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あみだくじ  作者: ふらう
第一巻 「奇跡の数え方」
9/10

第八章 根に宿る

---


芽衣が産まれてから、島の空気が変わった。


変わった、というより、満ちた、という方が正確だった。


それまでの島は、静かだった。風の音と、葉の音と、波の音だけがあった。結とマユだけがいた。


でも今は、声があった。


小さな声だった。泣き声で、時々唸り声で、眠っている間の細い息の音で。それだけだったが、確かに声があった。


生き物が、ここにいる。


その感触が、島全体に広がっていた。


---


芽衣の最初の朝。


結は一晩中、眠らなかった。


眠れなかったのではなかった。眠らなかった。


囲炉裏の前で、膝に芽衣を乗せたまま、夜を越えた。


何かあった時に、気づけるように。


芽衣は何度か目を覚ました。泣いた。結は何をすればいいか、一瞬戸惑った。


図書館で読んだ本のことを、思い出した。


新生児には、温かさと、安心感が必要だ。


結は芽衣を、少し強く抱いた。


体温を伝えるように。


芽衣の泣き声が、少しずつ落ち着いた。


結は芽衣の顔を見た。


目を閉じていた。小さな鼻が、規則的に動いていた。唇が、何かを探すように動いた。


授乳が必要だと分かっていた。


でも、結には乳が出なかった。


産んでいないから、当然だった。


母体樹が産んだ。結の体は、妊娠も出産も経ていなかった。


だから、乳が出なかった。


これは、想定していなかった。


記録帳には書いていなかった。図書館で読んだ本には、出産した母親の授乳について書いてあったが、出産していない者が育てることは書いていなかった。


結は少し止まった。


異能で、できるか。


栄養を届ける方法を、考えた。


乳を作ることは、できるかもしれなかった。でも、自分の体から出すことは、今の結にはできなかった。


別の方法が必要だった。


---


異能で、山羊の乳に近いものを作った。


温かくした。


小さな椀に入れて、布を浸して、芽衣の唇に当てた。


芽衣が吸い始めた。


最初はうまくいかなかった。布から吸うことに慣れていなかった。でも、何度か試すうちに、少しずつ飲んだ。


結はその様子を、じっと見ていた。


飲めている。


それだけで、少し、肩の力が抜けた。


---


三日目に、マユが異変を知らせてきた。


芽衣が眠っている間に、結が畑の様子を見に行った時だった。


マユが走ってきた。


フワフワした体が、いつもより速く動いていた。


結を見て、居住区の方を示した。


居住区の方向を向いて、それから結を見て、また居住区の方向を向いた。


結はすぐに走った。


居住区に入ると、芽衣の泣き声がした。


激しい泣き声だった。


普段の泣き声と違った。


高くて、切れ目のない泣き声だった。


結は芽衣の傍に行って、顔を確認した。


顔が赤かった。


額に手を当てた。


熱かった。


産まれて三日で、熱を出した。


---


結は冷静に動いた。


感情が揺れたのは、ほんの一瞬だった。


その一瞬の後、やることを考えた。


熱を下げる。原因を探す。


異能で、芽衣の体の状態を確かめた。


感染ではなかった。


産まれたばかりの体が、外の環境に慣れようとしている過程で、体温が上がっていた。


よくあることだと、本に書いてあった気がした。


でも、よくあることでも、小さな体には負担だった。


結は芽衣の体温を、少しずつ下げるように異能を使った。


急に下げてはいけなかった。


ゆっくりと、丁寧に。


体が自分で調整できるように、少しだけ手伝う形で。


一時間かかった。


芽衣の体温が、落ち着いてきた。


泣き声が、普段の泣き声に戻った。


それから眠った。


結は芽衣の傍に座って、呼吸を確認し続けた。


安定していた。


規則的だった。


---


マユが傍に来た。


芽衣を見て、それから結を見た。


結はマユを見た。


「よく知らせてくれました」


マユが頭を下げた。


「あなたがいなかったら、気づくのが遅れていました」


