第59話 PvP 11
隊列の後方で、太陽の魔法少女による虐殺が始まった。
サンライズハートは身軽になった足で壁を蹴り、ウコバクたちのスプーンすら足場にして、手斧を悪魔の頭に叩きつけた。
前方にばかり注意を向け、後ろを警戒していなかったウコバクたちは次々と屠られていった。
慌ててスプーンを構えようとした前列は、さらに中列のウコバクたちに邪魔されて身動きが取れなくなっている。悪魔たちは逃げ惑いはしないものの、指揮官の命令がないと動けないのだ。
デュナテルミスは選択を迫られた。
隊の真後ろから、台風みたいな女が悪魔の脳天をかち割りながら迫ってきている。
ここで廊下にルーンの罠を再形成すれば、勢いを止めることができるだろうか?
いいや殺しながら壁を跳ねるあの女が、罠を踏むかは分からない……! もし罠を踏まなかったら、中列のウコバクが無駄に死ぬ。いっそ、ウコバクたちを犠牲に手斧を投げるべきか?
そこで、サンライズハートと目が合った。
「ひゅッ……」
日輪を背負った魔法少女は、片手間に悪魔を切り刻みながら、ガン開きの瞳孔でこちらを凝視していた。
デュナテルミスは恐ろしさに息を詰まらせた。あの女は悪魔の集団を殺しながらも、こちらの動きをじっと監視している。まるで、目標はただ一つとでも言わんばかりに、こちらをじっと見つめている。
その恐怖のあまり。
デュナテルミスは、もっともつよい行動を強いられてしまった。
この盤面を覆す、通れば必ず勝つ必殺技を、吐いてしまった。
――――――――ULTIMATE♡READY――――――――
「『獲物の歌』」
フードを脱いで、喉を震わせる。
デュナテルミスのウルトは半径50メートル以内のすべての敵に呪歌を聴かせるというものだ。そして、呪歌を聴いた敵は5秒間の間、無防備な鹿に変身してしまう。
コヴェナントにおいて、5秒間の無防備というのは死を意味する。
歌えば、勝てる。
ただ歌うだけで、周囲の敵を同時に止める最強のクラウドコントロールだった。
ただしそれも、歌えれば、だ。
サンライズハートのヘリオスケインにも居合のモーションがあるように、多くの必殺技には予備動作があった。
デュナテルミスの『獲物の歌』も同様で、効果が強力な代わりに発生は遅い。本人が最低でもワンフレーズは歌う必要があるからだ。
「ラ、ラァ~……♪ ラがッ!!! かひゅッ……! かひゅッ……!」
頭を上げ、喉を晒したデュナテルミスの首に、投擲された手斧が突き刺さった。
もう歌が歌えない。
デュナテルミスは口をぱくぱくと開いた。
喉から斧を引き抜かないと、ウルトが使えない。
そうしてじたばたともがいている内に、スプーンを奪ったサンライズハートがウコバクを飛び越えて、デュナテルミスの目の前に立った。
「サンライズスプーンッ!!」
デュナテルミスのHPはまだ300はあった。
だが反撃しようと腕を動かすたび、それよりも速く炎を纏ったスプーンが左右に振るわれた。
罠を使おうと伸ばした指はスプーンの殴打で叩き潰された。
後ろから助けようとするウコバクはスプーンの柄で押し返された。
やがて、デュナテルミスは動かなくなった。
サンライズハートは初めて魔法少女を倒した感慨にふける間もなく、後ろで放置していたウコバクとの戦いに戻った。指揮官を失った悪魔たちは次々と倒されていった。
魔法少女デュナテルミス、ダウン。
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トリックはシンプルだ。
ひなたは小学生の頃、兄と共に本気で忍者に就職しようと考えていたことがある。その修行の一環で、壁の隅に足の指の力で留まったり、パルクールのように三角飛びをする練習をやっていた。
現実ではアニメのように上手く飛ぶことはなかったが、それでも壁に足をかけるとっかかりのようなものは掴んでいた。
そして、2階のクリアリングと階段の罠を調べているうちにひなたは気付いた。
このルーン罠は律儀にも、床や階段といった足が着く場所にのみ仕掛けられている。
ブーツを脱いで裸足になったサンライズハートの身体能力をもってすれば、罠のありそうな地帯で、壁だけを蹴って床を踏まずに駆け抜けることは容易かった。
これが1つ目の突破口。
2つ目の突破口はウコバクのスプーンの壁だ。
追撃してきたウコバクはどれも足が遅く、方陣を組んでいない時の防御力は著しく下がる。2階まで追ってきた小集団も陣を組む前に奇襲してやれば難なく崩すことができた。
そこでひなたが考えたのは廊下を往復させて、ウコバクの陣形を崩す、という作戦だった。
まだ1階で待ち受けているだろうデュナテルミスは、落とし穴に反応があればそちらに注意を払う。少なくともウコバクに見に行かせるだろう。そして、時間を置いて逆側でも同じことをして、スネアを利用した移動を匂わせる。
実際は、2つのスネアを発動させたあと、サンライズハート本人は必死に走って5階分の階段を降り、壁を蹴って後列に追い付くというパワープレイだった。
最後のウコバクから奪ったスプーンを担ぎ上層に向かっていたサンライズハートは、7階の階段にもルーン罠が残っているのを見つけた。
「本体が倒れても、設置した罠は残るの!? 優秀なスキルだなぁ……」
こういったチーム戦では、自身が敗北した時に味方に何を残せるかが勝敗を分ける。それで言うと、サンライズハートは自分が倒れたらムーニーバニーに残せるものがない。
「せめて私が倒れた時は、ムーニーバニーに情報くらいは落とさなきゃ、だよね……! でも戦闘中に通話なんか、できるのかな」
サンライズハートはムーニーバニーが逃げ回ってる最中に通話をかけるのを控えていた。
自分自身が戦闘中に、電話されるとマルチタスクのできない人間であることを知っていたからだ。自分の通話によって、味方が落とされてしまっては元も子もない。
「こういうのも事前に決めておかなきゃだね」
当たり前のように次の戦いのことを考えながら、サンライズハートは罠を避けて上階へと昇って行った。
窓の外からインプたちがキィキィと鳴いている。位置はすでにバレていた。サンライズハートもそれを隠すつもりはなかった。
このあと最も困るのは全戦力をぶつけられて、袋叩きにあうことだ。だが、この狭い階段と廊下ならば包囲される前にどうにか逃げ切る自信があった。
「お」
10階から先の階段で、大量のウコバクがスプーンを構えていた。ウコバクたちはサンライズハートに気付くと、可愛らしい声で号令をかけて一歩ずつ前に進んでくる。正面突破は難しそうだ。
サンライズハートは困り顔になって階段を下りた。
ウコバクたちは追ってくるようなことはせず、持ち場に戻っていく。すぐさま報告が飛んだのか、サンライズハートのいる9階の窓にはインプたちが大量に張り付いていた。位置が完全にバレた。
「困ったな、少しがいいんだけど……」
サンライズハートはそう言って、マップを開いた。
上層へ向かう階段は2つあり、そのどちらもがウコバクによって包囲されているだろう。他に上に向かう手段としては、8階に広いバルコニーのような屋外に通じるテラスがあった。ムーニーバニーさえいれば、ここから上に飛べたかもしれない。
サンライズハートは追従してくるインプたちを見て、ため息をついた。そして8階への階段を降り始めた。心配そうに独り言を呟いた。
「小さいのだけで、足りるかなぁ」




