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魔法少女コヴェナント  作者: さんどまん
第五章:クラン
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第71話 グリッチ 1

 二人は星華(アスター)の取り出したタッチパッド上で、PDFで作られた契約書にサインをした。


 うさぎは怯えっぱなしだったが、透から「さっき話したこと以上のことは書いてないよ」と言われ、震える手で魔法少女名を書き込んだ。


 それを見届けると、星華は席から立ち上がった。


「契約成立ですわね。ではトオル。私が直々に教えてさしあげますから、貴女は荷物を見ていてくださいな」


「今すぐかい? 分かったよ。僕は本でも読んでるから、ゆっくりしてくるといいさ」


 疑問符を浮かべる二人を連れて、星華はなんと個室トイレに向かった。狭い個室に3人がすし詰め状態になる。星華の暑苦しい服装がごわごわとうさぎを圧迫した。


「な、なんでトイレなんですかぁ……?」


「今から部屋立てするんですわ! 覚えておきなさい。複数人でトレモに行くときは連れションを装うのが魔法少女の習いですわ」


「でもここ個室トイレですよ!?」


「ごちゃごちゃうるさいですわね。ほら、立てましたわ。我が宮殿にご案内いたしますわ」


 星華の衣装に入れられた補強がうさぎとひなたを圧迫し続ける。二人は壁に押し付けられながら、コヴェナントを開いた。そこには『アスタータイクーンからの招待状が届いています』と表示されている。


 二人は、星華に促され『はい』をタップした。


 いつもの侵入よりもずっと優しく視界が解けていく。狭苦しい個室から解放され、3人はパールホワイトのクリフォトに呑まれていった。



 *******



 次に目を開いた時、ひなたとうさぎは絨毯の上に立っていた。


 そこは西洋風の広い客間だった。壁の一面にはルネサンス期の宗教画が飾られ、天井からは幾重ものクリスタルの花を咲かせた壮麗なシャンデリアが吊り下がっている。


 北欧の雪国でしか見ないような巨大な暖炉が備え付けられ、マントルピースには動物や木々の彫刻が細かく彫られていた。部屋の中央にはオークを切り出したような艶のあるテーブルと、その上に銀細工の燭台が並べられていた。


 壁際の石造り窓の外には湖畔と山に囲まれた森林が見えた。外は冬のように美しい夜空で、星座が瞬いているのがはっきりと見えた。


「な、何ここっ! 本当にマイルーム?」


 あまりの部屋の豪奢さに、トレーニングではなく野良クリフォトに巻き込まれたのかと錯覚する。二人はお互いの服装を見てさらに驚いた。


 童話のシンデレラが着ているような、ボロボロで継ぎ接ぎだらけのローブと、ぺたんこのスリッパみたいな布の靴しか見に付けていなかったからだ。


「なんで!? 急に貧乏になってる!」


「あ、初期アバター……」


 うさぎは呟いて、ショップにあった衣服の項目を思い出した。


 あの衣服は購入したあと何処で着るのか分からなかったが、こういう時に着用するものらしい。うさぎは手早く自らのプロフィールを操作して、暇なときについ買ってしまった紺色のワンピースとミュールのサンダルを装着した。


 ボロ着が新品のワンピースに変わった。


「うさぎズルい! どうやったの!?」


「コ、コインショップの下の方にあったよ……!」


「人ん家の居間で、なにをぎゃあぎゃあ騒いでおりますの?」


 扉が開かれ、装いを新たにした星華――魔法少女アスタータイクーンが姿を現した。


 魔女風のブラックドレスの上から黒貂の毛皮で出来たロングコートを羽織っている。薄紫の髪は細い三つ編みをアップに巻いて、おとぎ話の悪いお后様のような雰囲気を醸し出していた。唇まで紫を選ぶ徹底っぷりにうさぎは戦慄した。


「わぁっ! アスターさん、綺麗~!」


「(処刑されるタイプの)女王様みたいですね……」


「貴女たちは見ずぼらしいですわね……。アスターでいいですわ。衣装がないなら変身すればよくってよ。ここもクリフォトには変わりないのですから」


「あ、そっか」


 言われてみればそうだった。本物のクリフォトのような息苦しさがなかったせいで、思いつかなかった。ひなたはいつものクリフォトと同じようにスマホを取り出し、軽くポーズをとった。


「変身!」


 ひなたはサンライズハートの姿に変わった。


 二人の準備が整ったのを見ると、アスターは着いて来るように言った。


 扉が開かれ、赤い絨毯が敷かれた廊下に出る。先ほどの部屋と同様、廊下の装飾も異様に凝られていた。ゆったりと歩くアスターの後ろに続きながら、二人はひそひそと喋った。


「ねぇうさぎ、マイルームって、さっきの部屋だけじゃなかったの……?」


「それがね……たしかコイン使うと、部屋のサイズを拡大できるみたいなの。まさかここまで大きくできるなんて知らなかったけど」


「え待って。じゃあさっきの窓の外の景色って、画像じゃないの? ここ、外あるのっ!?」


 アスターは二人を連れ立ったまま、廊下を歩き続けた。途中で、道を譲ってアスターに礼をする執事やメイドともすれ違った。マイルーム内でペットを飼えることは知っていたが、まさか人まで住んでいるなんて聞いていない。うさぎは興奮してひなたに言った。


