第50話 PvP 2
二人は警戒しながら、移動を続けた。
南の旧国道16号からまず中央の九龍城跡地を目指して北上し、倒壊したビルだらけのゴミ山のような廃墟に辿り着いた。
マップ上では相変わらず爪と筋肉の怪物だけがうろうろと歩き回っているばかりで、他の痕跡はまったく見当たらない。
複雑な地形の九龍城跡地はいったん迂回して、二人はそれから東に向かった。
『旧市街地』と表示された廃墟の街並みを歩き続けた。道の真ん中を歩いている爪の怪物を数体倒したが、それ以外に脅威はなかった。
さらに北上し、マップ北東の港の区域までやってきた。
「そろそろ15分くらい経つけど、静かだね」
サンライズハートに引っ付く形で身を寄せたムーニーバニーが言った。
「ど、どこかで待ち伏せしてるのかも」
いくら魔法少女の身体能力が優れていると言えど、広大なマップを警戒しながら渡り歩くのには時間がかかった。
二人はいつでも迎撃できるようにぴったりと寄り添って歩いていたため、マップ上の視界範囲もほとんど同じだった。索敵という面において、二人で同じエリアを歩き回るのはあまり得策ではなかった。
とはいえ。
「時間はかかるかもしれないけれど、出会った時に向こうが二人だったら1対2になるからね。勝手が分からないうちは二人で進もう」
「う、うん!」
うさぎは大きく頷いた。ひとりで歩き回ることだけは避けたかった。あの嫌な子たちに囲まれたら、戦闘どうこう以前に泣いてしまうかもしれない。
二人はそこからさらに西進し、マップ北西の倉庫に向かった。またしても誰とも出会わなかった。それどころか、爪の怪物すらも居なかった。
くすんだ白い壁と赤錆びたトタンの屋根を持つ、巨大な同型の倉庫の群れが規則正しく並んでいる。
サンライズハートとムーニーバニーは倉庫の上によじ登り、周囲を見渡した。
「うさぎ、何か見える?」
「ううん……何も」
「この辺りだけ敵がいないけど、もしかしてあの子たちが倒したのかな?」
「あ、そうかも。経験値が入るって言ってたもんね」
倉庫周辺の雑魚敵は入念に狩り尽くされていた。
二人は相手の移動ルートを予測し、もう一度マップ中央の『九龍城跡地』へ移動することにした。ショートカットのために平べったい倉庫の上を飛び跳ね、屋根を破壊しながらも速度を上げていった。
やがて、あの巨大なモニュメントのようなタワーマンションがはっきりと見えてきた時だった。
視界の遥か先、斜めに傾いた廃ビルの屋上で何かが光った。
「ぅえッ……!?」
矢だ。
低い放物線を描いて跳んだムーニーバニーめがけ、一本の矢が音もなく飛来した。
直線の軌道はまるで吸い込まれるかのようにムーニーバニーの心臓へと向かって来る。ムーニーバニーはそれをバレルロールのように、矢の直線軌道に沿って回転し、回避した。
『一歩』だった。
バックパックの青い炎が休む間もなく、二の矢、三の矢が滑空中のムーニーバニーに襲いかかる。
ムーニーバニーは墜落する戦闘機のような挙動でそれらをすべて避けた。身体ごと倉庫の屋根に叩きつける勢いで落下した。
その衝撃で、倉庫が崩落した。
外れた矢が後方の倉庫に直撃し、造りの荒い倉庫をばらばらに吹き飛ばした。空気を切り裂くほどの追い風が巻き起こる。
もうもうと埃と灰が舞い上がった。ムーニーバニーは胸に手を当てて、どこにも矢が刺さってないか調べた。大丈夫だ。起きたことの恐怖があとになってから実感を伴ってきた。呼吸が荒くなっていく。
「ムーニーバニーッ! 大丈夫ッ!?」
サンライズハートが外から崩れた倉庫に声をかけた。無音で飛んできた矢が、サンライズハートの左肩に深々と突き刺さった。
「あぐッ……!! うそ、痛ッ!!?? うッ、ちょ、このッ! おわッ!」
ムーニーバニーの位置からはどうなっているかは見えない。
すこんっ、すこんっ、とガントレットに矢が突き刺さる異音が鳴り響いている。このままだとサンライズハートが矢襖にされてしまう。
屋根上を走りまわる音がした。サンライズハートが倉庫から飛び降りたようだ。
ムーニーバニーは混乱のあまり涙目になった。分からない。どう動くのが正解かも分からない。
どうしたらいいの? 何をしたらいいの!?
「ぎゃッ! このッ! こんのぉッ……!」
外にいるサンライズハートが弓矢に一生狙われ続けている。ムーニーバニーは泣きながら首を振った。サンライズハートの方角は分かる。
――私が『大跳躍』で空に飛び上がって囮になれば……?
