第68話 誰がクリフォトを盗んだの? 3
透は困り顔で自らの荷物をどけ、席を空けた。
「アスター、来るなら連絡を入れてほしかったな。というより、忙しくてこっちには来ないんじゃなかったのかい」
「いま連絡しましたわ。それに、トオルが生ぬるい裁定をしていないかこっそり視察しに参りましたの」
星華はスカートをテキパキと折り畳むと、どうにか透の隣に滑り込んだ。そして正面に座り、何も喋れなくなっているひなたとうさぎに目線を向けて、扇子を取り出した。
「貴女がたが、弊社の管理するクリフォトを月初めに盗んだ泥棒猫ですわね? 裁定はもう降りまして?」
「ああ。厳重注意と罰金50ポイントだよ」
星華は扇子を開いて、ぱたぱたと煽ぎ始めた。6月に着るには、折り重なった黒い衣装はあまりにも暑そうだ。
「あら、お温いこと! 温すぎて、茶も沸きませんわッ! トオル、貴女は後輩に甘すぎじゃありませんこと!?」
「お、落ち着いて……」
「店内ではお静かに……」
上司に叱られしょんぼりしてしまった透の代わりに、うさぎとひなたが星華をなだめる。二人よりも背の低い社長は、睨むように正面を向いた。
「フン。まぁ、いいですわ。トオルが決めた裁定ですから、いざとなればトオルに責任を取らせましょう。それよりも貴女たち。キャンプされたというのは本当ですの?」
ひなたはいきなり現れた東京都最大クランのリーダーから目を向けられ、身をすくませた。すぐに気を引き締めて返答した。
「はい。私たちが廃ビルって呼んでるクリフォトなんですけど、そこで……」
「座標は出せますの?」
ひなたはコヴェナントを開いてマップを見せる。星華はそれを一瞥すると、ふうとため息をついた。
「違いますわ。ヘックスの縄張りからはずっと遠い。ただそれにしても『対戦』を知らない低レベル帯の初心者が、自力でキャンプを思いつくとは思えませんわね」
「ヘックス?」
うさぎが言った。考え込んでしまった星華に代わり、透が説明してくれる。
「デッドヘックス。東京のもう1つのクランだよ。『対戦』に積極的なクランで、僕たちアスターウィッチスキームとは敵対関係にある。ゲーム的に言うと、PK集団というか……あ、ゲームはやらないんだったね。彼女たちはすごく攻撃的で、自分たち以外の魔法少女を経験値かポイントくらいにしか思っていないんだ」
「糞便どもの集まりですわ」
星華が付け足した。
「キャンプはもともと、デッドヘックスが好んで使っていた戦法ですの。あれで初狩りして、支配領域のクリフォトを総取りするのが彼女たちのやり方ですわ。ほんとうに野蛮で救いようのないおバカさん達。初狩りしてしまっては、育つはずの魔法少女が消えていくばかりですのに。おや、まぁ、そうですわ!」
星華が今見つけたかのように、ひなたとうさぎを見て微笑んだ。扇子をぱちん、と閉じる。
星のようなカラコンの入った瞳が照明を受けてキラキラと輝いた。
「お二方とも、まとめて星華魔女計画に入ってしまえばよろしいのですわ! そうすれば今すぐ安心安全なレベル上げが可能になりますわ! ポイントが0になった時の時の保険も完備しておりますのよ? さらに、今入れば、このトオルがお二方のグランドスールとして、お二人を導いてさしあげますわッ!」
透は照れながらも、ひらひらと手を振っている。
ひなたが星華を押しとどめるように口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待って! 何もかもが急すぎますって。グ、グランドスール? って何なんですか?」
「私たちのクランでは、師弟制度を採用しておりますの。弟子は師匠からコヴェナントの何たるかを学び、成長していくのですわ……。嗚呼、美しき師弟の絆!」
コヴェナントに詳しい専属の師匠がついてくれる、という。
しかも、それはひなたにとって憧れでもある学校の先輩だ。同じ魔法少女なら技術や鍛錬の仕方を分かりやすく教えてもらえるかもしれない。
星華の勢いは激しかったが、ひなたはその申し出をかなり好意的に捉えていた。
それに、すごく気になる言葉が聞こえてしまった。
ひなたは横目でうさぎを見てから、星華に尋ねた。
「……ポイントが0になった時の保険っていうのは?」
星華が待ってました、と言わんばかりに笑顔で説明する。
「魔法少女でいることの一番の悩み、それ即ちポイントが0になった時の強制引退にありますわ。これを防ぐための手段が、我がクラン独自の『ゼロ落ち保険』! 我がクランに所属している魔法少女のポイントが0になりそうな時、この保険にさえ加入していれば、一定額のポイントを他の魔法少女から譲渡してもらえますのッ! 次の公式戦でポイントがゼロになってしまいそう! 度重なる消費で今月のポイントがヤバい! そんな貴女のために用意された極上のプランですわッ!」
