第64話 敗北の後
あらすじ:
廃ビルのクリフォトで、初めて魔法少女同士の『対戦』を経験したひなたとうさぎ。だが、『対戦』がポイントを賭けて行うものだと知らなかった二人は、敗北し大幅にポイントを奪われてしまった。
金曜日の昼休み。
ひなたの通っている女子高には校舎に併設されたチャペルがあった。
昼休みの間、そこは一般開放されている。昼食を終えたあとに一休みするもよし、讃美歌の練習に耳を傾けて居眠りをするもよし。何をするでもなく、木造建築から漂う歴史の香りを楽しむもよし。
そして、集中して考え事をするのにこれほど打って付けの場所もなかった。
ひなたは讃美歌の歌われる声に紛れ、一番後ろの長椅子にぼんやりと座っていた。
「うさぎ、大丈夫かな……」
水曜日の敗北から二日たっても、うさぎからの返事はなかった。
コヴェナントとメッセージアプリの両方から連絡を入れていたが、どちらも既読無視されている。
あの日、戦いのあとでマックに寄り、うさぎを慰めてから駅に送り届けた。うさぎは泣いても泣いても泣き止まず、結局門限が近づいて来たのでそのまま帰してしまったのだ。
それ以降、うさぎからの連絡は途絶えている。
6月も第二週が終わろうとしていた。公式戦を迎えるにしても、今のレベル5でポイント50のままではどれほどひどい目に遭うかも分からなかった。
「土曜、どうしよう……もう行けるクリフォトはないんだよね」
毎週末に行っていたクリフォト遠征も、このままではストップしてしまう。
近隣の係争クリフォトは、平日の夕方にあっという間に攻略されてしまっていて奪いに行く暇がない。
攻略されたクリフォトには次回の解放時間がしっかり示されているため、狙い撃ちすれば『強襲』しにいけないこともないだろう。
だが、係争クリフォトの解放時間はどれも平日に偏っていた。もはや土日に開くようなものはないようだ。社会人や学生には優しくない設定だった。
「うさぎを誘って、気分転換にどっかいこうかな。また東京とか、知らない土地のクリフォトを探しに行ったり……」
試しに係争クリフォトの検索をかけてみる。他の土地にもクリフォトは存在している。遠方まで足を延ばせば、空いているクリフォトがあるかもしれない。
と、ぼんやりとマップを眺めていたひなたの視界の端で、一人の生徒が近づいて来るのが見えた。
背の高い、ショートヘアの少女だった。それはゆっくりとひなたの前までやってくると、声をかけてきた。
「ちょっといいかな?」
リボンの色は緑、つまり現2年生の先輩だ。すっと伸びた背筋に愛嬌を湛えた笑みがひなたを見下ろしている。髪の短さもあいまって、顔の整った青年のようにも見える。
「あ、はい。何でしょうか?」
先輩はひなたの持っているスマホに目を向けると、口元に手を添えて何事か呟いた。講堂でのスマホ使用を咎められている、とひなたは身体を強張らせた。
緊張したひなたを見て、先輩はくすりと笑った。
「成瀬陽葵さんだよね。隣に座っても?」
「どうぞ」
ひなたはよく知らない先輩のために席を空けた。
先輩は近くで見れば、舞台俳優のような美しい横顔をしていた。眉は凛としてまっすぐ揃えられ、目元は切れ長で、優しさよりも理知を感じさせる黒目がこちらを覗いている。薄く笑った唇からは真っ白な歯が見えた。
「君も魔法少女なんだろう?」
先輩は、ブレザーのポケットから自身のスマホを取り出した。
スマホは黒地をバックに、淡い紫色の紫電がたわんだレースのように波打つ装飾がされていた。非売品のような特徴的な装飾を見て、ひなたは声を上げた。
「ええっ!?」
********
先輩はひなたにスマホを見せると、悪戯っぽく笑った。
「先に自己紹介をすべきだったね。僕は2年生の一条透。魔法少女としての名はトリスエクレール。どうぞよろしく」
ひなたは目を瞬いた。
一条先輩と言えば、弓道部のエースで1年生の間でも人気の皆の憧れの先輩だ。このお嬢様学校に、ミュージカルから出てきたかのような美形の先輩がいるとクラスでも大きく話題になっていた。
聞くところによれば親衛隊やらファンクラブが秘密裡に動いており、一般の生徒は先輩に話しかけたりしただけでも制裁を受けるという。
その一条先輩が目の前にやってきている。まさか実物をこんな間近で拝めるとは……。ではなく、先輩も魔法少女であるという事実にひなたは驚いた。
「わ、私は、サンライズハートって言います。まさか、同じ学校に魔法少女やってる人がいるだなんて、思いもしませんでした! それどころかあの一条先輩がそうだったなんて! あっ、よろしくお願いします!」
「僕のことを知っているの? こんなに可愛い一年生に名前を覚えてもらっているなんて、とても光栄だね。ああ、それと僕のことは透でいいよ」
か、可愛い!?