怖い、嫌だ。足が動かない。ひなたちゃんが痛がるほどの矢だ。自分に当たったら痛くて死んでしまうかもしれない。
外には出たくない、でも、ひなたちゃんを何とかして助けなきゃ。
ムーニーバニーは駆けだして、倉庫の扉を蹴り跳ばした。
「ひ、ひなたちゃんッ!」
「ムーニーバニー、出て来ちゃ駄目ッ!!」
顔を出そうとしたムーニーバニーの鼻先を、無音の矢が通り過ぎていった。
羽根が頬を切り裂いて、血が飛び散った。ムーニーバニーは恐怖で尻もちをついた。
矢が黄金のガントレットに突き刺さる音が、さらに続いた。埃が晴れると、血を流して立っているサンライズハートがうさぎの目に入った。
その顔に苦痛を歪ませながら、サンライズハートはガントレットを振り回し、遠方からの矢を防ぎ続けている。
ずぶしゅッ、という音がして、サンライズハートの右腿に矢が突き刺さった。
それで、うさぎの頭は真っ白になった。
「ひ、ひ、ひッ……」
ムーニーバニーは倉庫の突き出た鉄骨に片足を突き立てた。まるで、そこが地面であるかのように。
「ひなたちゃぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」
銀色の閃光となったムーニーバニーが、新たな矢が突き刺さる直前のサンライズハートに突撃した。
そのままタックルと同時に抱きかかえ、隣の倉庫の壁を何枚も突き破りながら横に移動する。壁への激突で勢いを失い、二人は倉庫内の床に転がった。外では、矢が見当違いの倉庫を破壊している。
『大跳躍』を利用した、高速移動。本来は上空に飛び上がるためのものを、ムーニーバニーは壁に足をつくことで横軸の移動に利用したのだ。
四つん這いから立ち上がったムーニーバニーはサンライズハートに駆け寄った。
「だ、大丈夫ッ……!?」
「痛たた……ありがとう、うさぎ。うっわ~……」
サンライズハートは自らの肩と足に突き刺さった矢を引き抜いた。アーチェリーの競技で使われるようなタイプのカーボンの矢だった。
矢を防ぎ続けた黄金のガントレットには、冗談みたいな量の矢が刺さっていた。サンライズハートは矢羽根で切れた額からも血を流しながら、笑った。
「本当に矢の的みたい。見てこれ。あはは……これ、まだ使えるのかな」
「わ、笑ってる場合じゃないよッ! どーするッ!? どーするのッ!?」
「待ってね……。HP100以上削られてる。一本で50くらい持ってかれたなぁ」
サンライズハートは冷静にスマホで自らの状態を確認した。姿まで確認したわけではないが、この矢の攻撃は確実に魔法少女によるものだろう。
その攻撃力も、クリフォトの敵とは比較にならなかった。
「気を付けて、ムーニーバニー。あの矢は一本も当たっちゃ駄目。あと、すんごい痛い」
「うッ……気を付けます……。って、そうじゃなくてッ! ここからどうするの?」
「相手は、さっきの真ん中の瓦礫の所から撃ってきてる。隠れながらそこに向かおう。今度は、音を立てないようにひっそり向かうの」
「で、できるかな……」
二人はこっそりと様子を伺った。ムーニーバニーの無謀な突撃によって、射手はこちらの正確な位置を見失ったようだ。倉庫が次々と破壊されてはいるが、その崩落でさらに灰が煙立つ。
サンライズハートとムーニーバニーは瓦礫の山から射線が切れるように、残された倉庫を使ってゆっくりと移動を開始した。
近づくにつれ、廃ビルの屋上から弓を射る一人の魔法少女の姿が、遠目にも確認できるようになった。
緑色のチュニック風の軽装鎧、ボトムスは片方の足が太ももまでを覆うブーツ、もう片方の足はホットパンツのように露出し、革製のベルトが腿に巻かれている。
風にそよいでオレンジ色のロングヘア―が靡いている。狩猟の魔法少女……髪の長さからして、あのさつきという少女が変身した姿だろう。
だが、その姿よりも二人を驚かせる存在があった。
彼女が跨っている、美しい毛並みの四つ足の生き物だ。
「待って、うさぎ。何あれ!?」
「わ、分かんない。ハスキー? ボルゾイ?」
「ずるいッ! ペットの持ち込みありなのッ!?」
狩猟の魔法少女は、もふもふした巨大な白狼の背に跨っていた。
その辺で手なずけたものなのか、魔法の力で呼び出したものなのかは分からない。狩猟の魔法少女はしばらく倉庫を睥睨したのち、弓をしまって白狼の耳を掻いた。
白狼は魔法少女を乗せたまま飛び跳ね、廃ビルの向こうへと消えた。
「うっわぁ~、アレいいなぁ~……」
「あの子、まさかコインで買えるやつ?」
「いや、あんなかっこいいのは居なかったよ。しかも乗れるなんてッ……! 不公平だよッ!」