マユから伝わってきた感触は、照れに近いものだった。


結はそれを受け取って、少し目を細めた。


初めて、マユに対してそういう表情をしたかもしれなかった。


自分では気づかなかった。


でも、確かに目が細まっていた。


---


芽衣が一ヶ月になった日、結は地下に降りた。


次の子を宿す準備をするためだった。


計画では、一年に一人だった。最初の子が産まれてから、次を宿すまでに時間が必要だった。でも、一年後に産まれるためには、今から動かなければならなかった。


根の先を確認した。


最初の子が育っていた場所は、今は空になっていた。根の先が、また静かになっていた。


準備ができている、という感触があった。


母体樹が、次を待っていた。


結は根に手を当てた。


「次は男の子です」


言った。


根が動いた。


「また、お願いします」


---


二人目の父親の血は、すでに持っていた。


書店で本を選んでいた人の血だった。


結は自分の血と合わせて、根に渡した。


根が受け取った。


静かに、ゆっくりと受け取った。


「よろしくお願いします」


言って、地下を出た。


---


芽衣が、最初に笑ったのは、二ヶ月目のことだった。


結が顔を近づけた時だった。


芽衣の口の端が、上に引っ張られた。


笑っていた。


反射的な笑いだと、本に書いてあった。まだ感情からの笑いではない、と。


でも、結はそれを見て、動けなくなった。


一瞬だった。


でも確かに、動けなかった。


芽衣が笑っていた。


こんなに小さい顔で、笑っていた。


結は自分が何を感じているかを、すぐには言葉にできなかった。


感動、という言葉が浮かんだ。でも違う気がした。


もっと単純なものだった。


嬉しい、という言葉が浮かんだ。


それが、正確だった。


嬉しかった。


---


マユは芽衣のことを、よく見ていた。


結が本土に出ている間、マユは芽衣の傍にいた。


芽衣が泣けば、傍に寄った。体を寄せて、温かさを伝えようとした。


芽衣が眠れば、傍に座って見ていた。


結が島に帰ると、マユは必ず報告した。


言葉ではなく、感触で。


*今日は機嫌がよかった。*


*二度泣いたが、すぐ落ち着いた。*


*昼によく眠った。*


結はその報告を受け取って、毎回同じように言った。


「ありがとう」


マユが頭を下げる。


それが習慣になった。


---


芽衣が四ヶ月になった頃、根の先にまた膨らみができた。


結は地下に降りて、それを確認した。


小さな膨らみ。


最初の子の時と同じだった。でも今回は、最初の子の時より、見る目が違った。


これが何になるかを、知っていた。


十月十日後に、芽衣の弟になる。


結は膨らみを見ながら、そのことを思った。


芽衣の弟。


まだ形もない。でも、弟になる。


二人の子が、この島で育つ。


根に手を当てた。


温かかった。


「よろしくお願いします」


今回は、最初の時よりも、声が少し柔らかかった。


自分では気づかなかった。


でも、柔らかかった。


---


芽衣が七ヶ月になった。


島での生活に、少しずつリズムができてきた。


朝、白湯を飲む。芽衣の様子を確認する。地下に降りる。根の先を確認する。地上に戻る。畑を見る。果樹園を見る。


昼、食事を作る。芽衣と過ごす。


夜、囲炉裏の前で記録帳を書く。


それが、結の一日だった。


本土には、週に二、三度出た。仕事のため、あるいは三人目の父親の候補を探すために。


本土に出ている間は、マユが芽衣を見ていた。


---


ある夜、芽衣が眠らなかった。


泣くわけでもなかった。熱もなかった。


ただ、眠らなかった。


結は芽衣を抱いて、縁側に出た。


夜の島は静かだった。


湖が月を映していた。母体樹が、暗い中に大きく立っていた。


芽衣が、目を開けたまま、空を見ていた。


月を見ていた。


七ヶ月の子が、月を見ていた。


何を思っているか、分からなかった。


でも確かに、見ていた。


結も空を見た。


同じ月を見た。


しばらく、二人で空を見ていた。


芽衣が、小さな声を出した。


