第75話 「彷徨える軍勢」
夜明けとともに、四人は霧の中へと踏み込んだ。数歩で、世界から色が消えた。乳白の視界は槍の間合いほどしかなく、方角の感覚さえ、たちまち溶けていく。だが、ノアには道が視えていた。死者を縛る青い糸は、すべて中心へと流れている。「糸を遡る。逸れたら、すぐ声を」。窓の文字を頼りに、一行は白い迷路を進み始めた。
朽ちた砦の残骸を過ぎたあたりで、泥の中から、それらは起き上がってきた。錆びた甲冑をまとった骸骨兵――十、二十、まだ増える。「多いわね……!」。光の膜をまとったフィーナの剣が先頭の胸の青い火を断ち、ヴェルナの槍が続く一体の頭蓋を砕いて怯ませる。その隙に、ノアの光の矢が楔の火を正確に射抜いていった。だが、数が違う。乱戦の中、横合いから突き出された錆槍が、ヴェルナの太腿を浅く裂いた。傷は深くない。なのに、傷口から氷のような冷たさが這い上がり、彼女の足が一瞬もつれる。「呪いの得物です! 深く受けたら、体の芯まで凍らされる!」。テオの警告に、四人は背中を寄せ合った。ミラの薬が、冷えきった傷口に、じんわりと熱を戻していく。
一際大きな、大剣を引きずる隊長格の骸をノアが腕の力で組み伏せ、フィーナがその胸の火を断ったのを最後に、軍勢はようやく静まった。骨の海と化した泥の中で、四人は肩で息をつく。と、ノアの瞳が、崩れた砦の陰に、場違いなものを捉えた。朽ちかけた天幕の残骸。錆びついた手提げ灯。そして、泥に半ば埋もれた、革張りの野帳が一冊。
テオが震える手で泥を拭い、それを開いた。水に滲みながらも、几帳面な、しかしどこか奔放な筆跡が、確かに読み取れる。少年の顔から、みるみる血の気が引いていった。「……兄さんの、字だ」。辛うじて読める最後の頁には、こう記されていた。「この地の死者は、憎しみではなく、悲しみで縛られている。亡霊の王は、玉座で、何かを待ち続けている――」。文章は、そこで途切れていた。霧の奥から、ひときわ深い嘆きの声が、地を這うように響いてきた。




