第57話 PvP 9
「お邪魔しましたぁッ!!」
ムーニーバニーは廊下を駆け、ウコバクの追跡を振り切った。スプーンを武器にした悪魔たちは隊列を組んでるため、狭い所では速く走れないようだった。
そのまま8階の廊下を駆け抜けると、外壁の崩れたテラスのような所に出た。灰の混じった風と共に、周囲の建築群が見渡せた。
ここからであれば外にも逃げ出せるし、『大跳躍』を使えばさらに上層に届くかもしれない。
「あ……」
タワーマンションの上層で、インプの群れがキィキィと声を上げた。ムーニーバニーを指さしている。
位置がもうバレた。すぐさま廊下の方からぺたぺたと走る足音が聞こえてきた。ウコバクたちが追い付くのも時間の問題だった。
ムーニーバニーは迷った。
攻勢を考えるならば下の階に落ちたサンライズハートと合流を急ぐべきだ。
だが、あの上層のインプたちを何とかしない限り、侵入した二人の位置は敵にバレ続ける。うさぎは自分のインベントリにある両刃斧を見た。
「ううっ……」
さっきはまぐれだったが、適当に振り回すだけでもインプを倒すことはできた。
戦うことは無理でも、闇雲に両刃斧を振り回すくらいならムーニーバニーにだってできる。
それがもし当たってインプを数体でも削れれば、少しはサンライズハートの役に立てるかもしれない。あれさえ倒しておけば、サンライズハートとも安全に合流できる。
ムーニーバニーは両刃斧を手元に呼び出すと、その柄を強く握りしめた。
「ジャンプして、振り回すだけ。ジャンプして、振り回すだけ……!」
大丈夫。さっきだって出来たのだから。今度だって出来るはず。
ムーニーバニーは深呼吸すると、腰を低く落として跳躍の体勢に入った。ちょうどクールダウンの終わった『大跳躍』が使用可能になる。
そして息を止めると、バックパックから火を吹いて大きく跳びあがった。
9階、10階、11階……。
速度は階数が上がるとともに減衰していき、ムーニーバニーはホバリングのような状態で16階の手すりに近づいた。
屋上近辺のインプが驚いて、鳴き声をあげる。
ムーニーバニーは滑空を上手く利用して、16階に着地しようとした。
その時だった。
黒く、巨大な狼がマンションの影から飛び出し、滑空中のムーニーバニーに襲いかかって来た。
「ひぃぃぃぃぃぃッ!!!」
慌てて『一歩』で突進を回避する。
一撃を躱された狼はそのまま真っ逆さまに落下するかと思われた。ところが、美しく白い翼を羽ばたかせ、優雅に一回転した。
その姿は狩猟の魔法少女が乗っていた白狼にそっくりだった。
体毛は黒檀のように黒くなり、もふもふだった尾は蛇に変わってしまっている。さらに背中からは大天使と見まがうかのような純白の羽翼が生えていた。
悪魔マルコシアス。
それが、生まれ変わった白狼の姿だった。
マルコシアスは唸り声をあげて、ムーニーバニーに牙を剥いた。うさぎの怖いものエントリーナンバー2、怒った犬だ。
ムーニーバニーは大きな悲鳴をあげて、どこかの階に着陸しようと迫った。ところが着地できそうな階の廊下には、すでにウコバクが集まってきていた。まるで捕り物のようにスプーンを掲げている。
これではどこに降りることもできない。
「ひぃぃぃぃッ! 降参します! 降参ッ!」
ひゅおん、とマルコシアスが牙で掴もうと飛び掛かってくる。ムーニーバニーはそれを『一歩』で回避する。
こちらは滑空なのに対し、あちらは飛行だ。空を自由に駆けるマルコシアスは、獲物で遊ぶかのようにムーニーバニーの周囲を飛び回っている。
背後に回り込んだマルコシアスが、急に速度を上げて突撃してきた。
ムーニーバニーはそれを避けずに身体で受けた。『一歩』の使用回数はあと1回。致命的な攻撃のために残しておかなくてはならなかった。
