第66話 誰がクリフォトを盗んだの? 1
翌日の土曜日。二人は早朝から、ひなたの行きつけの喫茶店で待っていた。
件の先輩は事情聴取を執り行う場所をこちらに選ばせてくれた。罪が発覚した後も、優しい先輩の態度そのものは崩れていなかった。
二人が各々に最後の晩餐のような味のしない食事を味わっていると、事情聴取の取調官――透がやってきた。
下はスラックスと革靴でシックに落とし、上はコットン地のワイシャツにショートベストを着ている。ワイシャツにはよく見ると繊細なレース模様とフリルが付いていた。
うさぎは今まで見たことのない麗人の登場に、思わず見惚れてしまった。
透は喫茶店の店内を軽く見まわしてから、二人のいる席に近づいて来た。軽く会釈してから、席につくと店員に注文を告げた。
「とても良い店だね。学校の近場にこんなにお洒落なカフェがあるなんて知らなかったよ」
「ここ最寄りに近くて、よく来るんです」
「そうなんだ。また時間のある時に案内してほしいな。こちらが?」
「はい。私の友達で、一緒に魔法少女をやっている藤村うさぎさんです」
「よよよよろしくおねがいします」
「はじめまして、藤村さん。僕は一条透と言います。魔法少女としての名はトリスエクレール。成瀬さんと同じ学校に通っているんだ。どうぞよろしく」
透は身を乗り出して、うさぎに手を差し出した。うさぎは震えながら、大統領とでもするかのように両手で握手した。
「むむむむーにーばにーです……」
「ふふっ。落ち着いて。取って食おうとしている訳ではないのだから。では改めて僕が来た理由を話そうか。成瀬さん、クランのことは伝えてくれたかい?」
ひなたはまだ注意深く、透のことを見つめた。場合によっては、このクランそのものと敵対する可能性があった。
「はい、簡単にですけれど」
透は微笑んだ。
「ありがとう。それで手間が省けるよ。僕たち、アスターウィッチスキームはクリフォトの再分配を目的に活動しているクランだ」透はそういって、東京都の簡易的な地図を見せた。「係争クリフォトの数は限られている。それを毎週のように奪い合っていたのでは、魔法少女同士が消耗するばかりで誰も得をしない。だから僕たちは平等に、不公平のないように、クリフォトを管理して分配している」
透は薄い笑みを湛えながら、つらつらと説明する。まるで今まで何度も同じ説明をしたことがあるかのように、淀みなく。
「君たちはまだレベル5になったばかりで知らないかもしれないが、係争クリフォトの取り合いは、はっきり言ってかなり不毛なんだ。主に『強襲』というルールを使用するんだけれど、これが厄介でね。先に侵入した側も、いつ何時襲われるか分からない恐怖に怯えて攻略を行わないといけない。そして1度でも強襲された魔法少女は相手を覚えて、奪い返しにくる。たとえ『強襲』はしないと事前に口約束していても、簡単に裏切られるのが魔法少女の世界だ」
二人は演劇のモノローグのような透の語りを黙って聞いていた。
うさぎは廃ビルでさつきが言っていたことを思い出した。『強襲』がクソ怠いのは全魔法少女の共通の悩み……少なくともこの点について、さつきは嘘を言っていなかった。
透は自らの社員証を取り出した。
「そこで、僕たちアスターウィッチスキームは、支配している全エリアのクリフォトを時間を決めて管理してるんだ。クラン内の魔法少女で連絡を取り合って、何曜日の何時は誰々さんが攻略していい、というようにね。所属する全ての魔法少女が、満遍なく、安全に、レベル上げに勤しめるように」
クリフォトの徹底管理。
それが彼女の所属するクランの攻略方法だった。たしかに、それが上手くいくならば早い者勝ちのクリフォト争奪戦に参加せずとも、手の空いた時間にだけのんびりとクリフォト攻略を行える。
ひなたが手を挙げた。
「それって、クリフォトの数は足りるんですか? あと……私たちみたいな初心者や、クランを知らない人が来たら、どうするんですか?」
透は小さな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「足りてはいないよ。でも、全体で均等に、漫勉なくレベルは上がっている。少なくとも1カ月の間に1度もクリフォトに触れず、みたいな事態は発生していない」言ってから、指遊びをするように両手を組んだ。「部外者が来たのなら、それは武力で退去してもらうしかないね。君たちのような、初心者の場合は……」
