第72話 グリッチ 2
「……これって、味方の攻撃でもウルト溜まるの?」
ひなたが間髪を入れず尋ねた。アスターはため息をついた。
「馬鹿ってのはいつの時代にもいるものですわね。貴女のような輩が、どうにかFFモードの利点を探そうとしていましたけれど、そんなものはありませんわ。味方をどうこうしようとも、ただHPが減るだけですわ。ま、応用してウルトを溜める手段が、ないこともないですが。それは貴女たち向きではありません。いま貴女たちが欲しがっているのは、マップを駆け抜ける速度でしょう」
「そうだけど……このモードを使って、どうしろっていうの?」
アスターは呆れたように笑った。
「とぼけていますの? これでウルトを溜めようなどと考える貴女が、その利用法を思いつかないはずがないでしょう」
「どうにか、それ以外の方法はないのかな……」
ひなたが頬を掻いた。何も分かっていないうさぎが顔をあげた。
「ありませんわ。もともと貴女のアイデアだったじゃあありませんか。貴女が敵役となり、お互いにFFモードを入れて、そちらの方を本気で追いかけるのですわ。それでチャネリングの条件を満たせます」
「ええっ……!?」
「でも、実際にダメージが出るなら話は変わってくるよ。これってオンオフはすぐに切り替えられるの?」
「そんな単純なものならば皆さん使ってますわ。FFモードは一度戦闘行動に入ってしまうと、途中でオフにすることはできません。非戦闘状態に入り、一定時間経たない限りは切ることができませんわ」
「……」
「そうですわね。考えていることを当ててさしあげましょうか。そちらの方の速度を上げて、最高速度から戦闘に入る場合、FFモードを切る暇はありません。つまり貴女がたはお互いの攻撃がダメージになってしまう状態で、その後も戦わなければいけないのです」
「……」
「もちろん、移動や索敵だけに使用するのも可能でしょうね。ただし、そちらの場合は、どこかで落ち着いて非戦闘状態になるまで待機する必要がありますわ。速攻の突貫力が失われてしまいましては、元も子もありませんけれど」
アスターはそう言って、扇子で口を隠した。もう教えるべきことは教えた。あとは彼女たちがどうするかだ。
ひなたは決まりの悪そうな顔でうさぎに言った。
「うーん、せっかく教えてもらったけれど、私たちには向いてないかもね」
「え……?」
ひなたは困ったように笑った。
「これでウルトが溜まるんだったら、まだ使い道があったんだけどなぁ」
「ひなたちゃん、どうして?」
「え?」
うさぎは不安そうな顔で言った。お互いにダメージが入る状態になるのは、たしかに怖い。だが目の前に方法があるのに、それを利用しようとしないのはひなたらしくなかった。
「もしかして私が怖がるから、気を使ってくれてるの?」
「いやいや、そんなんじゃないよ! 戦闘中ずっとお互いにダメージが入っちゃう状態は、デメリットの方が多いから……」
ひなたが歯切れが悪そうに言った。うさぎは逆に、目を逸らそうとするひなたを覗き込んだ。
「嘘だよ。使えるもの、ぜんぶ使って勝とうとするのがひなたちゃんでしょ。いつもみたいに、言ってよ。私……できるから!」
うさぎは苦しげに言い切った。
怖いことが増えるのは嫌だ。でも、大好きな友達に気を使われることは何よりも嫌だった。うさぎは今までだって、ひなたの期待に応えられてきたとは言い難い。そうだとしても、やる前から諦められてしまっているのは悲しかった。
ひなたは苦笑した。
「私、そんな怖いやつだと思われてたの? わりとショックなんだけど」
「頼もしいんだよ。いつだってひなたちゃんを信じたら、本当にそうなったもの。私はひなたちゃんの言う事なら信じられる」うさぎは一つ一つを祈るように呟いた。「もし間違ったり、失敗してひどい目に遭っても、一緒に居て、笑ってくれるでしょ?」
「まぁ、そりゃね……」
ひなたは気まずそうに頷いた。
そして深呼吸してから頭を掻き「あ˝~……」と呻き声をあげた。
「ごめん、うさぎ! 私が無理ッ!! うさぎを傷付けちゃうかもしれない状態で、追いかけたりできないよ!」
「ひ、ひなたちゃん!?」
ひなたはそれからうさぎを指さして言った。
「ていうかだよ? 人のことを冷酷な殺し屋みたいに言うのやめてくれますぅ!? 私にも感情ってモンがあるんだから! うさぎ、いま私に『自分を傷つけられる状態で追いかけろ』って言ってるんだよ? 逆の立場だったら、うさぎだって嫌でしょ!」
うさぎは胸に手を当てて、祈るような気持ちで言った。
「ううん、大丈夫。ひなたちゃんにならできるよ……だって、私はひなたちゃんを信じているから。あ、ちなみに私だったら絶対に嫌」
「ほら嫌じゃん! あとその気色悪い目つきをやめて!」
まるで推しを見守るような眼差しのうさぎを、ひなたが遮った。
「うさぎを頼りたい時は頼るし、これからだってそうだよ。でも、これは違うでしょ。一歩間違ったら私のせいでうさぎが傷つく……たとえ最初だけ成功したとしても、その後の戦いもお互いに攻撃できる状態でいるのは、すっごく大変だよ」
「ひなたちゃん、それ、本当に?」
うさぎが悪戯っぽく笑って言った。ひなたは唇をむにむにと動かし、困り眉になった。
「うん、嘘。嘘だわこれ。たぶん、本当は……」
ひなたはこれまで、うさぎが泣く姿を何度も見てきた。最初は親友に裏切られた時、次は正直に気持ちを言おうとした時、あの魔法少女たちに騙された時。
うさぎにとって世界は怖いものばかりだった。コヴェナントを始めても、新しい怖いものに遭遇するたび、うさぎは泣いていた。
ひなたは目の前に居るうさぎを見た。
なぜか強気にこちらを見据え、まるで自ら焚火に飛び込もうとするかのように背筋を伸ばしている。いつもは怯えている表情が、静かにひなたを見つめている。
「……私は、私がうさぎを追いかけて、うさぎに怯えられるのが怖いんだよ」
ひなたはうさぎと、ずっと二人でクリフォトを攻略してきた。一緒に魔法少女を始めた、大切な友達だった。
最初は初心者同士の小さな助け合いのためだったが、いつのまにか二人の間には大きな絆が生まれていた。パトロンたちの言う事が本当ならば、いつかは一人で戦わなければならない。
そうだとしても、ずっと傍にいた親友から、あの泣きそうな目つきで見られることだけは耐えられなかった。
うさぎを泣かしてしまう原因に、自分が入ってしまうことが恐ろしかった。
「ぜんっぜん、怖くないよ」
うさぎは小さく笑って、首を振った。うさぎはひなたと対等になろうと必死なのに、ひなたはうさぎに目線を揃えようと必死なのだ。そのちぐはぐさが滑稽でうさぎは「んふっんふふふっ」と気持ち悪い笑い声を漏らした。
「私、ひなたちゃんのことなんか、世界で一番、怖くないよ」
ふんぞり返って言う姿は、どこか彼女のパトロンを彷彿とさせた。ひなたは「うさぎ、そういうことじゃなくて……」と言いかけた。
扇子を口に当て、ぼんやりと空の様子を眺めていたアスターが言った。
「だったら、試してみればいいですわ」




