第10話 目覚め
うさぎは寒さの中で目を覚ました。
恐怖と痛みと衝撃を一生分味わうような夢だった。うさぎの人生で、もっとも激動の夢だったと言っても過言ではないだろう。
「あ、起きた」
視界いっぱいに夜空が見えた。空は雲っておらず、月は半月だった。月を見た瞬間、心臓がどきりとした。大丈夫だ。ここは現実だ。気持ち悪い化け物も、すぐ怒る男の子も、魔法少女同士の骨肉を削る戦いも存在しない。
ぜんぶ、夢だったんだ。
視界の端にひなたがひょっこりと顔を出した。
「おはよ」
「お、おは、こんばんは……」
うさぎは身を起こそうとした。寝違えたのか、首が痛い。背骨と、全身の関節が痛い。まるで、大きな爆発に巻き込まれた後遺症のように……。うさぎは首を振って、妄想を振り払った。
「あの、ここは……?」
「うん、児童公園のベンチ。さすがに廃ビルで倒れてたら危ないから、私が運んだんだ」
「あ、ありがとうございます……。私、寝ちゃってたんでしょうか……」
ひなたと会ってからの記憶が曖昧だった。
二人で仲良くなって、バイトをしようと誘われて、それで連絡先を交換しようとした辺りから、記憶が飛んでいる。
ただ物凄く嫌なやつに振り回されたような最悪の気持ちと、胃の中身をぜんぶ吐きたくなるような激しい争いに巻き込まれたような、徒労感だけが残っていた。
「ううん。ウルサくんっていう男の子に頼まれたんだよ。あの子も契約の主?なんだってね」
「ひぇッ!?」うさぎは飛び上がった。「えっ、ちょっ、待っ、待ってください? それってパーカーを着て、ツンツンした黒髪の性格悪そうなガキでした……?」
「うん。それと、起きたらこれを渡してほしいって」
ひなたは、もふもふした白い毛で覆われたスマホケースをうさぎに手渡した。
上辺には兎を模した耳がぴょこんと生えている。白色の毛並みは高級なシルクのようで、触っていると気持ちが落ち着いてくる。うさぎはすぐにそのスマホケースを気に入った。ただ、ウルサからの贈り物という一点を除いて。
スマホケースの裏地には、ラバーの大きな足跡が付いていた。本当にずっと触っていられる出来だった。
ひなたが羨ましそうに言った。
「いいなー、めっちゃ可愛いね! 私も可愛いのが良かったな~」
そう言って、ひなたは自分のスマホを取り出した。ついさっき、連絡先交換をしようとした時とケースが変わっている。太陽を模したオレンジ色の、主張の激しいスマホケースになっていた。
「え、え、え? いま買い替えたんですか?」
「ううん、もらった」
「だだ誰に?」
「マーキュリー。えっと、なんか銀髪の、大学生」
「か、彼氏ッ!?」
「ち、違うよッ!」とひなたは激しく首を振った。「そんなんじゃないよ!」
ひなたは深呼吸すると、新しくなったスマホケースをうさぎに見せた。そして、うさぎの手にあるもふもふしたスマホケースを指さした。
「ほら、これが杖らしいよ! つまり、私たち二人とも魔法少女ってこと!」
うさぎは絶望しきった顔で、自らの頬を抓った。痛い。それどころじゃなく、寒かった。現実だ。さっき起こったことは全て現実だった。
「そうだ。今度こそ連絡先交換しよ? 初心者のうちは、友達同士で助け合った方がいいって、マーキュリーにも言われたんだ」
「あ、はい……」
うさぎは台風が直撃して、家を失った人のような表情で答えた。
これだけひどい目にあった後では、ひなたと新たな共通点が生まれたことも、正しく喜べなかった。
そして、自分がなる早で魔法少女を辞めるつもりであることを、ひなたに伝えられずにいるのが辛かった。バイトでさえ無理なうさぎに、魔法少女なんて勤まるはずがないのだ。
このスマホケースだけ着払いで送り返して、電話がかかってきたら着信拒否しなくてはならない。
ピロン、と音がして、うさぎのスマホの通知が連続して鳴った。
みよちゃんからのメッセージが何件も来ていた。新しい女子グループで今日遊びに行った話と、他の子たちへの愚痴だった。
うさぎは疲れた目でそれをスクロールした。そして、既読を付けてしまったので、適当なスタンプを押して返事をした。
不思議とみよちゃんとのことですらも、今日はもう悲しくならなかった。
第一部 第一章 廃ビルの夜 完




