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魔法少女コヴェナント  作者: さんどまん
第一章:廃ビルの夜
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第8話 魔法少女2

 ひなたは思わず目を閉じた。


 気が付けばマーキュリーに米俵のように担がれ、廃ビルの遥か上空に浮かんでいた。


「う、浮いてるッ……? ちょっ、降ろして!」


「まだだ。安全な場所まで移動しよう」


 マーキュリーはひなたを担いだまま指を鳴らした。すると、白い球体がマーキュリーを包み込んだ。


 トンネルの中に入る時のような感覚の変化が起こり、ひなたは耳の奥が詰まるのを感じた。


 次の瞬間。


 ひなたは、カウンター付きのバーラウンジにいた。


 マーキュリーはひなたをその場に降ろした。先ほどまでの戦場の空気は、穏やかな日常のものに変わっていた。


 ラウンジはスポーツ観戦をしている人たちで沸き立っていた。


「え? ここどこっ? 何をしたの?」


 ひなたは周囲を見回した。


 店内は落ち着いた色合いの間接照明で照らされていて、少し薄暗かった。


 テーブルや椅子は黒檀のもので、普通なら入ることのできない高級そうな店だった。店の一角には古ぼけたテレビが飾られていて、そこにはついさっき目の前で見ていた魔法少女同士の戦いが映っていた。


 煙草の紫煙と、外国のお菓子のような甘い香りが漂ってくる。ひなたは苦手な匂いを嗅ぎ取り、気分が悪くなった。


 テレビからは騒がしい実況が聞こえている。


『来たァーーーーーッ! プリンセスバスタードッ! プリンセスバスタードによる、一刀両断ッ! 大剣(バスタード)は銃よりも強しッ! 赤ずきんの腹を裂く勢いでの、斬撃だァァァーーーッ!!! さぁ、ビルごと両断されたレッドフッド! 果たして生きているのかレッドフッド! その二丁拳銃は何のために持っているの、お婆ちゃんッ!? しかし、その銃も先ほど一丁を蹴り飛ばされしまいました! もう1度、スローモーションで確認しましょうッ!』


 テレビ画面が、道路に残された一丁の大口径拳銃のアップになる。


 そして画面が切り替わり、先ほどの攻防がリプレイで再生された。ラウンジの客たちはテレビ画面にくぎ付けになっていて、床でへたり込んでいるひなたを気に掛ける者はいなかった。


「なに、何なの……?」


 ひなたは煙と匂いにくらくらしていた。


 ただ一つ握りしめたスマホだけが現実感を生んでいた。ひなたはその場にぼんやりと佇み、夢の中のようなまどろみが彼女を支配していた。


 黒い影が、ひなたの後ろに立った。

 

 喪服のような黒いドレスを着た老婆が、地べたに座り込んだひなたに言った。


「おや、また死んだのかい、成瀬陽葵(なるせひなた)。だから言ったじゃないか、そんな真似をし続けたら、いずれ世界に喰われると」


 ひなたは接客業の癖で「し、失礼しました」といって立ち上がった。その場を離れようとした。しかし今、フルネームで名前を呼ばれなかっただろうか? 


 老婆は舞踏会のような仮面を付けていた。そのマスクから覗く視線が、ひなたの手元のスマホに注がれる。


 老婆は、まるでいま初めて気が付いたかのように、ひなたに言った。


「……新たな、魔法少女」


 マスクの奥の瞳は白く濁っていた。その白い眼球が何かを読み取るみたいにぐるぐると蠢いている。


「な、なんですか」


 ひなたを見つめる老婆の口が、もごもごと動く。異国の言葉のような、呪文のような囁きがつらつらと口から漏れる。そのいくつかは日本語で、ひなたの耳にも聞き取れた。


「……太陽の娘、新時代の器……第三の道は永遠に閉ざされているだろう……」


 それは独り言のようだった。


 しかし、老婆の言葉を聞いていると、ひなたは黒く冷たい指先で背筋をなぞられるような不快感を感じた。老婆の冷たい吐息がひなたの中に入ってきて、心を汚染するかのようだった。


 気がつけば、老婆の顔が目の前にあった。


「哀れな子だよ、失うために手に入れて、悲しむために、喜びに来たんだね」


「えっ?」


太陽の心(サンライズハート)、なにを注がれ、なにを求めてやってきたんだい」


 老婆の皺だらけの手が、ひなたの頬に触れた。ひなたは心臓と肺がゆっくりと冷えていくのを感じた。


「私は」


 ひなたが答えようとすると、マーキュリーが老婆の後ろに現れた。その両手はグラスでふさがっていた。


「去れ、魔女。その娘の契約の主(パトロン)は俺だ」


 老婆はくすくすと笑った。


「ようやく、本気でメシアの魂を探すつもりになったかい、偽善者(マーキュリー)。ならば、この茶番にも本腰を入れなくてはならない。コヴェナントは異形の遊び場ではなく、再誕の場となるだろう」


「それは、予言か」


「さてねぇ。結末の匂いが、この老いた鼻先には、ぷんと香るんだよ。コヴェナント(この子)はもう飽きがきてるのさ」


 魔女はそう言うと、テレビ画面を一瞥して、興味を失ったかのように店から出て行った。


 マーキュリーは無表情でそれを見送り、ひなたにグラスを差し出した。


「水だ」

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