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鋼と鼓動 ~機械の体で目覚めた俺が、七つの封印に失くした自分を探す物語~  作者: TAKA


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第89話 「砂海の巨鯨」

「帆を落とせ! 総員、動くな!」。ザラの押し殺した号令に、南風号は砂の上で息を潜めた。「砂鯨は目が見えない。代わりに、砂を伝う震えで獲物を捉える」。彼女の囁きの向こうで、巨大な背が砂丘を割って弧を描き、月光に鱗粉のような砂を散らして、再び沈んでいった。船体の何倍もある巨躯。あれに狙われれば、船ごとひと呑みだ。影が遠ざかるのを待ち、一行は這うような速度で、暁号へと船を寄せた。


遺跡の岩陰、暁号の船倉に繋がる地下蔵の奥で、彼らは見つけた。骨と皮ばかりに痩せ細り、それでも確かに息をする、数人の男たち。「……親父!」。ザラが転がるように駆け寄る。老船長ガリムは、幻でも見るように娘を見上げ、それから、ひび割れた声で笑った。「……莫迦娘が。来るなと、あれほど……」。遺跡の底に眠っていた古代の水瓶が、彼らをふた月、生かしていたのだ。今度は、間に合った。ノアは治癒の光を弱った男たちへ順にかざしながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。ガレオの息子には、リオンには、届かなかった。だが、今度は。


だが、衰弱した男たちを船へ運ぶ途中、力尽きた船員の一人が、担いでいた木箱を砂へ取り落とした。鈍い音が、砂海に響く。一拍の静寂。次の瞬間、船のすぐ横の砂丘が爆ぜ、天を突く巨大な顎が、月を呑むように立ち上がった。「散れ!!」。テオの結界が咄嗟に船を包み、叩きつけられた巨体の一撃を、辛うじて受け流す。ヴェルナが荒れた熱風の中を舞って注意を引き、フィーナが砂上を駆けて感覚の髭を斬り払う。ノアは腕の権能で暁号の折れた帆柱を引き抜くと、遥か彼方の砂丘へと投げ放った。轟音と震動。砂鯨の巨体が、餌と信じてそちらへ向き――かけて、止まった。盲いた頭が、ゆらりとノアへ向き直る。震えではない何かが、こいつを引き寄せている。迫る巨顎を前に、ノアの心臓が、どくん、と一際大きく脈打った。刹那――巨鯨が、まるで見えない手に打たれたように、びくりと怯んで身を引いたのだ。理由は、誰にも分からなかった。ノアは呆ける間も惜しみ、開いた口腔の奥へ光の槍を撃ち込む。悲鳴を上げた巨鯨は、深手を厭うように砂中深くへと潜り、二度と浮かんでは来なかった。


生存者を乗せた南風号が、夕暮れの砂海を征く。船縁で毛布に包まれたガリムが、南の地平を指して、掠れ声で言った。「……あれを、見ろ」。一同は、言葉を失った。幻ではない。天を衝いて聳える、赤金の巨大な柱。そしてその霞んだ頂の周りを、燃える金色の焔が、太陽のように円を描いて巡っていた。「あれが現れてから……南は、焼け始めたんだ」。窓が、静かに灯る。「第六の封印――陽の柱」。

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