第65話 「雲上の王」
一対の番獣は風をまとって宙を舞い、二方向から同時に襲いかかってきた。翼の起こす旋風が幾重にも残像を生み、どれが本体か、目では捉えきれない。フィーナの剣が残像を空しく斬り、ヴェルナの槍も風の鎧に弾かれる。「実体が、掴めない!」。
だが、ノアの鼻は騙せなかった。渦巻く風の中で、石の体が放つ冷たい気配は、二つだけ。「右の影が本体! もう一体は柱の陰、上だ!」。窓の指示に、二人の前衛が迷いなく応じる。ヴェルナの槍が風の鎧ごと一体を床へ縫い止め、フィーナが渾身の刃で、その翼の付け根を断った。残る一体が急降下してくる。ノアは脚で高く跳び、すれ違いざま、腕の力で石の首を掴むと、そのまま床へと叩きつけた。青白い双眸の光が、ふつりと消える。
内門の奥、最後の階段を登りきった瞬間、四人は思わず息を呑んだ。そこは、天井のない巨大な円形の祭壇だった。眼下には、どこまでも続く純白の雲海。頭上には――この山に来て初めて見る、抜けるような青空が広がっていた。渦巻く嵐の、そのさらに上。世界で最も空に近い静寂の頂。その中央の祭壇で、封印の光が静かに脈打っている。
ふわり、と。影が、青空から舞い降りた。黄金の羽をまとった鷲の頭と翼、獅子の四肢を持つ、気高い巨躯。空の王、グリフォン。その鋭い双眸が、四人を――いや、ノアただ一人を、真っ直ぐに射抜いた。刹那、王の瞳が、かすかに揺れた気がした。敵意ではない、何か別のもの。まるで、懐かしいものを見出したかのような――。だが次の瞬間、その巨躯の内から黒い淀みが噴き上がり、王の双眸は濁った赤に染まった。天を裂く咆哮が、雲海を震わせる。狂わされた空の王との戦いが、今、始まろうとしていた。