泣き声ではなかった。


何かを言おうとしているような、声だった。


当然、言葉にはならなかった。でも、音が出た。


結はその音を聞いた。


「どうしましたか」


聞いてみた。


芽衣は答えなかった。でも、結の顔を見た。


月から目を離して、結を見た。


結は芽衣の顔を見た。


黒い目が、結を見ていた。


何かを伝えようとしているような目だった。


でも何かは分からなかった。


「まだ話せないですね」


結が言った。


芽衣が口を動かした。


音が出た。


それだけだった。


結はしばらく芽衣を見て、また空を見た。


月が動いていた。


ゆっくりと、でも確かに動いていた。


---


芽衣が十ヶ月になった頃、立とうとし始めた。


居住区の壁に手をついて、ゆっくりと体を持ち上げようとした。


何度も転んだ。


転ぶたびに、少し困ったような顔をした。


泣かなかった。


また手をついて、持ち上げようとした。


結はその様子を、少し離れたところから見ていた。


手を貸さなかった。


貸したいという気持ちが、なかったわけではなかった。でも、必要ではないと判断した。


芽衣には、自分でできる力があった。


時間をかけながら、繰り返しながら、少しずつできるようになっていく。


それを、見ていた。


七度目か八度目に、芽衣が立った。


一秒か二秒、立っていた。


それから、また転んだ。


でも、立った。


結は何も言わなかった。


でも、胸の中で何かが動いた。


小さく、でも確かに動いた。


---


芽衣が十一ヶ月になった頃、根の先の膨らみが大きくなっていた。


産まれるまで、あと一ヶ月ほどだった。


結は地下で、膨らみを確認した。


膜の中に、羊水。


羊水の中に、丸くなった胎児が見えた。


頭があった。手があった。足があった。


よく動いていた。


最初の子の時より、動きが活発だった気がした。


性格が出ているのかもしれないと、思った。


「元気ですね」


根に話しかけた。


根が動いた。


「もう少しです」


---


根の先の膨らみが産まれる三日前、結は記録帳を開いた。


今回は名前を、事前に考えていた。


男の子だと、十二週の時に分かっていた。


候補を書き出した。


> *みなと。海に囲まれた島で産まれるから。*

> *いつき。母体樹から産まれるから。*

> *はるか。遠く広がっていくから。*


三つ書いて、読み返した。


どれも悪くなかった。


でも、顔を見てから決める、と最初の子の時に思った。


今回も、そうしようと思った。


記録帳を閉じた。


---


産まれる日の朝、今回も目が覚めた瞬間に分かった。


でも今回は、芽衣を起こさないように、静かに動いた。


芽衣はまだ眠っていた。


マユに目配せした。


マユが頷いた。


芽衣を頼む、という意味だった。


マユが頷いたのは、分かった、という意味だった。


結は地下への入口へ向かった。


---


地下の光が、今日も明るかった。


温かみのある光が、空間全体に満ちていた。


根の先の膨らみが、大きくなっていた。


膜の中に、はっきりとした形が見えた。


前回より、少し大きかった。


活発に動いていた。


結は膨らみの前に立った。


今回も、手が震えていた。


最初の子の時と同じだった。


慣れないものだと思った。でも、慣れなくていいとも思った。


これは慣れてはいけない瞬間かもしれなかった。


根と膜の繋ぎ目に、手を当てた。


ゆっくりと、丁寧に、切り離した。


膜が、やぶれた。


羊水が流れた。


声が響いた。


最初の子より、大きな声だった。


元気だった。


結は両手を差し伸べた。


その子が、来た。


重かった。


温かかった。


前回と同じだった。でも、重さが違った。少し重かった。


泣いていた。


大きな声で、元気よく泣いていた。


---


結は、その子の顔を見た。


丸い顔だった。


芽衣より、少し丸い顔だった。


眉が、少し濃かった。


泣きながら、手を動かしていた。


力が強かった。


結の指を、その手が掴んだ。