と、そこに注文していたプリンアラモードが届いた。うさぎは物欲しそうに見つめ、ひなたは先輩の学校とのギャップに驚いた。二人から凝視された透は、耳を赤くしてスプーンを手に取った。
「好きなんだよ。気にしないでくれ」
「は、はい……それで、初心者の場合は?」
「その初心者が、私たちのクランにどれだけ敵対的か、で判断される」
透はプリンアラモードを崩しながら続けた。
「つまり、その魔法少女がこれからもウチのクリフォトを荒らしに来そうかどうか、潜在的な敵になりうるか、だね。その場合は悪いけれど、周辺のクリフォトを徹底的にシャットダウンさせてもらうし、公式戦中もウチのクランから指名手配に合う。東京都最大クランの魔法少女を、すべて敵に回して生き残れるほど、コヴェナントは甘くない」
うさぎは息を呑んだ。
東京中の魔法少女が敵に回る……。想像するに恐ろしい状況だった。だが透には緊張感などなく、呑気にプリンアラモードにスプーンを突き入れている。ひなたが言った。
「じゃあ、私たちはどうなりますか?」
透は紙ナプキンで口を拭いた。
「軽めの罰金だね。申し訳ないが、本人に侵犯の意図がなかったとしても、見せしめにしなくてはいけないんだ。ただ君たちが初犯で、かつこの申し出にも応じてくれたのだから、罪はかなり軽くなっている。6月の初週ならざっと見積もって、経験値は300くらい稼げたんじゃないかな。ところで、君たちのレベルは今いくつだい?」
「私がレベル6で、ムーニーバニーはレベル5です」
透がスマホを開いて、簡単に計算する。
「じゃあ、すごく安く済むね。二人ともそれぞれ50ポイントの罰金だ。君たちがこれを支払うまでの間、アスターウィッチスキームの警戒リストに名前が載る。なに、警戒リストと聞くと怖いかもしれないが、要注意人物というだけさ。いまレベル5か6なら50ポイントくらいすぐ……」
ひなたはうさぎの残りポイントを思い出した。
その隣で、うさぎは絶望のあまり、両手で顔を覆った。
「あ、終わった」
「詰んだ……」
いきなり目の前で消沈した二人を見て、透はプリンを喉に詰まらせそうになった。
「ま、待ちたまえ!? すこし落ち着きなよ。たかが50ポイントだよ? それに、何も今すぐにという訳じゃない。ポイントの譲渡はまだ解放されていないだろうから、もっとレベルが上がってからで大丈夫だよ。リストに載るのがそれほど嫌だったら『対戦』で無理やり負けて50支払うこともできるけれど、そっちはあまり推奨しないね。警戒リストといっても注意すべきというだけで、別に何かされる訳じゃないからね」
ひなたが不服そうに言った。
「いやでも、待ってくださいよ……。当たり前みたいに罪を償う気でいましたけれど、やっぱり変じゃないですか? クリフォトって誰のものでもないんでしょ? 私たちだって、電車賃払って東京のクリフォトを取りにいったのに、後付けで罰金を取られるなんて……。そんなの不公平ですよ!!」
透はため息をついた。
「言いたいことはすごくよく分かるよ。でも、こちらも野良の魔法少女はガンガン摘発していかないと、クリフォトの供給が間に合わないんだ。僕たちだって、知らない子が消えていくのは可哀想だと思うけれど、それより仲間に消えられる方が辛い。それにね」
一条透――魔法少女トリスエクレールは自らのプロフィールを見せた。
『トリスエクレール/ニューエラ/レベル14/雷、無』
「レベル14!?」
「すごい……」
透はそれ以外の不必要なものを見られる前にスマホを仕舞った。
「結局、最後にものを言うのはレベルなんだよ。だから、僕たちは経験値とポイントを稼ぐためには手段を問わない。君たちも魔法少女をやっていれば分かるようになる。僕から話したいことは以上だよ。ああ、それと。もう東京のクリフォトに遠征しにくるのは止めた方がいい。次は罰金では済まなくなるから」
それだけ言って、先輩は黙々とプリンを食べ始めた。カランコロンと扉の開く音がして、貴婦人のような女性が喫茶店に入って来た。




