第70話 取引
星華は扇子で煽ぎながら、二人を見下すかのように頬を緩めた。明らかにさっきよりも機嫌が良くなっている。
「外典の話をされて、なんだか気分が良くなってきましたわ。トオルばっかり先輩面しているのもズルいですから、ここはより先輩である私に頼らせてあげてもよくってよ? さあさ、その小さな頭でしっかり考えてから質問しなさいな。貴女方がいま、一番困っていることを一つだけ、この私、アスターがずばっと解決してさしあげますわ」
ひなたは隣にいるうさぎを盗み見ていたが、それを聞いて星華に目を戻した。うさぎが慌てたようにひなたに向き直る。東京都最大を自称するクランのリーダーに、いったい何を求めるべきか。
いま一番困っているのは残り少ないうさぎのポイントだ。
だが、それを求めれば先ほどと同じくクランへの勧誘が始まってしまう。感情や今後を全て度外視するなら、ひなたはクランに入るのも合理的だと考えているが、今はそれも置いておくべきだろう。
レベル20を越える魔法少女。
ぱっと見はお嬢様のコスプレをした小柄な少女にしか見えない。だが、目の前にいる女はコヴェナントを生き残り、それどころか東京の魔法少女たちを統べる立場にいるのだ。何を聞いたとしても、有益な情報をもらえることに違いはない。
顎に手を当てて悩むひなたを、うさぎが心配そうにのぞき込んでくる。
「ひなたちゃん、どうする?」
「うさぎはどう? 何か聞いておきたいことある?」
「分かんない。廃ビルの子たちと戦うなら、その時のことを聞いた方がいいよね。でも、私はそういうのを考えたり、言葉にするのが得意じゃないから……ひなたちゃんが決めて」
「え、いいの?」
うさぎは少し寂しそうに笑った。
「うん。ひなたちゃんが必要だと思うことを聞いて」
ひなたは先ほどの透から聞いた話を思い出し、問いを決めた。
ひなたは顔をあげて、星華に言った。
「うさぎの速度を上げたいんです。どうしたらいいか教えてくれませんか?」
「えっえっえっ!?」
急に自分の話になったうさぎはびっくりして声をあげた。ひなたは申し訳なさそうに言った。
「私ができることは全部分かってるもの。廃ビルの勝率を少しでも上げるためには、うさぎの速さが絶対に必要なんだよ。あの逃げている時のムーニーバニーの速ささえあれば、マップを横断できるからね」
星華は鼻息を鳴らすと、うさぎを見た。
「貴女もそれでよろしいんですの?」
「あ、はい……」
「そう。私の見込み違いでしたわね。それぞれの移動速度は能力値で決まります。それを上げる手段がなければ、速度は変わりませんわ。こんなシンプルなことに、ランプの願いを使うなんて信じられませんわね」
「あっ、そうじゃなくて。うさぎ、スキルのことをアスターさんに教えてもいい?」
「え、うん。えっと、私のスキルは『脱兎』っていって、チャネリングで、逃げ足が早くなるっていうスキルなんですけど……」
「その使い方を、教えてさしあげれば良くて?」
ひなたは頷いた。
「これがどういう時に発動して、どういう時に発動してないのか教えてほしいんです」
星華は手に持った扇子で口元を隠した。
「いいでしょう。チャネリングとは、使用し続けることで効果を発揮するスキルですわ。たいていのスキルにはチャネリングを維持するための条件が書いてあります。戦っている間、泳いでいる間、何か食べている間……その後に続く効果は、その状態を維持できなければ終了しますわ」
ひなたは自分のスキル『コロナサーキュラー』を思い浮かべた。
なるほど。たしかに戦いを継続し、攻撃している限りは武器の攻撃速度がどんどん速くなっていた。逆に、戦いが途切れてしまうと、両腕の炎は消えてしまった。
「質問のお答えを返すならば、"逃げている間のみ速度が上がり、逃走行為が終了すれば速度も元に戻る"と言った所でしょうか。書いてある通りだとは思いますけれど。これでよろしくて?」
だが、うさぎは自分のスキルを見て不安そうな表情を浮かべていた。自分の健康診断にだけ、あるべき項目がなかったかのような。
『脱兎――逃げ足が速くなる』
脱兎の説明文にはどこにもチャネリングを維持するための条件が書かれていなかったのだ。
星華は目ざとくそれを見つけ、ため息をついて告げた。
「……貴女が再解釈の魔法少女であるならば、スキルの説明文はあえて曖昧な書かれ方がされているはずですわ。何をどう解釈するかは貴女次第ですもの」
「私次第……」
ひなたが元気よく言った。
「あ、じゃあじゃあ……! うさぎが私のことを敵だと思いこめば『脱兎』が発動して速くなるかも!?」
星華は紅茶のカップを口にした。
「お馬鹿を言うんじゃありませんわ。ンな都合良く、何でも上手くいくと思ったら大間違いですわ。クリフォトは侵入時に明確に敵味方を区別していますから。すべてのスキルについて、敵を必要とするものは味方を対象にとれませんわ。ああ……ですが。そうですわ。あの裏技がありましたわね」