小さな手が、結の指を、しっかりと掴んでいた。


離さなかった。


結は指を掴まれたまま、その子の顔を見た。


目が、少し開いた。


黒かった。


芽衣と同じ色だった。


でも、何か違った。


強さが、あった。


---


地上に出ると、マユと芽衣がいた。


芽衣は起きていた。


マユに支えられながら、入口の前に立っていた。


結が出てくると、芽衣が顔を上げた。


結の腕の中にいる子を見た。


しばらく見ていた。


それから、手を伸ばした。


触れたかったのだと、分かった。


結は芽衣の高さに合わせて、少し屈んだ。


芽衣の手が、その子の頬に触れた。


そっと触れた。


芽衣の顔が、不思議そうだった。


この子は何だろう、という顔だった。


「あなたの弟です」


結が言った。


芽衣は結を見た。意味は分からなかっただろう。


でも、また弟の顔を見た。


興味があるようだった。


---


その夜、囲炉裏の前で、二人を見ていた。


芽衣は眠っていた。


弟は、まだ眠らなかった。


目を開けて、天井を見ていた。


炎の光を、見ていた。


オレンジ色の光が、その子の目に映っていた。


結はその子の顔を見た。


名前を考えた。


湊。樹。遥。


三つの候補が、頭にあった。


その子の顔を見た。


丸くて、眉が濃くて、手の力が強い顔を見た。


遥、ではなかった。


湊、でもなかった。


「樹」


声に出した。


その子が、結を見た。


名前を呼ばれた瞬間、目が結の方を向いた。


偶然かもしれなかった。


でも、そう見えた。


「樹」


もう一度呼んだ。


その子が、小さく声を出した。


泣き声ではなかった。


返事のような声だった。


---


記録帳を開いた。


> *長男、産まれる。*

> *元気だった。声が大きかった。力が強かった。*

> *芽衣が弟の顔を触った。*

> *名前は、いつき。*


書いてから、次の行を書いた。


> *これで、二人になった。*


それから、少し止まって、書いた。


> *島に、声が二つになった。*


ペンを置いた。


樹が、眠り始めていた。


規則的な呼吸になっていた。


結はその呼吸を聞きながら、炎を見た。


二人の子が、ここで眠っている。


一年前、この場所には何もなかった。


自分一人と、マユだけがいた。


今は、芽衣がいて、樹がいた。


来年、また一人産まれる。


その次の年も。


百年後まで。


結は炎を見た。


揺れていた。


大きくなったり、小さくなったりしながら、でも消えずに揺れていた。


---


深夜、芽衣が目を覚ました。


泣き声が上がった。


樹も起きた。


二人が、同時に泣き始めた。


結は一瞬、どちらから先に、と思った。


芽衣の方が泣き声が先だった。


芽衣を先に抱いた。


でも樹も泣いていた。


両腕に一人ずつ抱えることを、試みた。


できた。


左腕に芽衣、右腕に樹。


二人とも抱えた。


二人分の重さだった。


一人の時より、ずっと重かった。


でも、抱えられた。


二人の泣き声が、少しずつ落ち着いてきた。


体温が伝わると、落ち着いてくる。


それは最初の子の時から知っていた。


両腕に体温を伝えた。


二人が、少しずつ静かになった。


---


夜が明けた。


朝の光が、障子に当たっていた。


結は座ったまま、芽衣と樹を腕に抱えていた。


一晩中、その姿勢でいた。


肩が痛かった。


腕が疲れていた。


でも、下ろせなかった。


眠っているから。


芽衣が、左腕で眠っていた。


樹が、右腕で眠っていた。


二人の呼吸が、微かにずれながら、聞こえていた。


結はその呼吸を聞いていた。


疲れていた。


でも、疲れていることを、後回しにしていた。


今は、この呼吸を聞いていた。


---


マユが縁側から入ってきた。


結を見て、芽衣を見て、樹を見た。


マユから伝わってきた感触は、複雑だった。


心配と、安堵と、それに何か別のものが混じっていた。


別のものが何かは、すぐには分からなかった。


でもしばらくして、分かった。


