37/76
第37話 「失われた海」
海蛇を退けたものの、町に安堵はなかった。あれはまた来る。そして、本当に倒すには、陸ではなく、奴の領分である海の上で迎え撃つしかない。だがそのためには、船と、この海域を知り尽くした舵取りが要る。三人の視線は、再びガレオへと向いた。
酒場で、テオが町の者から、より詳しい事情を聞き出していた。「ガレオさんは、二年前まで、この港一番の船乗りでした。けれど、息子さんを一等航海士に連れて沖へ出たとき、あの海蛇に船を襲われて……息子さんだけが、海に呑まれて、還らなかった。それ以来、彼は一度も、舵を握っていないんです」。
ノアは、杯を傾けるガレオの前に、静かに立った。窓に、言葉を綴る。「あなたの力が要る。あの海蛇を倒さなければ、町も、僕たちの先も、進めない」。ガレオは、長いこと黙っていた。やがて、絞り出すように口を開く。「……俺が舵を握れば、また誰かを、あの海に呑ませることになる。御免だ」。深い傷は、まだ、塞がっていなかった。




