第58話 PvP 10
サンライズハートはマンションを揺るがす轟音に顔を上げた。うさぎの悲鳴が聴いた気がした。
マップを開く。
立体的に高低差の表示されたマップで、ムーニーバニーはかなり上層階に移動していた。ムーニーバニーの視界は赤いピンだらけで埋まっていて、HPもごりごりと削られ続けている。
やがて、そのHPバーが0になった。
「うさぎッ……!」
はじめてのHP0だった。
ひなたはうさぎの最期の瞬間を思った。
きっと、すごく怖かっただろう。敵に囲まれて、頼れるものもなくて。
一人きりの廊下は静かだった。まるで耳鳴りのように、うさぎの助ける求める声が脳裏に響いている。
「うさぎ、ごめん……また怖い思いをさせちゃった……」
ひなたは呟いた。
元はと言えば、自分の不注意から起こった分断だ。
自分がもっと強ければ、もっと注意深ければ、こんなことにはなっていなかったのに。
マップ画面に『魔法少女ムーニーバニー、ダウン』という文字列が浮かぶ。味方が倒れた時は通知してくれるようだ。
サンライズハートは数秒間の間、目を瞑り黙祷するかのようにムーニーバニーのことを想った。
「……」
たっぷりと10秒ほどうさぎへの鎮魂を終えると、サンライズハートはふらつく頭を振った。頬を叩いて気合を入れた。
「よし。じゃあ、ここからどうやって勝つか考えなきゃ」
私の良くない所だなぁ、とひなたはぼんやり思った。
兄や曰く、ひなたは本質的に合理主義なのだ。ここからはムーニーバニーを守るために割いていた思考のリソースをぜんぶ自分の攻撃のために使用できる。
もちろんムーニーバニーがいる間は、二人で勝つための手段を考える。
ひなたはこう見えて真剣にムーニーバニーの強みを理解している。ただ仲良しであるという以上に、ムーニーバニーの実力を相方として認めている。
だから普段の戦いの時は自分の行動に60%、ムーニーバニーの行動に20%、そして二人のチームワークや作戦立案に20%くらいの思考を割いていた。
当たり前だが、それがもっとも効率が良いからだ。
だが独りになった今、サンライズハートは司令塔ではなく純粋な選手だった。
自分だけのリソースを管理し、自分だけの勝利条件を追い求めれば良かった。
複雑な思考が苦手な彼女にとしては、すごく楽になった。目の前の敵を打ち崩し、戦いに勝利をもたらすことだけが彼女の目標となった。
「うさぎ、待っててね。私、勝つから」
サンライズハートの持っている武器はデュナテルミスの投げてきた手斧一本。それも鎖骨に刺さったのを引き抜いたもの。
HPは85で、とっくに赤色だ。しっかりと気を張っていないと、頭がふらふらして戦闘にも集中できない。
救いがあるとすれば、ウコバクとの戦闘で少しだけウルトの%が上がっていることくらいだろう。
ウルト。
――そういえばヘリオスケインの直撃を受けたさつきちゃんは、あとどれくらいHPが残っているんだろ?
レベル7だから最大が1100と仮定しても、まだまだたらふく残ってそうだ。手斧のダメージが70点くらいだとすると、先ほどの顔面直撃でも大して減らせてなさそう。
衣装が変わったことは何? あれが彼女のウルト?
――いや、違う。
「ニューエラの癖に知らないんスか?」と彼女は言っていた。
同じくニューエラのサンライズハートの衣装が変わってない以上、ニューエラのウルトにそういう一般傾向があるわけじゃない。
さつきちゃんは何らかの理由で、衣装を交換できる。理由は分からないから、いったん考えなくてよし。
――ということは、さつきちゃんはまだウルトを残している。
あれだけ矢を当ててきてるんだから、とっくに溜まってておかしくない。
でも、だったら、なんで、もっとガンガン攻めてこないのだろう? 悪魔を捨て駒みたいにして、自分でトドメを刺しに来ないのだろう?
私のHPが残り少ないことももうバレてるはずなのに。単に慎重なだけ? そういう作戦?