温かさ、だった。


感情としての温かさが、マユから伝わってきた。


結はそれを受け取って、少し目を伏せた。


「ありがとう」


小声で言った。


芽衣と樹を、起こさないように。


マユが頭を下げた。


それから、縁側に出て、母体樹の方を向いて座った。


見守るように。


---


朝の光が、少しずつ強くなった。


湖が光を受けて、輝き始めた。


母体樹の葉が、朝の風に揺れた。


芽衣が、目を覚ました。


結の顔を見た。


それから笑った。


今度は、反射ではない笑いだった。


結を見て、結だと分かって、笑った。


結はその笑いを受け取った。


何か言おうとした。


でも、言葉が出なかった。


言葉ではないものが、胸の中にあった。


言葉にならないものが。


芽衣が手を伸ばしてきた。


結の髪に触れた。


黒い長い髪を、小さな手でつかんだ。


痛かった。


でも、離させなかった。


つかんでいなさい、と思った。


---


その日の記録帳には、こう書いた。


> *昨夜、二人が同時に泣いた。*

> *両腕で抱えた。できた。*

> *朝、芽衣が笑った。*

> *樹は眠っていた。*


それから、少し止まって、書いた。


> *島に二人いると、何かが変わる。*

> *一人の時とは、何かが違う。*

> *何が違うかは、まだ分からない。*


ペンを置いた。


窓の外で、芽衣の声がした。


マユと一緒に、縁側にいるのだろう。


何かに向かって、声を出していた。


言葉ではなかった。でも、楽しそうだった。


樹が、膝の上で眠っていた。


結はその重さを感じながら、窓の外の声を聞いた。


島が、少しずつ変わっていくのを感じた。


静かだった島が、少しずつ、賑やかになっていく。


これがあと九十八回続く。


子供が増えるたびに、島が変わる。


声が増える。


重さが増える。


温かさが増える。


---


記録帳を、もう一度開いた。


最後に、一行だけ書いた。


> *私は、母になっているのかもしれない。*

> *まだ、分からない。*

> *でも、なっているのかもしれない。*


ペンを置いた。


炎が揺れた。


樹が眠っていた。


芽衣の声が、外から聞こえていた。


結はしばらく、その声を聞いていた。


目を閉じた。


島の空気を、吸った。


土の匂いがした。


草の匂いがした。


木の匂いがした。


母体樹の匂いかもしれなかった。


深く吸って、ゆっくりと吐いた。


また吸った。


この匂いが、この島の匂いだと思った。


子供たちが大きくなって、島を出る日が来る。


本土の空気を吸う。本土の匂いを知る。


でも、この島の匂いを、どこかで覚えているだろうか。


覚えていてほしいと思った。


思ってから、少し驚いた。


そういうことを、自分が思うとは、思っていなかった。


でも思った。


---


夕方、島全体を見回った。


畑。果樹園。湖。山。母体樹。


全部が、静かにそこにあった。


結はしばらく、母体樹の前に立った。


根元の砂地に、夕日が当たっていた。


橙色の光が、砂地を染めていた。


母体樹の影が、長く伸びていた。


結はその影の中に立った。


上を見た。


枝が広がっていた。


葉が揺れていた。


「ありがとうございます」


言った。


木は答えなかった。


でも、葉が揺れた。


「これからも、よろしくお願いします」


また言った。


また、葉が揺れた。


風はなかった。


---


居住区に戻ると、芽衣が待っていた。


マユの傍で、床に座っていた。


結が入ってくると、手を伸ばした。


結の方へ、体ごと向いた。


結は芽衣の前に屈んだ。


芽衣の手が、結の頬に触れた。


小さな手が、頬を触った。


温かかった。


柔らかかった。


結はその手を、自分の手で包んだ。


芽衣が笑った。


今度は声を出して笑った。


小さな声だったが、笑い声だった。


島に、笑い声があった。


---


*終章へ続く*

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