第65話 嫌な子
薄暗い部屋の中、うさぎは布団にこもってSNSの鍵垢に呟きを放っていた。
ここの所は毎日、学校が終わるとすぐに帰宅し、部屋に引きこもってこれを繰り返している。
『魔法少女やってる人って性格悪いんだ(ひなたちゃん以外)』『ポイント残り50笑 終わった笑』『笑えねー』『初心者を虐めて楽しかったでしょうね』『ぜんぶ私が弱くて臆病なせい分かってる死にたい』『ほんと無理』『何を考えてああいうことするのか本当に理解できないし、理解したくもない』
誰も見ていないSNSに欝々とした気持ちを吐き出す。
うさぎは「う、うわ˝ぁ~~~!!!!」と発作のような唸り声をあげて、スマホを布団に投げつけた。
うさぎの逃げ癖は、そのすべてが自らのリソースを保つために発揮されていた。
お金や時間、そして自身の健康と自己肯定感と尊厳。そういったものを外部から身を守るために、危機を察知して逃げ回って来たのに。
必死に逃げ回って逃げ回って、それでリソースを奪われてしまったのでは逃げ回る意味がないのだ。うさぎは悔しさにまた涙を流した。臆病だからこそ、自分が失ったものへの執着がぶり返してきた。
あのギリギリ違法っぽい『対戦』を咎める方法はないのかと、うさぎはずっと考えていた。
さつきが最後に言った言葉「警察に駆けこんでも無駄ッスよ」がぐるぐると巡っている。
警察がダメならパトロンならどうだろうか、とうさぎは丁寧な訴えの文章を作った。自分の感情を付け足すうちに、訴状はかなりの長文になってしまい、それをウルサにDMで送りつけた。
長文お気持ちメッセージを受け取ったパトロンからの返信は早かった。
『知るか』
『騙される方が悪い』
少し遅れて『ぶっ殺して奪い返せ』というアドバイスまで送られてきた。やはりパトロンは当てにならない。
開くのも嫌になったコヴェナントの画面を見る。
宝石はいまだ50ポイント。何かの間違いだったという訳ではなく、ちゃんと減っている。
ムーニーバニーのレベルは5に上がり、ウルトも開放されていたが、うさぎのわくわくするような必殺技ではなかった。ムーニーバニーの解放された必殺技は、これまた逃げるための技だった。
「やっぱり向いてなかったんだ。もうこのまま引退しよう……」
残り50ポイントで何ができるというのか。
うさぎは潔く決心し、もう何が起ころうがコヴェナントを開かないと決めた。
こんな見たくないものは通知も切ってしまおう。そう考えていると、数時間前にひなたから着信が来ていたことに気付いた。見ないようにしていたメッセージも届いている。
うさぎはひなたともちゃんと向き合おうとメッセージを開いた。
『うさぎ、助けて』
うさぎはひなたに電話をかけた。
*******
『ひなたちゃん、大丈夫ッ!?』
「うさぎ? 別に大丈夫だけど、どしたの?」
『通知見たの! 助けてって……!』
「あ、ごめん……その時は、本当にびっくりしすぎて電話かけちゃったんだ。いま、平気?」
『え、え、え? えっと、うん。ひなたちゃん、何があったの?』
「私一人じゃ抱えきれない問題が発生してて。でも、そんなことより二日ぶりにうさぎの声を聞いた気がする。うさぎ、元気になった?」
『……』
「まだ、あんまり大丈夫じゃなさそうだね。そうだ、土日どうする? 気分転換にどっか行こって誘おうと思っていたんだけれど……」
『うん!! 行こっ! 行きたいっ!』
ひなたはその弾んだ声を聞いて、胸が痛くなった。
「ごめん。誘おうと思っていたんだけれど、実はさっき予定が入っちゃって。それで、もしよければなんだけど、うさぎにも一緒に着いてきてくれない……?」
普段ならぐいぐい誘うはずのひなたの声はどこか遠慮がちだった。
『うん。もちろん、いいよ』
「ありがと。あとそうだ。明日の前に1回、会って話したいの。今からちょっと会えない?」
『わ、私はいいよ。でもひなたちゃん、バイトがあるんじゃないの?』
