第55話 PvP 7
12階のフロアでは、次々と悪魔が生み出されていた。
クリフォト内の雑魚敵をかき集め、このフロアで集中的に倒すことで、ルシフェリカは動き回る手間を省いていた。のろのろと追いかけて来る雑魚敵がさらに別の雑魚敵を呼び、中には何体かの強個体も混じっている。
それら全てを平らげたルシフェリカは、死体に刺さった四又槍を引き抜いて、胸元の宝石を撫でた。
「体力ひっくぅ~♡ 耐性よっわぁ~♡」
インプの召喚で減ってしまったエネルギーも再チャージできた。ルシフェリカは怪物の死体の山の上から飛び降りた。そして優雅にギャルピを作ると、空間を横に引き裂いた。
「悪魔召喚~♡ おいで~♡ ウコバク~♡」
インプの時よりも、紫色の裂け目の広がりが著しい。
ポールウェポンほどの大きさのスプーンが、裂け目の向こうから突き出される。それは空間の裂け目をさらに広げ、中からは鼻と耳の尖り、肥大化した頭をもつ人型の悪魔が現れた。
地獄の釜に油を注ぐとされるその悪魔――ウコバクは、全身から熱波を放ち、スプーンを衛兵のように持ち上げた。
「まだまだ~♡ こっから防衛なんだからぁ~♡ もっともぉ~っと増やそぉ~♡」
すでに召喚されたウコバクたちがスプーンを掲げて、整列している。
およそ悪魔らしくない礼儀正しさは、すべてルシフェリカへの忠誠として現れていた。この悪魔たちは彼女の下僕であり、兵隊だった。
階段を駆け上がってくる音がした。
デュナテルミスが扉を開け、フロアに入って来た。
「おかえりぃ~♡ どっちか落とせそぉ~?♡」
「……」
デュナテルミスは何か言おうとして、手で自分の口を塞いだ。
目は強く閉じられ、鼻を啜った。ルシフェリカは相方のいつもの癖に気付き、それから戦局を理解した。
「もー♡ 相棒落ちるたびに泣くなしぃ~♡」
それでさつきの涙腺は決壊した。
「あ˝いづッ……あ˝だじのこと、庇ってくれたんだッ……クソッ……リュカァッ……」
ぽろぽろと涙を流し、嗚咽を漏らすデュナテルミスにルシフェリカはいつものように軽く言葉をかけた。
「じゃあ、なおさら勝たなきゃね~♡ リュカにはまた頑張ってもらわないと~♡」
デュナテルミスは掌で涙を拭うと、口笛を吹いた。デュナテルミスのスキル、呼び笛と戻り笛だ。
バイト・パイパーを使用すると、白狼の相棒はターゲットとなった対象を追い続ける。白狼に噛まれた対象にはデバフが付与され、デュナテルミスの弓によるダメージが上昇する。
そして、デュナテルミスの視界内に相棒がいない状態で使用すると、口笛はリコール・パイパーとなる。
こちらはクールダウンがかなり長いが、相棒そのものをデュナテルミスの足元にテレポートさせるスキルだ。白狼をけしかけ、ギリギリやられないタイミングで足元に戻す、というのが本来の使い方だった。
いま、デュナテルミスの足元には焼けただれた白狼の死体が現れただけだった。デュナテルミスはそれを見て、さらにこれから行われることにまた涙を流した。
「あ~も~♡ そんなに嫌ならあっち行っとけ♡ てか、リュカ落ちたらその姿じゃウルト使えないじゃん♡ さっさとお色直ししてこ~い♡」
言葉とは裏腹に、ルシフェリカの物言いには気遣いが透けていた。デュナテルミスは鼻水を啜りながら、言った。
「畜生……もう、ヤダぁ……。なんでいっそのこと、感情をなくしてくれないんだよぉッ……クソコヴェナントがよぉッ……」
涙声を漏らしながら、デュナテルミスは扉の向こうに消えた。ウコバクらが心配そうにそれを見送る。
ルシフェリカはふわりと飛ぶと、白狼の遺体の前に降り立った。
「全くぅ……♡ どっちがコヴェナントに向いてないんだか……♡」
ルシフェリカはそう呟いて、四又槍を白狼の遺体に突き刺した。胸元の宝石がどくんどくんと脈打ち、一瞬で漆黒に染まる。
ルシフェリカの瞳が金色に輝く。右腕を激しく震わせながら、ギャルピで横一文字に空間を引き裂いた。
「悪魔召喚♡ おかえり、マルコシアス♡」
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二人は正面に注意を払いながら、聳え立つ建築のキメラと化したタワーマンションの前に辿り着いた。
見上げると、高層階には夕刻の蝙蝠のようにインプが羽根をはためかせて周回している。