「ぎゃぶッ!!」
肋骨がめちゃくちゃになりそうな衝撃とともに、タワーマンションの外壁に叩きつけられる。
マルコシアスの爪がムーニーバニーの肩に抉り込んだ。痛みそのものは矢をもらった時よりずっと軽かった。だが嬲られ続けている絶望が、ムーニーバニーを支配していた。
まるで空の暴君のようなマルコシアスが、爪で掴んだムーニーバニーを壁から引きずり落した。
叩きつけられたことで滑空が終わり、ムーニーバニーは自由落下した。良かった。これで、追撃を受けることはない。ところがマルコシアスは高速で落下についてきた。
着地を、狙われている。
それに気づいた時、ムーニーバニーは受け身をとることを諦めた。身体を丸め、さらなる爪での追撃に備えた。
墜落する。
「かはっ……!」
大きな土煙を立てて、ムーニーバニーは開け放たれた何階かのフロアに落ちた。
背中が痛い、早く立ち上がらないと。いつでも『一歩』を使えるように構えていたのだが、マルコシアスは上空に待機し、こちらを見下ろしている。
「やっほ~♡ うさうさ先輩~♡」
聞き覚えのある、甘ったるい声がした。
フロアには怪物の死体の山があった。その天辺に、悪魔のような格好をした魔法少女が足を組んで座っている。
魔法少女ルシフェリカ――うさぎの苦手としている、あのアキラという女の子だ。ルシフェリカは手に持っていた四又槍を肩に担ぐと、死体の山から下りてきた。
ぞろぞろ、とフロアにウコバクが集まってくる。周囲をスプーンを持った悪魔に囲まれ、上空にはマルコシアスとインプが待機していた。
立ち上がったムーニーバニーに、ウコバクがスプーンを振り下ろす。
――最後の『一歩』は、取っておかなくちゃ……!
それが、ムーニーバニーに残された唯一の希望だった。悪魔たちの攻撃は実はそこまで痛くない。あの矢に痛みに比べれば、耐えられる。
「うわわッ! ひいッ!」
ムーニーバニーはその運動能力だけを生かして、四方からの突き出されたスプーンの殴打をすべて回避した。スプーンに乘った油がびしゃびしゃと、ムーニーバニーにかかる。
最も恐ろしいのは、上空に待機した羽根の生えた狼だ。
唯一の強みである機動力で負け、制空権まで奪われていたらこの包囲を一生抜け出すことはできない。
ムーニーバニーはマルコシアスが接近してくるのを待った。マルコシアスの爪だけを『一歩』で躱し、それを突破口にここを抜けだすつもりだった。
「うさうさ先輩、すげ~♡ 超避けるじゃ~ん♡」
包囲を縮める指示を出しながら、ルシフェリカが四又槍を構えて近づいてくる。まずい。これ以上、攻撃者が増えたら……。
「でもでもぉ♡ これはどぉ~?」
ルシフェリカが指を鳴らす。すると、上空で待機していたマルコシアスが真上にやってきた。ムーニーバニーは身構えた。
――来た……『一歩』だ。『一歩』だよ。使うんだ。絶対に避ける!
「マルコシアス~♡ ファイヤブレスゥ!♡」
狼の顎が大きく開いた。口の奥で火花が散っている。
炎の息吹が、周囲の悪魔ごとムーニーバニーに向けて放たれた。ムーニーバニーは『一歩』を起動しようとした。背中に青い炎が吹灯り、小さく回避のステップを刻もうとする。
――ど、どこに逃げたらいいのッ!?
上空をふさがれ、前後左右をスプーンの壁に封じられたムーニーバニーに、移動できる先はなかった。さらに蓋をするかのように、円錐状の炎の息吹が振りかかる。
前髪にかかる猛火の高熱を前に、ムーニーバニーは絶望した。
確実に攻撃を避けるはずの『一歩』は、その場でたたらを踏んでおしまいだった。
ムーニーバニーは、炎の範囲から逃れられなかった。
燃え盛る炎が悪魔たちの囲いの内側で、白兎の魔法少女を焼き尽くした。




