第21話 《君の熱が下がるまで》
今日は花の金曜日!
週末は柚月と共にゲーム三昧―――のはずだった。
だが今、俺はいつもの通学路を独りで歩いている。
独りで登校するのは、新学期のあの日以来かもしれない。
柚月から「風邪で休む」とメッセージが届いたのは一昨日の夜だった。どうやら窓を開けたまま寝てしまったらしい。
ここ最近は夜になると涼しくなるが先日は特に涼しく、エアコンどころか扇風機すら必要ないほどだった。むしろ毛布が欲しいくらいだ。
時折吹き抜ける風は、どこか秋の気配すら感じられる。
柚月が居ないだけで、一日がやけに長く感じた。
結局、柚月は2日続けて学校を休んだ。
帰りのHRが終わり教室を出ようとした時、ドアの所で担任の小長谷先生に呼び止められた。
「鷹尾、ちょっと待ってくれ。このプリント小鳥遊に届けてほしいんだ。月曜日提出だからさ。頼めるか?」
「大丈夫ですよ。ちょうど見舞いに行こうと思っていたので」
「そうか。それじゃ頼んだぞ」
「はい」
放課後、俺は柚月の家へ向かった。
柚月の家に着くと、ちょうど玄関から出てきた柚月の母親と鉢合わせた。
今から仕事なのだろう。ピシッとしたスーツを着ている。
「あら、鷹尾君。こんにちは」
「こんにちは。柚月にプリント届きに来ました」
「わざわざありがとうね」
「あの、具合はどうですか?」
「まだ少し熱はあるみたいだけど、昨日よりはだいぶ良くなって今は安静にしているわ」
「それは良かったです。今からお仕事ですか?」
「そうなのよ。あの子は『大丈夫』って言っているんだけど、やっぱり心配でね。私も旦那も今晩は帰れそうになくて……」
「それなら今晩、俺が様子を見ますよ。明日は休みですし、それに久しぶりに柚月とも話したいんで」
「そう? なら、お言葉に甘えようかしら」
「任せてください」
「これ、夕食代と何か柚月に買ってきてあげて。それと家の鍵も預けておくわ」
そう言って柚月の母親は財布から夕食代を取り出し、家の鍵と一緒に俺へ手渡した。
「ありがとうございます」
「それじゃ、お願いね」
柚月の母親は穏やかに微笑むと、少し足早に駅の方へ向かっていった。
以前、柚月から聞いたが両親はこの時期忙しいらしい。
柚月も心配をかけまいとして時折無理をする節がある。
俺は一度家に戻り荷物をまとめると、スーパーで夕食や柚月用のプリンや飲み物などを買い、再び柚月の家へ向かった。
預かった鍵で玄関を開け、家に入ると柚月の部屋のドアをノックした。
「柚月、俺だけど入るぞー」
ドアを開けるとベッドで寝ている柚月の姿があった。
額には冷却シートが貼られている。
もう一度、声を掛けようとしたら柚月が目を覚ました。
「ん……お母さん? 仕事に行ったんじゃぁ―――……」
「何寝ぼけてるんだよ」
「―――っ!? かっ、奏汰!? 何でここに!?」
驚いた柚月は掛布団を口元まで被った。
熱で赤くなった顔がさらに赤くなったように見える。
行くことを連絡すればよかったのだがすっかり忘れていた。
「プリント届けに来たら丁度柚月の母親に会ってさ。俺が泊まり込みで看病することになったんよ」
「いやいや、話し飛躍しすぎ……」
「それで調子はどうなんだ?」
「まだちょっとだけ頭痛と熱はあるけど昨日よりはマシになったかな」
そう言う柚月だがどこか無理をしているように見えた。
「無理するなよ。さっきプリンとか飲み物とか色々買ってきたから」
「ありがとうね。学校の方は何かあった?」
「いつも通りって感じだったな。あっ、そうそう、今日の昼に―――」
俺は昨日と今日、学校であった出来事を話した。
柚月は寝ながら俺の話をしばらく聞いていたが安心したのかいつのまにか再び寝てしまっていた。
その間、俺は漫画を読んだりして時間を潰した。
柚月が再び目を覚ましたのは数時間後のことだった。
「ん……あれ? 奏汰?」
「いるぞ。腹減ってるなら何か用意するけど、どうする? 俺はもう食べたけど」
「食べ物はいいや。喉渇いた。何かある?」
「スポドリとお茶と水を買ってあるぞ」
「スポドリ飲みたい」
「わかった。今開けるから待って」
俺はペットボトルのキャップを開け柚月に渡した。よほど喉が渇いていたのだろう。ゆっくりとしたペースながらもペットボトルの半分ほどを飲み干した。
「ぷはぁ~。美味しい~」
「一気に飲んだな」
「だって、喉渇いていたんだもん」
柚月からペットボトルを受け取ろうとした時、額貼られた冷却シートが目に入った。渇いているのか端の方が額から剥がれてきていた。
「冷却シート乾いてるじゃん」
「あっ、本当だ。どうりで全然冷たくないと思った」
「えーっと、新しい冷却シートは―――」
「ちょっと待って。新しいの貼る前に汗かいちゃったから着替えたいの。汗も拭きたいから濡れたタオル用意してもらっていい? タオルは脱衣所の棚に入ってるから」
「分かった」
俺は脱衣所へ向かい、棚の中からタオルを取り出すと、水で濡らして固く絞った。
部屋に戻ると、濡らしたタオルを柚月に渡し、俺は廊下に出て待った。
しばらくすると部屋から「入って来て」と声が聞こえた。
もう汗を拭き終わったのかと思い、部屋のドアを開けるとそこにはベッドの上に座り、こちらに背を向けていた。しかも、なぜか上半身は服を着ていなかった。
「うわっ! なっ、何で上を着てないんだよ!?」
「え?」
柚月はきょとんとした表情で首をかしげた。
まるで俺が驚く理由が分からないとでも言いたげな反応だった。
……俺がおかしいのか?
