第84話 「兄の手」
最後の布陣は、瞬く間に組まれた。テオが残る魔力のすべてを注ぎ、斬風を受け止める幾重もの盾を展開する。ヴェルナの槍が王の肩口を床へ縫い止め、フィーナの光の刃が大剣を搦め捕って封じ、ノアの両腕が、暴れる王の胴を背後から羽交い締めにした。腕の権能が軋みを上げ、王のまとう冷気が、亀裂の入った胸板越しに心臓を刺す。それでも、離さない。「今だ、兄さん……!」。テオの声は、半分泣いていた。
リオンは、跳んだ。淡い体が王の胸元へ潜り込み、両の手が、実体なき鎧をすり抜けて、その奥の黒い繭を直に掴む。掴んだ指先から、じゅ、と音を立てて、彼の存在が焼け始めた。腕が、肩が、光の砂となって崩れながら――それでも兄は、渾身の力で繭をこじ開けた。黒の裂け目から、幾万の魂を繋ぐ白い焔が覗く。振り返ったリオンの顔は、もう半分、透けて消えかけていた。その口が、声もなく、はっきりと動く。「い、ま、だ」。
ノアは、王を押さえたまま、額の前にありったけの魔力を、針の細さにまで研ぎ澄ませた。太さは指ほど。だが密度は、これまでのどの一撃よりも濃い、白光の針。狙いは、リオンがこじ開けた、黒だけが露わになるその一筋。涙で滲む視界を、瞳の権能が冷徹に補正する。外さない。外して、いいはずがない。放たれた光の針は王の胸へ吸い込まれ、白い焔の際を掠めるように、黒い繭だけを端から端まで貫き、焼いた。
声なき絶叫が、玄室を満たした。王の全身から黒い淀みが煙のように噴き出し、宙で身をよじり、光の残滓に触れて燃え尽きていく。糸の切れた人形のように、王の巨躯が膝から崩れた。紅蓮に濁っていた双眸からゆっくりと赤が抜け、澄んだ青白さが戻っていく。同時に、玄室を満たしていた赤紫の星海が、端から順に、静かな青へと色を取り戻していった。まるで、夜明けのように。ノアはそっと腕を解き、よろめく王を支える。そのすぐ傍らで、役目を果たした兄の姿が――蝋燭の火のように小さく、儚く、揺れていた。




