲鳴に応えるように、王の翼が今一度、大きくしなった。翼の一打ちごとに生まれる嵐、まとう太陽の焔、そして光の速さ。三重の暴威を前に、四人はまだ、新しい答えを一つも持っていなかった。ただ――荒れ狂う王の胸の奥で、金色の小さな火が、黒い繭に抗い続けているのを、ノアの瞳だけが、確かに視ていた。