星華はゆっくりと笑みを大きくしていき、両手を可愛らしく頬に添えた。それを見ていた透が、大きくため息をついた。
うさぎとひなたは簡単に食いついた。
「そんなものがあるんですかっ?」
「う、裏技……?」
星華は足を組みなおし軽く指を振った。そして、たっぷりと間を置いてから、うさぎとひなたに言った。
「ええ、ありますわ。いま貴女が仰ったアイデアを実現させる、とっ~~~ておきの裏技があるんですの!」
「それを教えてくれるの!? ありがとうアスターさん!」
「あ、ありがとうございます……!」
「ノン! ノン! 神奈川県民は、お乞食の集まりですのッ!? 貴女たちはたった今、このアスターへの質問を使い切ったばかりですのよ!?」
「そっか、そうだよね。ごめん。裏技はなしで戦うしかないか」
「ひなたちゃん、どうしよう……」
「貴女たち諦めが良すぎませんことッ!?」
星華はフリルに覆われた首元を緩め、荒くなった呼吸を整えた。そして紅茶を飲み干して落ち着いてから、落胆している二人に改めて語り掛けた。
「一つの情報には、一つの対価を、ですわ。こちらが二つ目を載せるのですから、貴女たちにはさらに対価を払ってもらわなくてはいけませんわ」
「さっきも言ったけれど、クランには入らないよ」ひなたが言った。
星華は首を振った。
「それは理解していますわ。貴女たちにやってほしいことはシンプルな労務。それも、今からする行いを考えれば、きっと双方にとって有益な結果を生み出すに違いありませんわ」
「な、何をやらされるんですか……?」
うさぎが尋ねた。今回は水位が上がってこない。ということは何か騙そうとか売ろうとかポイントを掠め取ろうとしているわけではなさそうだ。
「簡単なこと。貴女たちが倒そうとしている、二人の魔法少女の名前と詳しい情報をあとで送ってほしいんですの。さらに、可能であれば彼女たちがデッドヘックスに関わりがあるかを突いてみてほしいんですわ」
「や、やりますっ……!」
うさぎが即答し、ひなたがそれを押しとどめた。
「待って、うさぎ。魔法少女の情報ってけっこう大事なものだよね。軽々しく第三者に言っていいものじゃないと思う。私たちは彼女たちに騙されたけれど、だからって彼女たちの弱点をそう易々と広めていいわけじゃないよ」
星華は目元をほころばせた。
「あら、やっと商談らしくなってまいりました。そうでなくっては。なにも貴女の見つけた弱点や、彼女たちの攻略法まで説明しろとなんて言っておりません。私はクランの長として、周辺にどのような魔法少女がいるかを知っておく必要があるのですわ。その魔法少女の名称と特徴、この際スキルは予想でも構いませんわ。何より大事な情報はその魔法少女の教義。それだけ教えてもらえれば十分ですわ」
「あの子たちのウルトは? 必要ないの?」
ひなたがふと思いついて言った。星華は表情を変えずに答えた。
「それを教えていただけるなら、こちらはさらに追加の支払いをお約束しますわ。ですが、覚えておいてくださいまし。ウルトの秘匿性こそ、すべての魔法少女にとっての神聖なる切り札。明らかな罪を犯している者でもないのに、他人のウルトを言いふらす行為は褒められたものじゃありませんわ」
急に倫理観を問うようなことを言われ、ひなたは口を尖らせた。
「スキルは聞いてくる癖に……」
「重要さの程度が違いますもの。どんな魔法少女であれ、初見のウルトを防ぐことはほぼ不可能とされていますわ。これは、すべての新たな魔法少女に勝利の機会があるということに相違ありません。私は我が契約の主と同じく、魔法少女の神秘性に浪漫を感じておりますの」
ひなたはうさぎに確認をとった。
「うさぎは同意するの?」
「え、うん……。アスターさん、これについては悪いこと、考えてないと思う」
「顧客を前にしての緊急会議、-40000点ですわね……」
「アスター、自由にさせてあげなよ」
ひなたが言った。
「分かった。私たちはその申し出に同意するよ。でもデッドヘックスかどうかってのはどうやって調べたらいい?」
「適当にカマかけて反応を見てくれれば良いですわ。まぁ……所詮ここは神奈川ですから、拡大を嫌うあのクランがちょっかいを出しているとは思い難いですわ。きっと、東京のイケてる女の真似をして、イキっているだけのメス猿ですわ」
ひなたは顎に手を当てて考え込んだ。
「難しそうだなぁ……。アスターウィッチサービスの名前を出してもいい?」
「アスターウィッチスキームですわッ!? 別に構いませんわ。もし彼女たちが真にヘックスのメンバーであるならば、私たちのことはよくご存じでしょうからね」
星華は今までの会話になかった獰猛な笑みを見せ、そう言った。