普段あまり言ってもらえない形容詞にひなたはクラクラした。
たまにうさぎから飛んでくる「かわいい」を除けば、ひなたをかわいいと呼んでくれる人は貴重なのだ。この人は絶対に良い人だ。ひなたは忠犬のように、透に心を開いた。
「はい、透先輩! あの実は私まだコヴェナント始めたばかりの初心者なんです。もしよかったら、色々と教えていただけないでしょうか!」
透はくすくすと笑った。
「ああ、いいよ。元よりそのつもりだったからね。ただし、先に僕の用件を話してもいいかな?」
「はいっ!!」
「良い返事だね。さて何から話すべきか。成瀬さん、君はクランというものについて知っているかな?」
「クラン?」
ひなたは言った。初めて聞く言葉だった。
透はうっすらと微笑みを湛えたまま、ひなたに説明した。
「クランは、魔法少女の集まりだよ。ゲームでいうギルドみたいなものかな。あっ、ゲームがあんまり分からないか。じゃあ部活とかクラブでどうかな。魔法少女だけのクラブさ」
ひなたは目を丸くして言った。
「そんなものがあるんですか?」
「ああ、高位のクリフォトは集団での参加が必須になるからね。もともと、それ用に集まっていた魔法少女たちが作ったものなんだ」
「全然知りませんでした」
レベル5になるまでムーニーバニー以外の魔法少女と交流がなかったのだ。まるで出遅れてしまったかのように感じ、ひなたの顔に焦りが浮かんだ。
そういったものがあるなら情報の交換や出回りも早い。
クランに参加できているか否かで、初心者魔法少女の成長度合いも大きく変わるのではないか。
そんなひなたの不安を見て取ったのか、透は安心させるように柔らかく言った。
「知らなくても無理はないよ。低レベル帯の魔法少女は入れ替わりが激しいから、レベル5を超えるまではこちらから接触しないようにしているんだ」
「そうなんですね……良かったぁ。私たちだけ出遅れたわけじゃなかったんだ」
透は制服のポケットから財布を取り出した。そこに挟まれた一枚のカードを抜きだす。カードには紐が付けられていて、会社員が付けている社員証のようだ。
プラスチックケースに入れられたカードはアイボリー地を背景に、社員番号や氏名が英語の筆記体で綴られていた。カードの左部分は夜空のようなネイビー色に色分けされていて、金字で社訓などが記されている。
透がカードの字面を指で追いながら説明する。
「僕が所属しているのは東京都最大のクラン『アスターウィッチスキーム』。参加人数、実績ともに最大手とされているクランだね」
「す、すごい!」
透は恥ずかしそうな顔で言った。
「自分で言うのもなんだけれど、関東ではウチが一番大きいと思うよ。東京都に住む魔法少女はだいたい皆ウチに所属している。発起人が起業の真似事をしたいっていうから、なんだか会社みたいなんだよね。僕もほらエリアマネージャーだし」
そういって、社員証をぷらぷらと見せてくる。裏面には透の顔写真と、職務などが記されていた。
「エリアマネージャー!? すごいですね!」
透は本格的に耳を赤くして、顔を背けた。
「うう、言わなきゃ良かった。別にすごくないんだ。僕が神奈川の学校に通ってるってだけで決まったんだから」
「そういえば。透先輩は東京から通ってるんですか?」
「そうだよ。普段のクリフォトも家の近くのものを使ってる。むしろ神奈川県の魔法少女事情には疎いんだよ。ああ、そうだ。サンライズハートさん、君に話さなくてはいけないことがある」
透は急に真剣な表情になり、ひなたの肩を掴んだ。
ひなたは目を輝かせた。
まさか、まさか、まさか。
東京最大手の魔法少女クランがからお呼びがかかってしまった。学内でも憧れの先輩からの呼び出しなんていうシチュエーションにひなたの心臓は高鳴った。すぐさまうさぎに連絡を入れなくてはならない。二人一緒に参加させてもらえるのだろうか?
ひなたは心を躍らせて尋ねた。
「まさか、スカウトですかッ!?」
「いや、違うよ。君、6月の初日に東京のクリフォトを攻略しただろう。あれ、実はうちの管轄なんだ」
「へっ?」
「ああ。だから、うちの社長が怒っていてね。怒鳴り込んでくる前に僕が派遣されたんだ。今週の週末って、空いてるかな?」
「あの、ちょっと、待ってください。えっと、じゃあ私に用事があるっていうのは……」
「事情聴取だね。罪状は、当該クリフォトへの予告なしの攻略だ」
午後の日差しの中、讃美歌の流れるチャペルで、ひなたは両手で口元を覆って悲鳴を抑え込んだ。