「待って待って待って! ひなたちゃん、いまの執事の人、俳優の上杉健斗に似てなかったッ!?」


「え、誰?」


「嘘でしょッ!? 君恋(キミコイ)見てなかったの!?」


「あー、あったね~。そんなドラマ」


「反応薄ッ! アスターさん、何ですかあのイケメン軍団は!」


 アスターは明らかに満足気に、後ろを振り返った。


「お~ほっほっほっほ! 私(わたくし)レベルになりますと、使用人NPCを設置できるようになるのですわ! それと、我がクランには3Dのキャラデザで飯を食っている社畜がいるんですわ~! プロの社畜にかかれば、配置NPCの顔を実在人物に似せることなど朝飯前ですわ~!」


「う、羨ましすぎる……!」


 それはつまり、自分のマイルームに住人的な何かを住まわせることができるということだ。アスターのイケメン執事軍団はちょっと真似できそうにないが、うさぎはかつて出来なかったスローライフごっこを今さらになって楽しめそうなことに大いに期待してしまった。もうすぐ引退するつもりだというのに。


 3人は廊下を歩き、広間を通り抜け、また廊下を渡った。そこから螺旋階段を上がって外に出た。


 うさぎはようやく気付いた。


 この建物はどうやら城だ。それも湖畔に建てられ、外敵の侵入を防ぐための防壁や城郭内の住居までが完備されたひとつの城砦だった。今まで歩いて来た距離と外に続く広大な敷地を見て、ひなたが言った。


「マイルームって部屋じゃなかったの……? これもうほとんどお城じゃん!」


「お~ほっほっほっほ! 星華城(キャッスル・アスター)へようこそ、ですわ! 我がクランにはマイクラにかまけてニートになった魔法少女も有しておりますのよ。嗜み深いニートに任せれば、これくらい二晩でやってくださいますわ~!」


 中庭のような広い空間に出た。周囲は石壁に覆われていて、噴水と花壇が見える。また数メートル先には矢の的が並び、直線に広い弓矢の練習場が併設されていた。四角い柵で囲われた訓練場があり、広々とした砂地が存在していた。


 アスターは訓練場に着くと、うさぎにも変身するように促した。それでいて、アスター本人は女王のような格好のまま訓練場に立った。


「ここを使いますわ。チーム分けを貴女がたと私にしましょう。2対1ですが、これで対戦を再現できますわ」


 アスターは目線を動かし、パントマイムのように手で見えないウィンドウを操作している。


 戦闘設定が有効化され、うさぎとひなたにはアスターが「敵」区分になったことが分かった。操作に集中しているアスターを横目にスマホを確認すると、マップ上でもアスターのいる所に赤いピンが付いている。


 設定をし終えたアスターが二人に目を向けた。


「こんなもんですわね。……さて、お二方。対戦中もインベントリ内でスマホを操作できるのはご存じですわね」


 沈黙が落ちる。


 今しがた、わざわざスマホを取り出してマップをしげしげと眺めていた二人は驚きの声をあげた。


「ええっ~!? なにそれ!」


「え!? え!? え!?」


「そこからですの!? なんつーか頭ン中で、いい感じに操作するんですわっ! 道具の取り出しと同じですのよ!?」


 ひなたは試しにスマホをしまい、インベントリ内からうさぎに通話をかけてみた。


 まるで骨伝導のイヤホンみたいに耳元で電話のコール音が鳴る。ムーニーバニーはつい手を動かして、電話に出る動きをした。目の前の本人と耳元から、ひなたの声が二重になって聞こえてくる。


 頭の中で「通話終了」を押すと、電話は切れた。


「便利すぎる……」


「本当だ。スマホ出さなくても、HPって見れるんだ」


 二人はしばらく、インベントリ内でスマホを操作した。


 少し集中する必要はあるが、残りHPに意識を向けると視界に薄ぼんやりと自分と仲間のHPが浮かび上がる。これなら戦闘中でもHPやウルトのパーセントをすぐ確認できそうだ。