時間をかければかけるほど不利になる。ひなたの予想した通り、タワーマンションは武装された要塞のような不吉な雰囲気を漂わせていた。
「矢、飛んでこないね……」
「うん。でも、あれにバレたから、もうバレてると思う」
高層階のインプがサンライズハートとムーニーバニーを指さして、キィキィと鳴き声をあげる。しかし、先ほどのように滑空して攻撃してくることはない。
あのインプらは斥候であり、監視カメラなのだ。
サンライズハートが上層を見上げて言った。
「ムーニーバニー、一番上の階まで跳べる?」
「うーんと、難しいかも……助走がないと」
「助走?」
サンライズハートは今まで走ってきた直線の道路を見た。もし高跳びに助走が必要なら、ちょうど良い場所が目の前にある。しかし、ムーニーバニーは困ったように自分の足を見た。
「え、え、えっーと……『大跳躍』は普通に走ったり立ち止まってる時と、誰かに追いかけられてる時で距離が違うみたいなの」
「追いかけられてる時の方が、高くジャンプできるってこと?」
ムーニーバニーは足をとんとんと蹴って、タワーマンションの高さを目算した。
「う、うん。そのまま飛び跳ねたり、走ってから飛び跳ねても、飛距離はあんまり変わんないと思う。あのビルだったら、1回のジャンプでだいたい8階くらいまでかな……。ただ『一歩』と違って連続して使えないから、登ったあと、待たないといけないかも」
「そうなんだ。追いかけるのは私でも駄目?」
「ええっ!? 分かんない……。攻撃されちゃう、みたいな必死さがないと駄目かも」
サンライズハートは顎に手を当てて考え込んだ。
ムーニーバニーは逃げている時の方が、様々な能力が上がっている。それはただ必死さという気持ちの問題で片づけられるものではないような気がする。
しかし、今はそれよりも目先のタワーマンションをどうするかが先決だ。
「よし、考えててもしょうがない。ムーニーバニー、屋内だとちょっと動きにくくなるかもだけど、とりあえず8階まで私を運んで!」
「わ、分かった……!」
ムーニーバニーはいつものようにサンライズハートを両手で抱き上げた。
耳を聳て、周囲を見回し、どこから矢が飛んできても避けられるよう警戒する。背中のバーニアの噴出口に橙色の火が点いた。大地に大きな足跡を残しながら、ムーニーバニーは跳躍した。
高層階のインプらが飛び立ったムーニーバニーを見て、キィキィと騒ぎ立てる。
しかし大きな妨害はなく、ムーニーバニーは窓を叩き割りながら8階に着地した。サンライズハートが埃だらけの廊下に降り立ち、手をはたいた。
「矢、飛んでこなかったね。また隠れてるのかな?」
「う、うん。ここまで妨害がないと……逆に不安かも」
二人はクリアリングを終えると、廊下に沿って歩き始めた。
外殻のタワーマンションから侵入したのだが、歩いている内に廊下は不安定な足場を通じて別のビルに繋がった。そこは住居可能なマンションとは変わって、天井に配管やパイプの走った雑居ビルのようだった。
まるで迷路のような廊下をぐるぐると回り続け、ようやく上下の階段を見つけた。
「階段! やっと見つけたよ!」
「あ、ひなたちゃん、注意してッ……」
「――えっ?」
弓矢による攻撃と白狼による機動力、そして大量の悪魔。
それらを全て見てきたサンライズハートは油断していた。
もちろん敵の魔法少女そのものにはずっと警戒している。しかし、もはや相手に他の手数があることを想定していなかったのだ。
サンライズハートが階段に足を踏み入れたその瞬間、ルーン文字の刻まれた円環がその右足にまとわりついた。
白く輝くルーンが回転すると、階段だった場所には美しい真円の穴が空いた。
――落とし穴。
身体能力で避けようとするサンライズハートと、手を伸ばそうとするムーニーバニー。
そのどちらもがルーンの呪いによって弾かれた。サンライズハートは重石でも付けられたかのように大きな丸穴を落下していく。
ムーニーバニーが続こうとすると穴は閉じ、ただの階段だけが残された。
「ひなたちゃんッ! ど、どうしよう、どうしよう、どうしようッ……!」
慌てるムーニーバニーの耳に、裸足で走り回るような音が上の階から聞こえてくる。
巨大なスプーンを構えた、頭の大きな悪魔――ウコバクがまるで警備兵のように階段に殺到した。
ウコバクはムーニーバニーを見つけると、スプーンを構え、突撃してきた。




