第9話 魔法少女3
崩落の瞬間、廃ビルから逃げ出そうとしたうさぎは少年に襟首をつかまれてしまった。
廃ビルは完全に倒壊し、もうもうと砂埃が立つ中には白い球体があった。
「特等席で見せてやってんだからよぉー! 逃げようとしてんじゃねーよ!」
少年がうさぎに怒鳴る。うさぎは泣き喚き、じたばたと手足を振った。
「もう無理ッ、無理無理無理無理ですッ! クーリングオフ! クーリングオフしますッ! 魔法少女、解約させてくださいッ~~~~!」
「は? まだ変身すらしてねーだろ! 甘えたこと言ってんな!」
その時だった。
瓦礫の山が崩れ、廃ビルの下敷きになった存在が立ち上がった。吹き飛ばされた赤ずきんだった。赤ずきんはシリンダーから空薬莢をその場に落とし、白い球体の中の少年に気付いた。
「えっ、ウルサ? あんた、こんなとこで何やってんの?」
闘気に溢れていた表情が緩くなり、赤ずきんは本来の少女らしい、ただ驚いた顔で少年に言った。
ウルサと呼ばれた黒髪の少年は、掴んだうさぎを引っ張り上げて赤ずきんに見せた。
「見りゃ分かんだろ。新人教育」
「フツーにクソ邪魔なんだけど」
「は? てかお前やられっぱなしかよ。勝てよ」
「言われなくても勝つわよ。うざいから、どっか行って」
「あ? うざいだと? お前、誰が魔法少女にしてやったと思ってんだよ!」
「あたしが勝たなきゃ、あんたの存在意義なんかないでしょ。ああもう、ウルト溜まったから、その子連れて早くどっか行って!」
赤ずきんはそう言ってリボルバーに弾丸を込め、シリンダーを回した。ウルサは大きく舌打ちして、うさぎの襟首をつかんだ。
「とにかく、勝てよ! レッドフッド!」
そして次の瞬間、白い球体ごとうさぎは上空に飛びあがった。
「うわあぁぁぁぁん! 浮いてるぅぅぅ……!」
「うるせー……お、見ろよ!」
ウルサが真下を指さした。
そこでは、大剣を構えた青い魔法少女が止めを刺そうとレッドフッドに迫っていた。レッドフッドはフードを脱ぎ捨てた。
そして一丁の拳銃を構え、腕を交差させると、首を天に向けた。
――――――――ULTIMATE♡READY――――――――
一瞬の静寂が、戦場を包んだ。
まるで、彼女のためだけに、世界の時間が止まったかのようだった。
赤ずきんは、大きく息を吸いこんだ。
「来ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいッッ!!!! ミスターッ!! クリストフォロスッッッッ!!!!」
遠吠えに似た谺が、周囲を震撼させた。
うさぎは耳を抑えて、赤ずきんの魂の叫びに鼓膜が破れるのを防いだ。
耳鳴りのような余韻が残り、一拍の間を置いて、地面がかたかたと揺れ始めた。地震。それも巨大な。
狼の遠吠えが、遥か地底の奥底から地響きのように大きく響いた。
「くッ……!」
大剣の魔法少女は何かを察し、勝負を決めようと急いだ。目の前の赤ずきんを剣で貫けば勝ちだ。大剣を構え、赤ずきんへと突進する。
しかし、その大剣は届かなかった。
赤ずきんの顔の手前、数センチメートル……幅広の刃は、地面から生えた、爪のついたおおきな指に握りしめられていた。
廃ビルの瓦礫を突き破り、全長7メートルほどの巨大な人狼が立ち上がった。
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『これぞレッドフッド! レッドフッドの偉大なる守護神! ミスター・クリストフォロスがダイレクトエントリー! 強い! 強すぎるぞ! ミスター・クリストフォロス! ああプリンセスの大剣が折られてしまいましたッ! ここから逆転の余地はあるのでしょうかッ!? ああ、プリンセスの顔がッ! 美しい顔が人狼によって、引き裂かれていきますッ! 皆さん、どうか、プリンセスにエールを送ってくださいッ! がんばえ~~! プリンセス、がんばえ~~~~!』
「……あ、悪趣味すぎる」
バーラウンジは、戦いの熱狂で最高潮に達していた。