「うん、だからあんまり時間は取れないんだけど、どうしても話しておきたいの。ありがと。じゃあ、あそこのマックで」
『う、うん……』
ひなたは通話を切った。考えるべきことは山ほどあったが、うさぎが少しでも回復してくれていることが嬉しかった。
それから数十分後。
ひなたが制服姿のままマックで待っていると、息を切らしてうさぎがやってきた。
およそ二日ぶりだったが、うさぎの目の下には隈ができ、目元はまだ少し赤くなっている。うさぎのトレーには、ビッグマックとフィレオフィッシュ、ポテトのLサイズにナゲット5ピース、コーラのLサイズ、マックフルーリーにアップルパイが載せられていた。
「うさぎ、来てくれてありがと」
「あ、ううん。私こそ、メッセージ返せてなくてごめん」
「気にしないで。あんな事があった後だし」
うさぎはまた俯いて、ポテトをかじり始めた。
「ごめん。私が弱すぎたから、ひなたちゃんの足を引っ張ったから……」
「もう。それは一昨日ぜんぶ吐き出したでしょ? またやるなら私も謝るよ?」
「う、ごめん……」
水曜日の敗北の後、二人はこのマックでめそめそと反省会をしたのだった。
ひなたはうさぎを慰めるつもりだったが、喋っている内に自分でも「ああできた」「こうできた」が浮かんできてしまい、反省会のようになってしまった。二人はお互いの見聞きした情報を照らし合わせ、『対戦』で起きた出来事をなるべく正確に言語化した。
ただ負けた悔しさを語る会はいつのまにか試合のフィードバックのようになっていた。その途中でうさぎはまた泣き出してしまい、ひなたの門限が迫っていてお開きになったのだった。
「うさぎ、もう戦いたくないよね」
ひなたが言った。
うさぎがあれだけ勇気を出して、勝負に乗ってくれたのに負けてしまった。それどころか引退のために貯めていていたなけなしのポイントを失ってしまったのだ。
「あの子たちとは嫌かも……」
「そうだよね~……。うーん、2回目があったら勝てるんだけどなぁ」
根拠があるのかないのか、ひなたが能天気に言った。
ひなたはずっとこの調子で再戦を望んでいた。だが、うさぎに強制するつもりはないようだ。うさぎは食べかけのビッグマックをテーブルに置いて、ぽつりと言った。
「魔法少女って、みんな、あんなに嫌な子ばっかりなのかな……」
「え?」
「もちろんひなたちゃんは違うよ。でも、私も自分の性格が良いとは思えないし。なんだか、そういう嫌な子ばっかりが集められているのかなって……」
ひなたは少しだけ考えてから口を開いた。
「うさぎ、前も言ってたね。あの子たち、嫌な子だって」
「うん……だって、そうじゃない? 戦う前から嫌な感じだったし、勝っても負けても私たちのことを馬鹿にしてきそうだった……ひなたちゃんは、そう思わなかった?」
「ああ、それはそうかも。でも別に嫌な子とまでは考えなかったな。うさぎ、誰かと競い合うスポーツとかやったことある?」
「な、ない……」
ひなたは真剣な表情になった。
「えっとね、サッカーとか格闘技とか。しっかり勝敗の決まるスポーツの時って、より排他的な性格の方が勝ちやすくなるんだよ。排他的って言うと、ちょっと違うかな……競争を一番に考えてて、誰にも負けないぞ!っていう気持ちが強い人の方が、勝ちやすいの。その方が練習でも本番でも身が入るしね」
「それって、嫌な子ってこと……?」
ひなたは笑った。
「あはは。まぁ、結果的にそうなるかもね。私には、あの二人は嫌な子っていうより……"戦う覚悟を決めた子"に見えたよ。ただ性格が悪いんじゃなくて、勝つために敵を選んでるの。なんなら仲間とかチームメイトにはすごく優しいんじゃないかな。でも、あの場所で勝ち残るために、わざと私たちを揺さぶって来たんだよ。たぶんね」
うさぎは考え込むように黙った。屈託のない笑顔で話すひなたを見つめた。
