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鋼と鼓動 ~機械の体で目覚めた俺が、七つの封印に失くした自分を探す物語~  作者: TAKA


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第85話 「万の星は空へ」

自由を取り戻した王は、ノアの支えを静かに押し戻し、自らの足で、その場に片膝を折った。三百年待ち続けた礼が、今度こそ遮られることなく捧げられる。「……お迎えする日を……永く、永く、お待ち申しておりました……」。朽ちた声が、厳かに紡ぐ。「我ら、七つの封印を守りし騎士……剣を捧げ、翼を畳み、膝を折るは……ただ、御身の前のみ……」。ヴェルナが息を呑んだ。一族の古歌、そのままの言葉。フィーナが震える声で問う。「待って……あなたたちの言う『主君』って、まさか――ノアの、こと?」。王は答えず、ただ深くこうべを垂れた。「陛下……どうか、思い出されませ。あなた様が、御自らの手で、何を――」。その先を紡ぐ前に、王の輪郭が、光の粒となってほどけ始めた。長すぎた務めが、終わったのだ。最後に王は、確かに微笑んだ。「……真実は、最後の封印の奥に……ようやく……眠れまする……」。


王の姿が解けると同時に、玄室の青い星海が、いっせいに、ふわりと浮き上がった。幾万の魂の火が天井の岩をすり抜け、光の川となって上へ、上へと昇っていく。三百年、灰の平原に縛られた兵士たちの、帰還だった。その光の中、玉座の下の封印から淡い光の珠が浮かび、ノアの胸へと吸い込まれる。「第五の封印、解除。パーツ『胸』を取り戻した」。亀裂の走った鋼の胸板が内側から溶けるように失われ、温かな肉の胸が、それに代わった。息を吸えば、本物の胸が確かに膨らむ。鋼の箱の中で遠く響いていた鼓動が、今は自分の肋骨の内側で、直に、力強く脈打っていた。温かい。だが同時に、ぞくりと背が冷えた。心臓を守る最後の鎧は、もう、ない。さっきの一撃をこの生身で受けていたら――同じことを考えたのだろう、フィーナが何も言わずに、ノアの胸をこつんと小突いた。「……もう、無茶は禁止よ」。


昇りゆく光の川の岸辺に、最後の一つが残っていた。半ば透け、指先から静かに崩れながら、それでも穏やかに微笑む兄の姿。テオが駆け寄り、支えようと伸ばした手は、淡い光をむなしくすり抜けた。触れられない。もう、掴めない。少年は拳を握りしめ、それでも懸命に笑おうとした。リオンの指が、最後の力で光の文字を綴る。「野帳は、託した。続きは、お前が書け」。「三年待った甲斐があった。最後に見たのが、大きくなったお前で、よかった」。文字は震え、掠れ、それでも続いた。「テオ。お前は、私の、自慢の弟だ」。テオの目から、大粒の涙がぼろぼろと零れた。「……僕っ、まだ、兄さんに何も、返せて……」。兄は静かに首を振り、透けた指で弟の胸を、とん、と指した。それで十分だと、言うように。そしてその姿が一片の青白い火となってほどける間際――テオは顔を上げ、涙のまま、精一杯の声で言った。「――いってらっしゃい! 兄さん!」。小さな火は応えるように一度だけ瞬き、光の川を追って、天へと昇っていった。最後の星が、消える。玄室には、空になった玉座と、静寂と、四人だけが残された。


地上へ出ると、灰の平原は生まれ変わっていた。三百年閉ざされていた乳白の霧は跡形もなく晴れ、東の地平から朝日が長い光を投げている。すすり泣きの声は、もうどこからも聞こえない。ただの、静かな夜明けの野だった。テオは兄の野帳を胸に抱き、朝日に目を細める。泣き腫らしたその横顔は、確かに昨日より、大人びて見えた。ノアの窓が、静かに地図を開く。残る赤い印は、二つ。南の果てで灼けるように光る一つと、世界の中心で、ひときわ深く、暗く脈打つ最後の一つ。その最後の印を見つめた刹那――取り戻したばかりの胸の奥で、心臓が、どくんと大きく跳ねた。遥か彼方の何かが、一瞬、確かにこちらを「視た」のだ。敵意とも、それ以外の何かともつかない、底知れぬ気配。それはすぐに沈黙した。だがノアには、分かってしまった。五つ目の封印が解かれた今、最も深き場所で眠るものが――ついに、まどろみの浅瀬まで、浮かび上がってきているのだと。

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