第62話 決着
ひなたは目を開いた。
五感が戻ってきて、現実の肌寒さに驚いた。湿っぽい埃の匂いがして、ただの高校生である自分の身体が急に弱々しく感じられた。
全ての痛みや熱は冷め、長期間の試験を終えたあとのような気だるい高揚だけが残っていた。
「負けた」
悔しい、という思いは少なかった。
もっと何かできた、という気持ちこそあれ、次に生かしたいという思いの方が大きかった。まだまだできることはあるし、学びがいくらでもあった。
時間が許すなら、今からもう一戦お願いしたいくらいだった。
「ひ、ひなたちゃん……」
スマホを手にもったうさぎが駆け寄ってくる。目には涙が浮かんでいた。
「ごめん、うさぎ。勝てなかった」
「ううん、私がもっと頑張ってれば……私が、余計なことしなければ……!」
うさぎは、上層のインプを攻撃しにいこうとして、逆に追い詰められてしまったことを謝っていた。
あの行動でムーニーバニーがダウンし、敵に戦力が増えてしまった。だがうさぎが倒されていなければ、ひなたは下層での戦いに集中できなかったかもしれない。
ひなたは首を振って、うさぎの肩に触れた。
「お互いに、謝るのなしにしよ。私もいっぱい謝りたいけど、我慢する。いやー、でもさ、でもさ! 初心者にしては、私たち頑張ったほうじゃない? レベルも相手の方が上だったのに!」
「う、うん……! ひなたちゃん、最後すごかった!」
「へ、見てくれてたの? ……見れるの?」
「あ、うん。あの、さつきちゃんが教えてくれて……」
うさぎは特殊なブラウザアプリで動画配信サイトを開いていた。
左上には「Witch」というロゴが載っていて、画面中央は真暗になっている。どうやら魔法少女同士の戦いはこのサイトから見ることができるようだ。
「え!? 見世物だったの!?」
驚いて言ったひなただったが、たしかに初めてコヴェナントに巻き込まれた時、マーキュリーに酒場のような店に連れていかれた。あの時は混乱していたが、店にあるテレビで実況中継がなされていた。
「う、うん……」
うさぎがおずおずと目を向ける。
そちらでは、戻ってきたアキラが他の仲間たちとハイタッチしていた。
「しゃっ! しゃあっ! しゃあーッ!!」
さつきは喜びのあまり、握りこぶしを掲げている。彼女の仲間たちが呼応して、叫び声を上げる。
ホーム球場での試合に勝利したチームのように、勝者の魔法少女たちは周囲から歓声を受けていた。
敗北チームでありアウェーであるうさぎは肩身の狭さに、自らの身体を抱きすくめた。
「勝利おめでとう、良い勝負だったね!」
ひなたが笑顔で、勝者の二人に話しかけに行ってしまった。うさぎは相方の陽キャっぷりに口を開けて慄いた。
歓声を上げていた集団がぴたりと止まる。アキラだけがピースサインを返し、ひなたに笑いかけた。
「ありがと~♡ ほんとに~♡ センパイ強くって、冷や汗とまらなかったぁ~♡」
「アキラちゃんも、すごかったよ! 悪魔を呼べるなんてすごいね! さつきちゃんもいっぱい叩いちゃってごめんね!」
「ッス……」
「あのわんこ可愛いね! 今度私にも乗せてほしいなぁ~」
「いや、それは無理だから」
さつきが青い顔で言った。そこには嫌悪以上の感情が見え隠れしていた。ひなたはそれを物ともせずに言った。
「二人のおかげで、すごく勉強になったよ。またやりたいね! あ、もちろんここのクリフォトは狙わないよ。でも、また戦いに来てもいいかな?」
さつきとアキラが、顔を見合わせた。そこには奇妙な笑みが浮かんでいた。
二人の目線がうさぎに向く。
うさぎは水位がごぽごぽ、と音を立てて上がってくるのを感じた。
出会った時に感じた悪意……二人の中学生が隠していた悪意がたった今、その本性を現したかのようだった。
さつきが言った。
「いやぁ~、どうっスかね。2対1じゃこっちも申し訳ないんで」
「う~ん♡ アキラたちがどうこうって言うよりぃ♡ うさうさ先輩が、魔法少女できね~かも?♡」
まるで今の試合内容を煽っているかのような物言いに、ひなたは反論した。
「そんなことないよ。うさぎは活躍してたよ」
「違くて。もう、魔法少女できねえって話ッスよ」
「うさうさ先輩、レベルいくつになったぁ?♡」
「えっ? えっ……え?」
うさぎは心臓をバクバクとならしながら、コヴェナントのプロフィールを開いた。
しっかりとレベル5に上がっている。スキルも増え、公式戦も解放された。ひとまずは安心だ。彼女たちは嘘をついていなかった。
「よかった、レベル5に上がってる……」
そして、右上の宝石の数を見た。
200ポイントからレベルアップによって+100。合計で300ポイントの宝石が溜まっているはずだった。
「なに、これ……」
「うさぎ?」
「ひ、ひなたちゃん……! 私のッ、私のポイントが!」
さつきの笑い声が響いた。アキラは唇に手を当てて、残念そうに言った。
「あ~あ♡ レベル上がっちゃったかぁ♡ ゼロ落ちさせらんなかったぁ♡」
うさぎは震える手でスマホの画面を見た。
そこに映る宝石の数字は50ポイント。
うさぎの残りポイントは50まで減っていた。
さつきが自分のスマホを開き、増えた宝石の残高を見て言った。
「だいたい20万か、ごちっす。うさセン」