 アスターは、機能に感動している二人に向けてため息をついた。


「貴女たち、マジで正真正銘ド初心者ですのね。パトロンの顔が見てみたいですわ」


「……」


「……」


「まぁ、どうでもいいですわ。では試しに、お互いに攻撃してみなさいな」


 軽く飛んできた命令に、ひなたは驚いて言った。


「えっ……私とうさぎで、ですか?」


「それ以外に誰がおりますの? こちらも時間が押しておりますの。さっさとしてくださいます?」


 うさぎがびくびくと震えながら腕を差し出してくる。ひなたが嫌そうに言った。


「え、うさぎが私を叩いてよ」


「絶対に無理。死んでも嫌……! ひなたちゃんがやって!」


 アスターが二人のやりとりを苛々と眺めている。ひなたは観念すると、ガントレットを取り外し、腕を軽く振り上げてうさぎの腕にチョップをした。


 最初はちょん、ちょん、と叩いていたものを少しずつ速度を上げていく。


 うさぎは怯えていたものの、痛みを感じていないような不思議そうな顔でそれを眺めている。


「もっとやる気を出したらどうですの? もっと(モア)! ダメージを出すくらい強く!」


「ええ~……うさぎ、平気?」


「う、うん。全然痛くないっていうか、触られてるっていう感覚だけかも」


「分かったよ。うさぎ、痛かったらごめん。ちょっと強くするよ」


 サンライズハートは通常攻撃とも言える速度で、ムーニーバニーの腕を叩いた。


 しかし、いつものように両腕の炎は灯らず、日輪の輝きも発生していない。ムーニーバニーは首を傾げている。


 サンライズハートはもう一度、今度はフルパワーでムーニーバニーの腕を叩いた。確かに物体を叩いた感触がある。ムーニーバニーの腕が押されて、ぺたん、と落ちる。


 うさぎは疑問符を浮かべたまま、腕をまた持ち上げた。


「うん、痛くないっていうか……ダメージになってないかも」


「今のはフルパワーだったけど、少しもダメージになってないの?」


「う、うん」


 ムーニーバニーのHPは最大値のままだった。


 アスターが腕を組んで言った。


「お分かりになって? クリフォト内では、味方への攻撃は判定そのものがなくなるんですの。貴女方がどれだけお互いを殴り合おうが、味方でいる限りダメージは発生しませんわ。細かいことを言うと、オブジェクトとしての判定はありますわ」


 味方は、攻撃してもダメージが発生しない。


 ずっと二人きりでクリフォトを攻略してきたうさぎとひなたは、なんとなくそれを予想していた。


 たとえばサンライズハートを抱き上げて移動中のムーニーバニーは、振り回される光の杖(ヘリオスケイン)が当たってもダメージを受けない。


 逆にムーニーバニーの『大跳躍』によって突撃されたとしても、サンライズハートは直接ダメージを負うことはない。


 実際に検証してみる勇気はなかったが、二人の予想していたことは確信に繋がった。


 アスターは、新たな気付きを得て目を輝かせる二人に釘を刺した。


「ただし例外もありますわ。相方のウルトで高所から落とされ、自由落下した場合なんかはダメージが発生しますわ。環境からのダメージはノンって感じですわね。他にも、相方の炎で生まれた火災や、相方の呼んだ落雷で帯電した水なんかもダメージが発生しますわ。魔法少女の身体を離れた自然現象はすべてダメージになりえますわ」


 完璧に安全と言うわけではないらしい。


 だが、遠隔攻撃手段のない二人にとって、この情報は有益だった。二人はどれだけ乱戦を行ってもお互いの攻撃でダメージを負うことはないのだから。


 アスターは熱心に聞き入る二人を見て、満足そうに息を漏らした。


 そして少し目を閉じてから、幸運を授ける魔女のようにゆっくりと目を開いた。氷の女王めいたアイオライトの眼光が、今までにない威厳を伴って二人に注がれた。


「では。貴女たちに魔法をかけて差し上げますわ。スマホの対戦設定から、詳細、設定、フレンド、クリフォト内環境と進み、FFモードにチェックを入れなさい」


 うさぎはわたわたと探している。機械操作に疎いひなただったが、言われた通りにするのは早かった。


「FFモード……? この変な所にあるチェック?」


 ひなたはそこにチェックを入れた。見た目は何も変わっていない。ただし、インベントリ内でマップを確認すると明らかにおかしいことが起こっていた。青色のピンが赤く縁取られているのだ。


「え、うさぎ?」


 ムーニーバニーも不思議な目つきでこちらを見ている。今までに絶対に安全だった二人の間に、奇妙な緊張が走った。最初から敵対状態のアスターの方が、何もしてこないと分かってるだけ安心感を覚えるほどだった。


「もう1度、お互いに攻撃してみなさいな」


「あ……嫌……無理……」


 ムーニーバニーが言った。明らかな予感があった。今の状態でサンライズハートを攻撃することに、凄まじい心理的な抵抗が生まれている。


 対して、サンライズハートはガントレットを外した手をぷらぷらと振った。スパーリングのようにただの拳を緩く握り、ムーニーバニーに向き直った。


 ひなたが言った。


「うさぎ、大丈夫だよ。当てないようにするから。それでも怖かったら避けて」


「う、うん……」


 サンライズハートが平手打ちを放った。当たる直前で止まったそれに対して、ムーニーバニーは思わず『一歩(スモールステップ)』を発動させた。


 もし当たっていたら、確実にダメージが発生する強さだった。ムーニーバニーは仲の良い友達からの寸止めビンタに、目を見開いて驚いていた。


 二人よりも背の低い女王は、その小さな顔に静かな笑みを湛えていた。ヒトに過大なおぞましい力を与え、その功罪を舐め尽くすかのような、彼女のパトロンにもよく似た尊大で邪悪な笑顔が浮かんでいる。


「それがフレンドリーファイヤーモード……味方を攻撃できるようになる、大昔からある不具合ですわ」

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