ひなたは離れた席にマーキュリーと座り、テレビに映る魔法少女たちの戦いを眺めていた。対面に座るマーキュリーは、宇宙の真理を秘めたような瞳でひなたを見つめてくる。
「これが、コヴェナントだ」
「コヴェナント?」
「魔法少女の戦い。勝者は運命の恩寵を受け、敗者は罪業を背負う。すべての宇宙存在を賭けた、闘争」
マーキュリーからまっとうな答えが返ってきたことにひなたは驚いた。そして、周囲で歓声をあげる観客たちを見渡して言った。
「とてもそうは思えないんですけど……。私も魔法少女になったってことは、あのとんでもない戦いに参加するの?」
「そうだ」
ひなたはもう一度、テレビ画面を見た。不死身の人狼に打ち倒され、地面に這いつくばる魔法少女の姿が見えた。
大剣の少女はまだ、諦めていなかった。折れた大剣に手を伸ばすが、銃声が響いて、大剣の柄が弾かれてしまった。
対峙する少女たちの瞳は、どちらにも執念があった。ひなたの奥底にある日輪のような想いが、暖まり加熱されていく。
新しい出会い。一期一会。
バイトを沢山してみても、薄まらなかった彼女の中の熱が、この新たな催しに対して焦げ付き始めていた。
「どう見ても、ただの野蛮な戦いに見えるんだけど、これが魔法少女のやることなの?」
マーキュリーは画面から目を離した。
「闘争は人類史において、繁栄や進歩の身近にあるものだ」
マーキュリーはそれから少し黙って、ひなたを見つめた。
「……今の戦いを野蛮と思うならば、君は勇者のように高潔に戦うこともできる。見物人のことは気にしなくていい、異形が取り入れた煩わしいシステムでしかない。彼らの存在は、魔法少女の運行に影響を及ぼさない」
今更ながら、ひなたは目の前の男が人間ではないのだと理解した。
もしかしたら、宇宙人なのかもしれない。
ひなたはため息をついた。
「そっか。まぁ、日々を生きているだけでも、毎日が戦いだもんね」
マーキュリーは頷いた。
「生きている限り、それは続く。どこかで常に戦いは起こる。コヴェナントは、起こるべき戦いをここに集約している」
「でも、これは善行なの?」
マーキュリーは目を瞬いた。
美しい瞳の奥では、銀河の始まりのような煌めきが渦を巻いていた。
「……コヴェナントは、今を生きるすべての人類の幸福に繋がっている」
「本当に?」
ひなたはマーキュリーの顔をじっと見つめた。
マーキュリーの中にも、迷いがあるようだった。
ひなたは、この宇宙人か、もしくは神様みたいな銀髪の男が決して完璧でない所に小さな興味を持った。そしてひなたは、彼が物事について、自分と同じスタンスであることを感じ取った。
マーキュリーはきっと不完全だ。それでも、前に進もうとしている。
ひなたは彼の意思と迷いを、まるで自分のことのように強く感じ取った。
マーキュリーは目線を下げ、とうとう言った。
「……コヴェナントが、人類の幸福につながってくれると、俺は、信じている」
苦々しく吐き出された言葉に、ひなたは目を丸くした。そして、小さく微笑んだ。
「ああ、あなたは」
『なんということでしょうッ! ここに来て、プリンセスバスタードによる決死のウルトが炸裂ッ! 相討ちッ! まさかの相討ちですッ! しかし先に止めを刺したのはプリンセスバスタード! これより、この場の勝者はプリンセスバスタードとなりますッ! ああ、大剣は銃よりも強し! それがたった今証明されてしまいました!』
マーキュリーははっとして、身体を強張らせた。
ひなたは知る由もなかったが、マーキュリーが人間の言動に対して、本気で狼狽えたのはこれが初めてだった。
「それは正確ではない。俺は、人類の可能性を見極めるためにここにいるだけだ。俺は決して」
「うん、分かったよ。私、あなたを信じて、コヴェナントやってみる」
ひなたは頷いて、新しくもらったスマホケースを強く握りしめた。
「マーキュリー、さっき言ったよね。私は、強い魔法少女になれる?」
マーキュリーは無表情になって、頷いた。
「そうだ。そして、それは君が一番よく知っているはずだ」




