第55話 「深海に還る」
崩れゆく巨体から、淡い光の珠が浮かび上がり、ノアの胸へと吸い込まれていく。視界の窓に、文字が灯った。「第三の封印、解除。パーツ『鼻』を取り戻した」。次の瞬間、ノアの感覚が、一気に研ぎ澄まされた。水中に漂う、わずかな血の匂い。仲間たちの気配。遠く、深淵の底に潜むものの蠢き――今まで届かなかった世界の機微が、鮮やかに、鼻腔へと流れ込んでくる。「『鼻』の権能――気配と、匂いを、視るように感じ取れる」。その研ぎ澄まされた感覚が、ふいに、ぞくりと、ある一点を捉えた。リヴァイアサンが沈んでいった、さらにその奥。封印の最も深い場所で、何か、途方もなく大きなものが、どくり、と脈打ったのだ。敵意では、ない。むしろ、ひどく懐かしいような、不思議な気配だった。
竜の姿が、淡い光となって解けていく。消耗しきったヴェルナが、力なく水中に崩れ落ちた。ノアは脚の力で素早く駆け寄り、その体を、しっかりと抱き留める。彼女は、荒い息のまま、薄く目を開けた。「……世話を、かけたな」。一人で島を守り続けてきた竜人の口元に、初めて、かすかな笑みが浮かぶ。「お前たちとなら……あの夜、本当は何が起きたのか。私の一族が、何を守ろうとしていたのか。確かめられる気が、する」。テオが安堵に息をつき、フィーナが傷ついた脚をかばいながらも、嬉しそうに頷いた。長い孤独を抱えた最後の竜人が、今、確かに、四人目の仲間になろうとしていた。