……。
ひなたは深く息をついた。
「……そっか。そっちもHPが少ないんだね」
サンライズハートは手斧をくるくると回しながら立ち上がった。
2階まで先行してきたウコバクの群れを倒したせいで、2階にいることはバレている。
だが、デュナテルミスは追ってきていなかった。何かの罠かと勘繰ったが、向こうも警戒していたようだ。サンライズハートは無人の廊下を遠回りして、もう1つの階段を発見した。
慎重に足を踏み出すと、白い線のようなものが輝いているのが見えた。
どうやらこの白い線を踏むと、魔法の罠が発動するらしい。ルーン文字は全く読めないが、書いてあるマークからなんとなく罠の傾向が分かった。
サンライズハートは足を大きく開いて、白い線をまたいだ。窓の外をインプが飛び回っている。サンライズハートが外に逃げたのではないか、と探し回っているようだ。
あまり時間をかけると、上層にいるムーニーバニーを倒した戦力が下ってきてしまう。
サンライズハートは白い線を踏まないように注意しながら、階段を駆け上がった。
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『よ♡ 今日、すき屋いくぅ~?♡』
「行かねえよ、うさセンは?」
『食った食った♡ 戦力増強~♡ つ~わけで、ラスキル取った方に奢りね~♡』
「言ったな? 負けねえから」
デュナテルミスの口元に思わず笑みがこぼれた。これで2対1だ。あのすばしこいうさセンが落ちれば、赤い方の足はなくなる。
罠で仕留めてもいいし、弓に戻って上から射殺しても良い。何より自分が倒れても、ルシフェリカの悪魔軍団がたっぷり残っている。
少なくとも、これで勝利は盤石なものとなった。
それがデュナテルミスの心を落ち着かせた。2階に逃げ込んだサンライズハートは、斥候として送ったウコバクを全滅させていた。
向こうから1階に降りてくることを予想して、階段には大量のルーン罠をしかけておいた。だが、一向に降りてくる気配がない。
上に逃げたのか、とデュナテルミスは考えた。
あるいはうさセンを助けようと走ったのか。どちらにせよ、下は罠祭りで上は悪魔祭りだ。上層に行けば無傷のルシフェリカと彼女の配下たちが待ち受けている。どちらに向かわれようが、勝利は確実だった。
「お? 焦ってんじゃないスか?」
デュナテルミスのスキルに反応があった。5階の階段に仕掛けておいたルーン罠、落とし穴が発動したのだ。
やはりサンライズハートは上層に走っていたようだ。落ちてくる位置は今いる廊下からちょうど真逆だ。さっそくウコバクをけしかけ、包囲しにいってやろう。
デュナテルミスは足の遅いウコバクたちをせっついて、そちらに向かわせた。
階段に面した廊下に新たにたっぷりと罠を仕掛け、出てくるのを待つ。デュナテルミスの罠には30個という設置上限があった。上層にいくほどに数を減らしてあり、いま1階の廊下には10個ほどの罠が仕掛けられてある。
「は……?」
ところが、今度は5階階段の反対側に仕掛けた落とし穴が発動した。意味が分からなかった。
一つしかない身体で2つの罠に当たりにいくことはできない。デュナテルミスは今までのサンライズハートの行動力を考えた。
わざと罠を踏んで、落下してきた……?
ということは……念のために最初の階段を見に行かせると、そこにはボロボロになったサンライズハートのブーツが片っぽ落ちていた。脱いだブーツを投げ、罠を発動させたのだ。
「畜生ッ! 逆側だ、走れッ!」
デュナテルミスは鈍足のウコバクたちをせっついた。
疲れた歩兵連隊のように、ウコバクたちはスプーンを担いで走った。デュナテルミスは罠を素早く解除して、駆けこんだ廊下に張り巡らせた。サンライズハートが階段から飛び出てくるのを、今か今かと待った。
出てこない。
前衛のウコバクに探りに行かせると、もう片方のブーツを見つけた。
「何だ? 何を考えてる」
デュナテルミスはルシフェリカに通話を繋いだ。
『お♡ どった?♡』
「いねえ、そっち行ったかも。階段に気を付けろ」
『焦んな、焦んな♡ 階段はばっちりウコバクちゃん敷いてるし、外はインプとマルコシアスに見張らせてるっつーの♡』
「ウコバクじゃ相手になんねえよ」
デュナテルミスは通話を切った。燃え盛る炎と油でダメージを与えていくのがウコバクの本領だ。あの両腕に炎が灯った魔法少女にはどうしても効きが悪い。
と、ちょうど真後ろに配置していたウコバクが、マスコットのような可愛らしい声で悲鳴をあげた。
手斧を構え、両足とも裸足になった日輪の魔法少女が凄まじい速さで近づいてきていた。