「ひなたちゃんも、嫌な子になったりするの?」
「私? あ、あー……相手を揺さぶるのって、本当に強い相手には通用しないからなぁ。それに私は自分のことで精いっぱいだから、あんまり対戦相手のことをどうこう考えてられないんだよね。何よりも、やっぱり、戦う相手にはちゃんとリスペクトを持たなくちゃ!」
「リスペクト……」
「そう! ほら、ご飯食べる時だって、いただきますって言うでしょ? いや、あれ、なんか違うかも……。ともかく、あの子たちは別に嫌な子じゃないよ。うさぎだって、友達になれると思う。あの子たちは、魔法少女としてちゃんと戦おうって覚悟を決めただけなんだよ、きっと」
眩しいくらいのひなたの笑顔を見て、うさぎはどうしたら心にそんなに輝きを持てるのかと羨んだ。
そして、改めて自分が魔法少女を続けていることを申し訳なく思ってきた。20万のくだりでわちゃわちゃと騒いでしまったが、真剣に魔法少女をやっている彼女たちが勝利して、ポイントを奪っていくのは自然なことだったのだ。
もちろん、初狩りされたことは絶対に許せないが。
うさぎには戦う覚悟なんて持てそうにない。嫌な子になる勇気もなかった。でも、一緒に居てくれるひなたのポイントまで奪い取っていったことは許せなかった。ムーニーバニーは引退するつもりだが、サンライズハートはそうではない。
「ひなたちゃん、次に戦ったら私たちは本当に勝てる? ポイントを取り返せる?」
「うん。同じ条件だったら4回中3回は勝てるよ。うさぎもレベル上がってるしね」
ひなたは口調を真剣なものに戻した。そして飲んでいたアイスコーヒーを置いて、うさぎに向き直った。
「でも、うさぎ。ちゃんと聞いてね。もし戦ったら4回に1回は負ける可能性がある。次にポイントを取り返すことを考えたら、うさぎのポイントはもっと減るかもしれない。私の方から多めにとっていってもらえたらそうするんだけど、それでも負けたらうさぎのことを守り切れない」
ポイントが0になれば、どうなるか。
強制的な引退だ。
そして、それはウルサやマーキュリーに警告されたレベル5分のポイントを保持しての戦略的な引退とは異なっている。つまり、マーキュリーが言う所の『交通事故に遭うかもしれない』引退なのだ。
「うん」
ひなたは息を吸い込んだ。
共に命の危機を乗り越えた友達を、またもや自らのエゴに巻き込もうとしている。その悪意と凶悪さを自覚しながら、ひなたは椅子を引いて距離をとってから、うさぎを見つめた。
なるべく友達の距離感を使わないように。
共感能力の高いうさぎが、私の願いを汲んでしまわないように。
「次は、絶対に勝つ。確率はまだ75%だけど、私が頑張って100%まで引き上げる。だから、うさぎ、お願いがあるの。もう1度だけ、私と一緒に戦ってほしい」
うさぎはフィレオフィッシュから手を放した。うさぎは、怯えても怖がってもいなかった。いつものおどおどした様子が一転して、凛とした佇まいに変わっていた。
「ひなたちゃん、また一人で責任を取ろうとしてる」
そして椅子を一歩近づけた。友達の間合い、お互いの願いが濁り合う距離まで近づいて、うさぎは言った。
「戦おうって言った時、私も半分出したんだよ? あれは二人で決めたんだから! だから……私からもお願い。私と一緒に戦って、あ、あの子たちに勝たせて!」
ひなたは目を見開いた。その大きな瞳には、戦う覚悟を決めたうさぎの姿が映っていた。ひなたは強く頷いて、少しだけ泣きそうになった。
二人はお互いに目を見合わせて笑った。
と、ひなたはここに来た用事を思い出した。
「あっ。それでさうさぎ、今度は一生のお願いがあるんだけど」
「え、うん! 何でもするよ! 地獄の果てだって着いてくよ!」
「実はいま、クリフォトのことで訴えられそうになってて……明日、私と一緒に謝ってほしいの……お願いッ!」
「え、え……え˝ッ?」