一瞬、自分の感覚を疑ってしまう。
「背中拭いてもらおうと思って」
「そうして欲しいなら服脱ぐ前に言ってくれ……」
「ごめんごめん。自分でやろうと思ったんだけどなんだか力が入らなくてね」
「ほら、早く拭いてやるからタオル貸して」
「うん、お願いね」
柚月は背を向けながら俺にタオルを渡した。
俺は緊張で少し震える手でそれを受け取り、固く絞ったタオルを柚月に背中にそっと当てた。
華奢な背中からはまだ少し熱が伝わってくるようだった。
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると出来るだけ手早く、それでいて優しく背中を拭いた。
拭き終えると満足そうに柚月はパジャマに袖を通し、ベッドに横になった。
「そんじゃぁ冷却シート貼るからデコ出して」
「はーい」
柚月はどこか嬉しそうに返事をすると前髪をそっとかき上げた。
俺は新しい冷却シートを柚月の額に貼った。
ひんやりとした感触が気持ちいのか柚月は目を細め、小さく息をついた。
さっきまで赤みを帯びていた頬も少しだけ落ち着いてきたように見える。
「パジャマとタオル洗っておくよ」
「あっ、それは後でやるからそこに置いといて」
「後でって明日になるだろ?」
「いや、でも……」
「洗濯機を回すくらい、俺だって出来るって。持って行くぞ」
俺はベッド脇に置かれていたタオルとパジャマを拾い上げた。
その拍子に小さな布がひらりと床へ落ちた。
拾おうと視線を向けるとそれは柚月の下着だった。
さっきから妙に洗濯を嫌がっていた理由はこれか。
俺は何事もなかったかのように素早く拾い上げた。幸い柚月はベッドで横になっていたため、気付いていないみたいだ。
洗剤を入れて洗濯機を回し部屋に戻ると、柚月はベッドに横になったまま暇そうにしていた。
「寝ないのか?」
「寝すぎたから眠くないんだよね。寝るまで何か面白い動画無い? 2時間くらいの長いやつ」
「2時間くらいの面白い動画って言っても―――あっ、それじゃぁ俺が最近見ているゲーム実況でも見るか? ゲームをやりながらリスナーと雑談するライブ配信なんだけど、そのアーカイブがあるんだ。結構面白いぞ」
「どういう動画ある?」
「えーっと、ホラゲで超ビビるやつとクラフトゲームかな。どっちみる?」
「ホラゲ怖いからクラフトゲームで!」
「だよな。それじゃ、テレビで見るか」
俺はテレビでゲーム実況の動画を再生した。実況するゲームは以前に柚月と一緒にやったゲームだ。
画面上では、バーチャルアバターの実況者がゲームを進めながら、日々の出来事やリスナーのコメントを読み、ほのぼのとした雑談を繰り広げた。時折、リスナーがボケれば実況者が面白おかしくツッコミを入れ、その掛け合いが心地よく続いていく。
柚月はベッドに横になったまま、クスっと笑いながら楽しそうに観ていた。
「ここのステージのギミック難しかったよね」
「一見簡単そうなんだけどアイテムを持っている間はジャンプ出来ないんだよな」
「どうやってそのアイテムを上まで持って行くか、考えたよね」
「このステージは謎解き要素が強かったから一番面倒だったな」
「そう? 僕はこのステージ結構好きだったよ」
「謎解き好きだもんな」
俺たちは動画を見ながら当時の思い出を語り合った。
動画が終わる頃には、いつの間にか柚月は静かな寝息を立てていた。
俺は起こさないよう、そっと毛布を首元まで引き上げた。
時計を見ると時刻はもうすぐ0時になろうとしている。
「ふぁ~……さてと、俺も寝るかな」
俺はテレビを消して、部屋の明かりを落としてソファの上で眠りについた。
翌朝、目を覚ますと柚月はベッドの上に座って漫画を読んでいた。
俺が起きたことに気付くと、顔を上げて微笑んだ。
「奏汰、おはよう」
その顔色は、昨日までとは見違えるほど良くなっていた。