す、水位がものすごい勢いで上がってきた。うさぎは貧乏ゆすりが止まらなくなった。何がなんだか分からないが、ひどく恐ろしい企みが目の前で囁かれているようにしか思えない。
何よりも恐ろしいのは、星華がこれを心から疑いなく勧めてくることだった。彼女は完全に善意を伴って、うさぎとひなたを勧誘していた。
「うさぎっ、どうするっ?」
ひなたが興奮し、まんざらでもなさそうに聞いてくる。悪意や敵意に敏感なはずのひなただったが、純粋な勧誘には弱かった。うさぎは慌てて言った。
「や、やめとこッ、ひなたちゃん!」
星華が驚いて言った。
「この素晴らしい申し出を断るなんて、神奈川県民はお猿さんの集まりですのッ!? 信じられませんわッ!!」
「そうだよ。うさぎ、特にこのポイント0保険っていうのは、入っておいて損はないんじゃないかな」
「ひなたちゃん!? 騙されないでッ!!」
本人の代わりに星華を煽ぎはじめた透が、苦笑して言った。
「騙す、はちょっと人聞きが悪いね。でも、アスターも落ち着いたほうがいいよ。この子たちに東京のクリフォトを分配するなら、毎週のように電車で通ってもらうことになるよ。それは大変じゃないかな」
「? 電車賃くらい払えるでしょう?」
「そうかもしれないけれど、東京で会合があるたびに来てもらうのはけっこうな負担になるよ。僕だって、もし横浜のクランから勧誘を受けたら距離を理由にして断るもの。家から遠いからね」
「むぅ。本気で魔法少女をやりたいならば、上京は必須だと思いますけれど」
「本気でやりたいならね。あと、これは大事な後輩のために言うけれど。アスター、先に上納金について説明するべきじゃないかな」
「ぽえ」
星華は急にとぼけたような顔になった。
「じょ、上納金……?」
「ああ。星華魔女計画では、レベルが10以上に上がったらレベルアップ時の獲得ポイントのうち10%~20%を師匠に譲渡しなくてはならないんだ」
「さ、詐欺ッ! カツアゲッ!」
思わず叫んだうさぎに、星華が怒鳴りつけた。
「詐欺じゃあありませんわッ! このポイントでクランを運用しているんですわッ!」
「うん、まぁこの上納ポイントでクランが運営されているのは事実だよ。それに高レベルになるほど、レベルアップ時のポイント獲得量は増える。上納なんて言葉は使っているけれど、クランに在籍するための会費だと思えば安いものさ。レベル10までは安定した経験値とポイントの保険があるし、それ以外でもメリットは沢山ある。初心者こそ入っておいて損はないだろうね」
透がのほほんと語る。星華はどこから取り出したのか、自作のパンフレットを広げた。
「それだけじゃありません! さらに! いま加入すれば、私アスター謹製のクリフォトwikiを365日24時間参照する権利も付いてきますわ!」
「クリフォトウィキッ!?」
「ええ。私たちの攻略した全てのクリフォトの情報、クリフォトに登場する敵の全データを網羅した辞典ですわッ! これさえあれば『係争』も『紛争』も楽勝ですわ~ッ! お~ほっほっほっほッ!! お~ほっほっほっほっほッ!!!」
「すみません。他のお客様のご迷惑になりますので……」
数人の店員がとうとう集まってきて、うさぎたちの座っているテーブルに苦言を呈した。眼鏡を付けた壮年の男性が申し訳なさそうに立っている。
「それと当店では、怪しげな勧誘行為は止めていただけますと……」
「あ、す、すいません」「ごめんなさいッ!」「申し訳ありませんわ……」「本当にすみません……」
全員が謝罪し、テーブルは静かになった。
店員が去っていくのを見届けてから、ひなたは口を開いた。
「うんと……星華さん、透先輩、話は分かりました。東京のクリフォトを勝手に攻略したのは謝ります。罰金の50ポイントも、余裕ができたらきちんと支払います。それでクラン加入についてなんだけど、私たち、実は今それどころじゃなくて。ちゃんと自分たちで判断できるようになってから考えることにします」
「アスターでいいですわ。そう? 仮加入もできますわよ? 先に予約を取っておくことも……」
「あ、ううん。私たちは現時点では、どのクランにも参加しません。今は目の前の、廃ビルの再戦のことで頭がいっぱいなんです。それが終わったら、今度は公式戦のことを考えなくちゃならないし。でも、誘ってくれてありがとうございます」
星華はため息をついて、肩をすくめた。
「本当に損得勘定の分からない方ですのね。これだから神奈川県民は」
「アスター、止めなよ。せっかく友好的に解決できたんだから、これ以上話をややこしくしないで。それより二人とも。魔法少女について、何か聞いておきたいことはある?」
透は星華魔女計画の社員証を財布にしまった。まだ唇を尖らせている星華をなだめながら、改めて二人を見つめた。
「ここからはクランとは関係なし。呼び出しに応じてくれたお礼として、僕たちが質問に答えるよ」




